第14話 失礼極まりない

 母の出自をアリシアはほとんど知らずに育った。

 幼い頃の記憶を手繰っても、母から故郷の話を聞かされた覚えはない。


「恐らく、魔術を捨てた国に嫁いだからでしょう。バイガル国は大戦の後、率先して魔術と一線を画しました。レアーナなりに気を遣っていたのだと思います」


 貴族の結婚は、ほとんどが政略結婚だ。

 父は公爵家の跡取りだから、当然政治的な意図で結婚相手を決められてしまう。そこに自分の意思は存在しない。

 それは特別な事ではないし、むしろ貴族としての義務みたいなものだ。


「嫁いで暫くの間、私とレアーナは手紙の遣り取りをしていました。ですが我が祖国とバイガルとでは、早馬を使っても三十日はかかる距離。天馬なら三日ほどですが、魔獣を嫌うバイガルに天馬を送れば外交問題になります――」


 自然と遣り取りは途絶えがちになり、ローゼも嫁ぎ先が決まる。祖国よりも近い国に嫁げば近況をしれるだろうと考えていたが、レアーナの噂は聞こえてこない。


 ラゲルの勧めで手紙を送ったものの、返事が来ることはなかった。


「レアーナが病で亡くなったと知ったのは、彼女の葬儀が行われて数年後のことでした。ラサに手紙を送ったところ、あちらにも全く知らせは来なかったと……」

「大変な非礼、申し訳ございません。父に代わってお詫び申し上げます」

「貴女に罪はありませんよ、アリシア」


 公爵家に嫁いだ貴族が病死したと、ラサ皇国に知らせを送らなかったとなれば、それは大問題だ。


「聡明な貴女が何を危惧しているのかは分かります。ですがこの問題は、貴女一人で抱え込むことではありません」

「外交とは色々と複雑なのだよ。父……先代の王が留守をしているのも、理由あっての事だ」


 自分の謝罪で済まされる問題ではないと分かっていたけれど、ラゲルの口ぶりからして水面下では大問題に発展しているとアリシアは理解した。


(これ、バイガル王はご存じなのかしら? ……でも私、婚約破棄されたわけだし……関係ない?)


 もしもマレクとの婚約が破棄されていなければ、王家の一族として謝罪やらなにやらで奔走しなくてはならない。だが今のアリシアは、何の責任も負う必要が無いのだ。


「ところでアリシア嬢。当面は、この城に滞在していただけないだろうか?」

「エリアス。貴方は責任を持ってアリシア嬢を護衛しなさい」

「いえ、そんな。もう療養用の宿は予約してありますので、お気遣いだけで十分です」


 王と王妃の言葉に、アリシアはぎょっとする。

 いくら血族だからといって、そこまでしてもらう理由が分からない。


「兄さん、アリシア嬢には下手に隠さず話した方がいい。遠慮してこっそり出て行かれたら、その方が困る」

「そんな失礼な真似はしません」

「けど適当な事を言って引き留めても、君は城から逃げるだろう? 申し訳ないとか、なんかそんなつまらない理由でね。そんな顔をしてる」


 図星なので、アリシアはなにも言い返せず黙り込む。


「実はこのような怪文書が出回っているのだよ」


 ラゲルがテーブルに、一枚の紙を置く。見せられたのはアリシアが乱心して、妹を殺そうとしたという内容の羊皮紙だ。


「旅人ギルドに送られてきたものだよ。旅人だけでなく、彼らの使う宿にも同じ内容の物を掲示してほしいと、手紙には添えられていたらしい」


 現在、どの国にも「旅人ギルド」と呼ばれる場所が存在する。国を渡り歩く旅人は商人からちょっとした旅行を楽しむ者まで、気軽に立ち寄れる案内所の役割も果たす。

 本来の「商人ギルド」や「冒険者ギルド」など、個別のギルドも当然ながらあるのだけれど、「旅人ギルド」は商人やら冒険など専門職に就いていなくとも仕事を請け負ったり、情報を得られたりするのが強みだ。

 珍しい鉱石や薬草の取引、人捜し、観光名所の発信など、旅人ギルドでは様々な情報が手に入る。

 なので中には、罪人を捕まえてほしいというかなり物騒な案件も含まれる。


「これって」


 読み進めたアリシアは、最期の文言で背筋が凍り付いた。

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