第36話 私、平民だそうです
毅然と言い放つアリシアに、公爵は面食らった様子でぽかんとしている。
「貴方が公爵としての責務を果たせば良いだけでしょう? お父様は、何故そうしないのですか」
「……仕事は全て、弟に任せていたのだ」
「ではその弟君は?」
「アリシアが全ての仕事を取り仕切るようになった途端、妻の実家を頼って隣国に逃げおった。全く全て幼い姪に押しつけて自分は早々に楽隠居とは、情けない事だ。レンホルム家の名に泥を塗りおって」
(そっくりそのまま、貴方にお返しできる言葉ですよね)
同じ事を思ったのか、エリアスも唖然としている。
「ともかく、何を言われようと私は貴方やお仕事に関する事を憶えていないんです。戻ったところで、公爵家の仕事なんてできません」
「お前がいないと、王も私も困るのだ」
その言葉に、アリシアは疑問を憶えた。
(父はともかくどうして王も困るのかしら?)
黙っていると、公爵は懇願するような眼差しをアリシアに向ける。
「戻りたくないならせめて鍵の場所を教えてくれ。頼む!」
「鍵? そう言われましても……私が仕事をしていた部屋にあるのでは?」
困っていることは分かるが、アリシアだって憶えていないのだから答えようがない。
「全て探した! 床板も壁紙も剥がしたが見つからん。だからこうして頼んでいるのだ」
先程までの態度はとても人にものを頼む態度ではなかったと思うけれど、公爵の中では正しいことをしているだけのつもりらしい。
「ともかく戻ってくれ」
しかしアリシアは首を横に振る。
「お義母様はダニエラの子に跡を継がせると仰ってました。戻れば私が公爵家を継ぐ事になってしまいます」
言外に余計な混乱は避けたいと仄めかす。貴族の跡取り問題は、それこそ血で血を洗う凄惨な事態に発展することも珍しくない。
(面倒ごとには巻き込まれたくないもの)
跡継ぎに関して提案したのは自分だけど、義母はその気になっていた。
いくら義母が「アリシアが自ら、跡継ぎを譲った」と主張しても、そう簡単には認められないだろう。
(確か貴族院での審議と、王の了承を得ないと駄目なはずよね。数年、下手したら十年近く揉める事になるわ)
今のアリシアは、療養中という事になっている。ジェラルドが診断書に「重篤な病を患っている」と書いてくれたので、長期療養の必要な病人扱いだ。
つまり貴族としての責務を負えないほどの病であれば、審議を経ずに家督を譲ることは許可される。
折角縁の切れる良い機会を逃すなんてしたくない。
「その心配はないから、安心して帰ってこい」
「どういう意味ですか?」
にこにこしている公爵に、アリシアは問いかけた。
「お前は公爵家から籍を抜いた。アリシア、お前はもう貴族ではない。ただの平民だ」
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