第62話 罪と呪いの代償 1

「エリザとはどこで出会った? 酒場? 娼館? エリザ、お前が私に暗示をかけて心を弄んだというのは本当なのか?」


 縋る公爵を振り払い、エリザが唾を吐く。


「汚い手で触るんじゃないよ。あたしはね、若くて美しい男が好きなの。それと暗示をかけたのは、あの女に取り入ってからさ。好色なお前は術なんて使わなくても、簡単にその気になったじゃないか」


 嘲笑うエリザは、もう貴婦人としての姿を取り繕うつもりはないようだ。品のない笑みを浮かべ、首元まで止めていたボタンを引きちぎり胸をはだけた。


「この首の詰まったドレスは窮屈でしょうがない。お偉い人ってのは、ずっとこんな服を着てるんだから大変だねえ。私は酒場や娼館で客と遊ぶ格好の方が気楽でいい」

「ダニエラ、エリザはどうしてしまったんだ?」

「気安く呼ばないでおっさん。あんたみたいな男が、私の父って本当に思ってたの? 私の本当の父親は、美しい声と顔を持つ吟遊詩人よ」


 実の子だと信じて疑わなかったダニエラの告白に、レンホルム公爵は頭を抱えて蹲る。


「一度精神錯乱を起こすと、どんどん悪化していくのよ。前のメイド長もそうだったわ。金も地位も奪われたお前を介護する気はないの。ダニエラ、行くよ」

「はい、お母様」


 出て行こうとするエリザ達の前にホワイトの尾が横たわる。


「ひっ」

「逃げられると思うか? 出て行くならば、罪を償ってからにすることだ」


 エリザが何か言いかけるが、ホワイトに睨まれて黙り込む。

 その横ではレンホルム公爵が情けない声を上げてアリシアに縋ろうとしていた。


「最愛の娘アリシア。お前なら私の辛い気持ちを分かってくれるよな?」

「分かりません」


 アリシアは公爵に哀れみの視線を向ける。


「お母様を裏切ったあなたを、父とは思いません。そして戦争を起こそうとした王を黙認した罪も認めて、罪を償ってください」

「裏切ってなどいない! 私は操られていたんだ!」


 裏切りを認めようせず叫ぶ公爵を、衛兵が押さえつける。それでも逃げようと藻掻く公爵に、意外な人物が近づいた。


「鬱陶しいわね。お前がもっと上手く立ち回って、ロワイエの情報を早く伝えていれば対策できたのに」


 ダニエラが忌々しげに呟き、公爵の後頭部に触れる。


「どうせ壊れるんだから、精々楽しませてよ。おとうさま」

「ひっ」


 あっという間に公爵は白目を剥いて気絶する。何が起こったのか分からずアリシアが立ち竦んでいると、ダニエラが高笑いをした。


「あはは、もう寝ちゃった。大丈夫よアリシア、あんたの親父は寝てるだけ。ただし死ぬまで悪夢を見続けるわ」

「貴女……なんてこと……」

「まだ苦しくならないの? やっぱり魔女には効きが悪いみたいね。まああの呪いからは逃れられないからいいけど」

「残念だが。アリシアにも俺にも、呪いの類いは効かないぞ」

「なんたってマリー特製「呪い避け毒よけ全部のせのポーション」を飲んでいただきましたからね! ロワイエ国魔術学院、ポーション技術トップの実力をなめるんじゃないですわよ」


 マリーが半ばやけになっているように見えるのは、きっと気のせいだろう。


「とても苦かったけど、素晴らしい効果だわ。ありがとうマリー」

「この世のものとは思えない味だったな」


 ぼそりと呟くエリアスが遠い目をするが、聞こえなかったことにする。


「何を言っているの? 私にも分かるように説明してよ!」

「ええと、マリーはロワイエで魔術学院に入ったの……」


「ああもう、お前は黙ってよ! 折角王妃になれるところだったのに、何もかも私から奪いやがって! 偽善者の母親といいか弱い私を嬲って楽しいの? この美貌に嫉妬するのは仕方ないけど、嫌がらせはもうやめてよ!」


 マレクに劣らない身勝手な言い分に一同ぽかんとしていると、広間の扉が開いて二つの人影が駆け込んできた。

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