第37話 父が指名手配されてました
とんでもない言い分を平然と口にする公爵に、頭が痛くなってくる。
「尚更私、関係ないじゃないですか」
「だから私はお前を会計士として雇うつもりだ。それなら問題あるまい」
(問題だらけです)
実の娘を公爵家から籍を抜き雇うなんて、貴族達だけでなく民や周辺国からどう思われるか理解しているのだろうか。
「ロワイエに滞在する金もないだろう。これまでの滞在費も返してもらうぞ。――エリアス王子、この娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません。これまでにかかった滞在費用は、アリシアが働いた給金から支払わせますので暫し待っていただけますでしょうか」
媚び諂い出す公爵に、エリアスが嫌悪の眼差しを向ける。
そして剣を鞘から抜くと、切っ先を公爵に突きつけた。
「これ以上アリシア嬢を貶めるな」
「わ、私は貶めてなど……なあ、アリシア。私は当然のことを言っていると、王子に説明してくれ」
(ここまで言われて、大人しく同意するとでも思っているのかしら)
縋るように見つめられても、アリシアの心は全く動かない。
「お前は優しい子だ。アリシア。父の気持ちを分かってくれるだろう?」
手を伸ばした公爵に、エリアスが詰め寄る。
「黙れ! 指一本でもアリシア嬢に触れれば、お前を捕らえてラサ皇国に送る」
「ラサ皇国?」
怪訝そうに眉を顰めた公爵の様子から、彼がラサ皇国の存在すら知らないのだと察した。アリシアも公爵とは別の意味で疑問を感じる。
(どうして今、ラサ皇国の名が出るのかしら?)
少なくとも現状、父である公爵がラサ皇国に対して捕らえられるような罪を犯しているとは思えない。
「お前の妻となりアリシア嬢を産んだ女性の母国だ。知らぬはずはないだろう」
「え……あ。そうでした、そのような国の出だったような……昔の話ですので、忘れておりました。しかし何故、私が捕らえられなくてはならないのですか?」
アリシアもエリアスを見つめ説明を待つ。
「公爵、貴方はラサ皇国から「重要参考人」として指名手配されている。同盟国であるロワイエは、ラサ皇国とは罪人引き渡しの条約を結んでいる。よって貴方を捕縛する権利がある」
「知らんぞ。私は何もしていないのになぜ……」
「レアーナ様の婚姻に関して、皇帝が直接話を聞きたいとの事ですが。心当たりがあるのでは?」
エリアスの言葉を聞き、公爵の顔がみるみるうちに青ざめていく。
脚の力が抜けたのかその場に座り込むと、それまで馬車の影で様子を伺っていた従者達が駆け寄ってきた。
彼らはアリシアが旅立ってから雇われたのか、見たことのない顔ぶれだ。
「残念なことに、国に立ち入らなければ捕縛はできません。どうなさいますか?」
「うぅ……」
悔しそうに地面を叩き、公爵が唸る。けれど捕まるのが余程怖いのか、彼はアリシアを睨んでから這いずるようにして馬車の中へと戻った。
*****
公爵の乗った馬車が見えなくなると、アリシアは大きく息を吐く。と、次の瞬間急に脚が震えだし目の前がくらりと揺れた。
自分でも意識していなかったが、かなり恐怖を感じていたらしい。
「アリシア!」
剣を鞘に収めたエリアスが駆け寄ってきて、よろめいたアリシアを抱き支えてくれる。
「先程はありがとうございました。……貴族としてのプライドが邪魔をして、あなたに失礼な言葉を……申し訳ございません」
「そんな事はどうでもいい。誰か、温かい飲み物を用意してくれ。気分の落ち着く薬茶がいいだろう」
「はい!」
衛兵の一人が急いで何処かに駆けていく。そして別の衛兵が、休憩室として使っている小部屋に二人を案内してくれた。エアリスに横抱きにされたアリシアは気恥ずかしくて彼の胸を押す。
「一人で歩けます」
「強がらなくていいから。今はまず、気持ちを落ち着けて」
優しく諭すと、エリアスがアリシアの体を暖炉の前に置かれた椅子にそっと下ろす。
先程の衛兵が湯気を立てるマグカップを手にして、部屋に入ってくる。
「ありがとう」
マグカップを受け取り、アリシアは衛兵に礼を述べた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます