第15話 物騒ですね
何故かアリシアは大罪人とされており、殺せば賞金が出るという内容だったのだ。
醜聞は予測していたが殺害予告までは考えてなかったので、アリシアはぞっとする。
「失礼だと思ったが、念のため君の滞在先を調べた……とても公爵令嬢が滞在する宿ではなかったよ。はっきり言えば、療養施設でもなんでもない。ただの宿屋だ」
「確か公爵夫人が直々に手配してくださった筈ですが」
マリーが呟くと、ラゲルとエリアスが顔を見合わせて頷く。
(急な事だったから、バタバタしちゃって宿のことはあの人に任せたんだったわ)
ジェラルドからも「安静になさってください」と耳にたこができるほど言われていたので、アリシアは出発の日までほとんど寝て過ごしたのだ。
「護衛も置けないごく普通の宿屋に、血族の貴女を滞在させるわけにはいきません」
「張り紙は全部回収させたが、他国から来る旅人が持ち込むのは止められない。噂が広まっていたら、尚更だ」
確かにそんな宿屋に身を置けば、命の危険はあるしマリーも巻き込むことになる。しかし王城に滞在するとなれば、正式に招かれていない自分はそれなりの礼金を支払う必要もある。
だが悲しいことに今の自分には、金銭的な余裕は全くない。
「ですが私は、お恥ずかしい話ですが本当に持ち合わせがないのです」
「レアーナの忘れ形見に、お金を払わせるわけないでしょう」
微笑むローゼにアリシアはほっとしつつ、もう一つ肝心な問題があるので頷くことができない。
王城に住むとなれば、当然自由は無い。馬車の中で思い描いていた「魔術を学び、手に職を付ける」という夢からは遠ざかってしまう。
(情けないとか恥ずかしいとか、考えてる場合じゃない)
アリシアは療養期間が終わったら、正式に家を出るつもりでおり自立して生きる為に手に仕事を持ちたいこと、魔術を学びたいことを告げる。
「だったらやっぱり、ここに滞在した方がいいわ」
「え?」
「城には魔術書専門の書庫がある。アリシア嬢には自由に出入りしてもらってかまわない。折角だから王室付の魔術師も指南役としてつけよう」
とんとん拍子に進む計画に、アリシアは口を挟む隙がない。
「兄さん達、ああなると止まらないんだ。悪い話じゃないんだから、素直に頷いておいた方がいい。世間知らずのお嬢さんが旅人の使う宿に連泊なんてしたら、ろくな事にならないしね」
そう言ってエリアスが片目をつぶる。かっこつけた仕草も、美形なので憎たらしいほど様になる。
(余計な一言がなければいいのに)
頭に来るが王と王妃の前で怒鳴りつけるわけにもいかず、アリシアは黙る。それをラゲルは了承と取ったのか、あっという間にアリシアの王城滞在が決まってしまった。
*****
(なんでこんな事に……)
アリシアはエリアスと二人で、城の廊下を歩いていた。
滞在が決まるとすぐさま執事が呼ばれ、マリーは王室付のメイドとしての制服に着替えるために一緒に部屋を出て行った。
王に仕える使用人に紹介する必要もあるので、アリシアの元に戻るまでは時間がかかるだろう。
他にもアリシアの部屋を整える時間が必要だとローゼから言われ、暫くの間エリアスが城内を案内するようラゲルが直々に命じた。
当然、王と王妃は公務があるので「夕食時にまた」と言い残して退室してしまう。
残されたアリシアは、問答無用でエリアスと共に王城見学をするしかなかった。
「ところで、君はどうして謝罪したんだ。戴冠式のこと、君の母上の事だって君に何ら非は無い」
不意の質問に、アリシアは怪訝そうに答える。
「立場上必要だと思ったからです」
名前だけの「公爵令嬢」だけれど、形とか礼儀とかは大事なのだ。関係ないと言い放つには、まだアリシアは多くのしがらみを持ちすぎている。
「形だけの謝罪には思えなかったから聞いている」
エリアスが立ち止まり、アリシアを真っ直ぐに見据える。
「沈黙が答えなのか?」
黙るアリシアにも、彼は容赦ない。
(分かってるわよ。謝るにしても、もっと別の言い回しとかあるのに……私の知らない何か……多分、消えてしまった私の記憶がそうさせているんだわ)
理不尽な体験が、心に染みついてしまっているのだ。
公爵令嬢としての立場を踏まえても、あまりにも自己肯定感が低いが為に、思慮することを飛び越して謝罪に走る。
「グリフォンに乗った俺を睨んだ君の瞳。あれが君の本性だ。違うか?」
「生意気な女だと仰りたいのですか?」
「いいや。……その、素敵だと思った」
「?」
僅かにエリアスが視線を逸らした。そして何か誤魔化すみたいに、言葉を続ける。
「君はもう少し堂々とするべきだ」
言われっぱなしは流石に嫌だったので、アリシアはお望み通りエリアスを睨み付けた。
「じゃあ堂々と言います。私は「君」ではありません。アリシアです。「嬢」と付けるのも止めてください」
「分かった、これからはアリシアと呼ぼう。約束する」
「それと馬車で言われたこと、思いきり根に持ってますからね」
婚約破棄どころか、婚約自体の記憶もない。けれどやはり初対面の相手からあのような事を言われると流石にへこむ。
「美女とか馬鹿みたいな誤魔化しを仰ってましたけど、興味本位で来たんですよね? お認めになってください。その上で、謝罪を求めます」
強気どころか、王子相手に大分失礼な事を言ってしまったが後悔はない。
いくらエリアスでも怒るか呆れるかするだろうと踏んだか、アリシアの予想は全て外れた。
「申し訳ないアリシア、お詫びになんでもするから、どうか許してくれ」
片膝をついたエリアスが、右手を差し出す。騎士として淑女に対する最大の礼だとアリシアも知っていた。
恐る恐る右手を差し伸べると、その指先に唇が軽く触れる。指先に熱が灯ったような感覚に少し怖くなったけど、アリシアは動揺を必死に抑える。
何より、彼の言葉がとても魅力的だったから、この期を逃すのは惜しいと感じたからだ。
「だったら、私に魔術を教えてください」
こうしてアリシアの新たな日々が始まった。
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