ユメヒト

ペアーズナックル(縫人)

前章:夢次元から来た男

第1話 謎の明晰夢

 ごく普通の高校生湯目野エルムは、ショックを受けていた。物心ついたときから使っていた枕を妹まりもに破られてしまったのだ。妹の方に悪気はなかった。ただ、母の代わりに洗濯をしようとして、せっかくだからと兄の枕も洗おうとした。だが彼女は、枕カバーのタグについている手洗い専用、洗濯機厳禁のマークを見落としてしまったのだ。


「うぅ……ごめんね、お兄ちゃん。」

「まりもは悪くないよ、ちょうどこの枕も古くなってきて、買い替えようと思ってたんだ。」


 エルムは洗濯機中に散らばった枕カバーの切れ端と枕のビーズを拾いながら新しい枕のことを考えていた。今日は休日で、すでに時刻は昼下がり。近くの大きなショッピングモールで買おうかとも考えたが、彼が知っている限りそこで枕を売っている店は思い当たらない。そもそもショッピングモールへは飯を食べるくらいでしか利用しないので、ほかにどういう店があるかどうかは知らないのだ。インターネットで注文しようかとも考えたが、どうしても今夜までには間に合いそうになく、あきらめた。


「うーん、しょうがない。地下の倉庫に使えそうなものがあるかどうか探してくるか。」

「ええっ、でも地下室は勝手に入っちゃダメって父さん、母さんも言ってたよ!」

「何言ってるんだ、それはもうずっと子供のころの話じゃないか、よくある、地下室は酸素が少ないから子供が入るとすぐ窒息するからだめって話だろ。大丈夫、長居はしないからさ。」


 彼は自宅の階段下にある重い扉を開き、地下室への階段を露出させると、その中へと慎重に下りて行った。この地下室の中に入るのはとても久しぶりだ。実は一度だけ、祖父が父と母がいない時を見計らって入口からすぐのところまで抱っこして入れてくれたのだ。ちなみに今二人は入院している祖父のお見舞いに行ってい手この家にはいない。子供時代のおぼろげな記憶を思い出しながら、地下倉庫に入ったエルムは、周りにおいてある古ぼけた箱の中から枕に使えそうなものがないか探した。この家ではすぐには捨てられないが特に用もないものはとりあえずこの倉庫に入れておくのだが、いくら探しても今宵の枕の代わりになりそうなものは見つからなかった。エルムはため息をついた。


「はぁーあ。まあ、だめでもともとだったけどさ。仕方ない、今夜は枕なしでがま……ん?」


 あきらめかけたその時、ふいに倉庫の奥の方を見やると、何やら古ぼけた神棚のようなものを見つけた。近づいてよく見てみると、よくある神棚とは違った様式で、「眠神」と書かれた板の前に日本の小さなろうそく立てが置いてあり、その間には湯目野家の家紋である丸に縦横算木――文字であらわすと〇の中に-❘-を描く――が描かれた長方形の布張りの物体……とどのつまり枕が置いてあった。


「あった、あったぞ! 枕があった!!」


 両手で挟んで弾力を確かめる。ずっと地下室の中に眠っていたにしては、弾力は十分だ。少し汚れているが、カビが全くなかったので洗えば何とかなるだろう。そう思ったエルムはその枕をもって地下室から上がると、すぐにその枕を洗い始めた。枕の中に入っていたのは綿だったので、通常の手洗いよりも丁寧に洗った。そして、十分に汚れを落とした後に、もう一度綿を詰めなおすと、はたして枕は寝心地がよさそうなふかふかな枕になっていた。


「ああ、もうこれでいいじゃないか、古臭いけどまだまだ使える。今夜からこれが僕の枕だ。じゃあさっそくどーんと昼寝して、寝心地を試してみるか。」


 エルムは居間で枕を置いて、そこに寝転んだ。そしてすぐに、寝息をたて始めた。これが彼の特技である、瞬眠しゅんみんである。彼は姿勢さえ整えれば寝ようと思うだけで寝ることができるのだ。以前まりもが兄は果たして睡眠状態に至るまでどれくらいかかるのか計ってみたところ、平均値で0.95秒、最速値で0.93秒のスコアをたたき出した。その結果にまりもはすごさを通り越して思わずあきれてしまった。こんな技能いったいどうして身に付いたのか。いったい何の役に立つのか。


「相変わらず、お兄ちゃんは無駄に寝るのが速いのよねえ……」


 やれやれとあきれる妹をよそに、エルムはぐっすりと寝転んだ。


 ・・・


 エルムにはもう一つの特技があった。それは、夢を夢と認識できる、明晰夢をいつでも見ることができて、かつ、それらを自在にコントロールできる能力である。とはいえこの特技は彼のクラスメイトもできる人が少数いるので、特に難しい技能を要するものではなかった。


 今日も例にもれずエルムは明晰夢を見た。しかし、今日の夢は何やら違った。夢の中で自分は今、薄暗い空間を一人で歩いている。特に行き先を決めずに、適当にぶらついていると、突然目の前に9体の石像が表れた。石像はそれぞれ異なった形をしているが、みな人型で、足元に何やら「Lv.~」と数字が割り振られていた。


「なんだ、この夢? 初めて見る夢だ……。」


 彼から見て一番左にあった、石像の足元には「Lv.9」と記されていた。そこから右に行くにつれて、番号がだんだんと若くなっていく。ふと、エルムは「Lv.4」と記された石像の前で止まった。その石像に彼は見覚えがあった。


「あっ……これ……」


 彼がとても小さいころに、祖父からもらったクレヨンで描いた、彼のオリジナルヒーロー、夢仮面。その石像は、まさにその夢仮面の姿をしていた。なぜ夢仮面かというと、その時彼の夢に何度も現れたから、というとても単純な理由だった。そのころはよくテレビでそういう番組を見ていたので、それらに影響されていたのだろう。その後成長するにつれて夢仮面のことはすっかり忘れていたが、いま、こうして再び夢の中で再開した瞬間に、彼の中での夢仮面の思い出が瞬く間によみがえった。


「まさか、また会うなんてな……でも、なんで今更?」


 エルムは夢仮面の石像にそっと手を伸ばして肩を撫でた。すると突然、夢仮面の顔面の上半分に二つの光がともった。ちょうど、人間の目の位置に当たる部分だ。エルムは驚いて思わず飛びのいた。


「わぁっ!!」


 夢仮面の顔を右から左に光の波が何度も流れている。よく見ると、夢仮面の顔面を覆っている黒い仮面は、薄いバイザー上の表面の下に、六角形の光る目が組み合わさった複眼で構成されている。その複眼は電光掲示板のようにエルムから見て右から左へ幾何学的な模様を描いて流した後、再び二つの目を作ってエルムを見降ろした。


「な、なんなんだ、この夢は……」

「……ピロマ・クラルの末裔よ……今こそ目覚めの時が来た。」


 エルムはまたもや驚いた。突然夢仮面がしゃべり始めたのだ。


「ぴ、ピロマ……なんだって?」

「本当なら、君は私にもっと早く会いにこれた。だが、君の家族は、君をこの運命から遠ざけようと必死だった。」

「へ?は?な、何言ってんの?」

「ピロマ・クラルの末裔よ。この星に再び危機が迫っている。かつての色素生物よりも恐ろしい、暗黒の魔の手が。」

「……あー、これ、だめだ。何言ってるか全然わからない。いったん起きてこの夢終わらせよう。」


 エルムは強く念じてこのおかしな夢を終わらせようとっとと起きることにした。しばらくするとだんだん薄暗い空間が白みがかっていく。夢が終わる兆候だ。目に映るものすべてがだんだんと光に飲まれて消えていく。そして夢仮面も光のかなたへ消えていったが、彼は消える直前にエルムに言葉を投げかけた。


「湯目野エルム。君がこの枕で寝た以上、この運命はもはや避けられない……」


 そしてエルムは、眠りから覚めたのであった。












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