第61話 汚らわしい

 怯えた小動物の表情は消えて、ダニエラは淫らな笑みを見せる。そしてゆっくりと、自らスカートをたくし上げた。


「高級娼婦に引けを取らない技をご堪能くださいませ。どんな男でも虜になる私の体を、これからはエリアス様ただ一人に差し上げますわ」


(ええと、それって……ダニエラ、まさかマレク以外の方と関係を?)


 仮にも将来王妃となる筈だったダニエラが、複数の男と関係を持っていたとなれば許されない不祥事だ。それを本人は、全く悪びれもせず告白しているのだからたちが悪い。

 流石にエリアスもダニエラの言動に困惑し固まっている。


「汚らわしい。婚約者を持つ身であるにもかかわらず、多くの男と関係を持つなど言語道断」


 唖然として動けない人々の代わりに声を上げたのは、ホワイトだった。


「我はお前のような存在は好かぬ。汚い物を見せるな。手を下ろせ」

「っ?」


 膝までたくし上げられていたスカートが、再び下ろされる。恐らくホワイトは、言葉に魔術を乗せてダニエラを止めたのだろう。

 すぐにエリアスも我に返り、ダニエラのおぞましい申し出を一蹴した。


「君のような心根の腐った者を、愛せるわけがない」


 そしてアリシアを抱き寄せ、宣言する。


「俺が愛しているのは、アリシアただ一人だ!」

「は? そんな陰気でみすぼらしい女のどこがいいの……」

「あなた、目が悪いの? お嬢様をよくご覧なさい! アリシア様は気高く美しい方よ」

「そうだぞ、アリシアは美しく可憐だ」

「ちょっと、マリー……エリアスもやめてよ」


 褒め殺しとしか思えないけれど、マリーとエリアスは真顔で頷き合っている。


(もうなんなの?)


「アリシアとは、これからの生涯を共にする約束をしている。君にはマレクという婚約者がいるだろう? この広間でマレクとの婚約を発表したのだから、己の言葉と振る舞いに責任を持つべきだ」


 真顔で諭されたダニエラは、俯いてその豊かな金髪を震わせる。


「ああ、そう。そうなのね……分かりました。失礼をお詫びしますわエリアス王子。では、アリシアお姉様に祝福のハグをさせてください」


 突然陽気な声で宣言すると、アリシアが返事をする前にダニエラが抱きついてきた。

 そして耳元で短い呪文を唱える。


「ダニエラ、今の呪文はどこで知ったの?」

「これであんたはヒキガエルみたいに鳴くことしかできなくなるわ。あんたみたいに暗い女に相応しい呪いをかけたのよ!」

「でも貴女は魔術なんて知らないはずじゃ……」


 アリシアの疑問には答えず、ダニエラが勝ち誇ったように高らかに笑う。


「もう遅いわよ。時間をかけて苦しみながら死ぬ呪いもかけたの。あの偽善女と同じように。いいえ、もっと苦しむわ」

「偽善って、まさか」

「そうよ、あんたの母親。レアーナよ」


 母の名を聞いた瞬間、アリシアは血の気が引くのを感じた。

 側に立つエリアスが抱き支えてくれなければ、その場に倒れていただろう。


「本当に魔術を使用していたとはな。マリーの証言は正しかったという訳だ」


 バイガルへ戻る少し前、マリーはエリアスにダニエラ達母子が屋敷に来た経緯を話していた。その際、当時のメイド長が何故かメイド経験のないダニエラの母をレアーナ専属の侍女として雇い入れ、屋敷の全ての鍵を預けたのだ。

 そしてダニエラの母、エリザがレアーナ付になった途端、レアーナは床に伏せるようになりあっという間に亡くなった。


 更にエリザが後妻に収まる直前、問題のメイド長は突然屋敷から姿を消している。

 未だに行方は分かっていない。


「あの女、私達を助けるふりをして、自分がいかに恵まれているか見せつけようとしたのよ! 許せないから、あの女の地位を奪ってやったの。それだけよ」

「エ、エリザ、お前なんて恐ろしいことをしたんだ!」


 ぼーっと突っ立っていたレンホルム公爵が、震える声で妻のエリザを糾弾する。


「レンホルム公爵、貴方も大分前から魔術をかけられていたようだね」


 エリアスの指摘に、レンホルム公爵は怪訝そうに眉を顰める。


「は?」

「そこのエリザという女と出会った時の記憶は?」

「……何を、エリザは地方貴族の娘だぞ。友人に紹介されて……ん? 酒場で歌っていたのは?」

「何度も暗示魔術をかけられて、記憶が混乱しているな。こうなると我が国の医療魔術でも手には負えない」

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