第63話 罪と呪いの代償 2
「遅くなって申し訳ございません」
「隠し場所が分からず、手間取ってしまいました……うわ、ドラゴンっ?」
入ってきたのは、ジェラルドとティアだった。巨大なホワイトに驚いて立ち止まるが、アリシアは彼らに声をかける。
「ホワイトは私の友人です。だから安心して」
「……これがアリシア様の召喚した、ホワイトドラゴンなのですね」
ホワイトは二人が通りやすいように、少し体をずらす。当然、貴族達の一部はぎゅうぎゅうと壁に押しやられたが、文句を言う者はいなかった。
「こちらが呪いの書です」
「貴方たち! それは私の本よ! 勝手に持ってくるなんて何てこと。呪ってやるから覚悟しなさい」
すぐさまダニエラが近づき、本を取り上げようと掴みかかる。
しかし本は宙に浮き上がり、エリアスの手の中に収まった。
「これは呪いの書ではないよ」
ぱらぱらと捲るエリアスの手元を、アリシアは覗き込む。装丁はかなり古びており、紙も虫食いだらけだ。
だがアリシアは、この本が特別な魔術書だと瞬時に理解する。
「……かなり特殊な魔術書ですね。魔力が少なくても使える呪文ばかり。なのに強い魔術を行使できる……」
「魔術師の裁判で使う、特別な魔術が記されたものだ。本来は「審判の書」と呼ばれる。恐らく大戦の最中に、何処かの国から盗まれたものだろう」
「嘘よ! それは呪いの書だって知ってるわ。生け贄を捧げて、私とお母様はその魔術書の主になったのよ」
「推測だけれど、盗んだ者がこの本を売るときに審判の書だと分からないよう、嘘を吐いたのだろう。生け贄が必要と言えば、呪いの書だと勘違いするだろうからな」
「でも何故、呪いに近い魔術ばかりなのですか?」
「これに書かれているのは、罪人に科す罰の呪文だよ。使用する裁判官は魔術の力量より、物事を正しく判断する力が求められる。だから使う者の血を与えることで、本と契約を結ぶんだ。そうすると、特別な加護を受けられる」
この魔術書との契約があったから、エリザとダニエラはアリシアの宣言を聞いても動くことができたのだとエリアスが続ける。
「レンホルム公爵に暗示の魔術が強くかかったのも、この本の力が作用している。本来は裁判所で暴れる囚人に対する沈静術として使われていたからね」
するとダニエラが目を輝かせてにんまりと笑う。
「私の勝ちね。アリシア! こっちの呪いが効かなくても、貴方たちの魔術も効かない。それどころか、私は加護を受けているのよ」
「ダニエラ、貴女はこの本をちゃんと読んだの?」
文字は掠れているが、読めないほど劣化はしていない。
「だって私は、裁判官として認められたってことでしょ? 偉いのよね? 罰は受けなくても……ごほっ」
急にダニエラは喉を押さえ、咳き込み始める。
その隣では、エリザが顔を真っ青にしてガタガタとふるえだした。
「魔術裁判官は、本から特別な魔術を得る代わりに非常に強い縛りがかけられる。個人的な恨みで魔術を使用すれば、全て本人に跳ね返る」
厳しい判断を下すのだから、裁判官は自らを律することが求められる。
それは当然のことだろう。
「跳ね返った術で、即死はしない。寿命が尽きるまで続く」
冷たいエリアスの声が、しんと静まりかえった広間に響く。
「ぐえっ……なんで、私の……ぐえっ……声……」
「痛いっ、体中の骨が痛い!」
ダニエラの可愛らしい声にはヒキガエルの鳴き声が混ざり、エリザは立っていられず床の上でのたうち回る。
「お前達がこれまでどんな魔術を使い、幾人の人間を呪ったのかは知らないが……死ぬまで身をもって償うこととなる」
「嫌よ……ぐえっ……助けて……ぐえっ……アリシア……げこっ」
身を捩り苦しみ喘ぐダニエラがアリシアに手を伸ばそうとする。
あまりに哀れな姿に困惑していたアリシアだが、エリアスが間に割って入った。
「これは彼女たちが受けるべき罰だ。こればかりは、君の魔術を持っても打ち消すことはできない」
「エリアス……」
「俺達にはするべきことがある。困窮している民を救済し、冷害に苦しむ農民のためにも打開策を考えなくてはならないんだ」
助けるべき相手を間違えてはいけない。
アリシアは短剣を鞘に収めると広間の貴族達を見回し告げる。
「今よりバイガル国は、ロワイエ国の保護下に入ります。征服されたわけではないので、安心して従ってください」
暴れるマレクやダニエラ達が縛り上げられ、牢へと連れて行かれるが誰も見向きもしない。
「一度傾いた国を立て直すには時間がかかるでしょう。けれど諦めないで、前に進めると私は信じています。どうか皆様も、力を貸してください」
誰かが拍手を始めると、それは次第に広間全体に広がっていった。
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