第13話 戴冠式とか血族とか。情報量多過ぎ

「……エリアス、お前はどうして……もう少し王族としての自覚を持て!」

「呆れたこと。貴方のしたことは、国家間の問題になってもおかしくないのですよ」


 ため息をつく二人に、アリシアは咄嗟に口を開く。


「あの、私はもう公爵令嬢とはもう名ばかりで、家を追い出されたも同じですから。気になさらないでください」


 顔を見合わせているラゲル王と妃に、アリシアは自分の置かれた立場と事情を説明する。


「私がマレク王子から婚約破棄を言い渡された事は、お耳に入っているかと存じます。その際、私は記憶の殆どを無くしてしまいました――」


 アリシアは記憶喪失になり、レンホルム家を取り仕切ることのできなくなった自分はもう家に居られる状況では無いのだと正直に伝えた。


「そのような事になっていたのか……では、私の戴冠式の件は?」

「戴冠式?」

「五年前に我が父が退位し、私が即位したのだ。その式典へバイガル国の王子を招待したのだが、ご病気だと連絡が来た。それから公爵……あなたの父上が代理で来るとの事だったが、突然連絡が途絶えてそれきりになってしまった」


 問われてアリシアはきょとんとして首を傾げる。すると隣に座るマリーが、恐る恐る口を開く。


「無礼を承知で申し上げます。この数年間、お嬢様はレンホルム家のことだけでなく、王家の仕事も一部担っておりました。ですがお嬢様は記憶を無くしておりますので、私が代わってご説明いたします」

「よろしい、話しなさい」


 王の許可を得ると、マリーは緊張で震える手を握りしめ話し出す。


「マレク王子の欠席理由ですが、ご病気は嘘です。お嬢様の義理の妹との旅行に行くので、嘘の手紙を書くようにお嬢様に命じられました。お嬢様は戴冠式に出席されるようにと説得されましたが、王子から酷く叱られて……仕方なく公爵であるお父上が代理出席すると手紙を書きました」


(そんなことがあったのね)


 とんでもない告白を聞かされても、アリシアは全く実感が湧かない。


「ですが公爵は出発当日になって、突然公爵夫人と狩りに出かけると仰って……これではロワイエ国に申し訳がたたないと、お嬢様は自身の主席を希望されました。なのに、旅金が勿体ないと公爵夫人が叱責されて……欠席の手紙も、書く暇があれば仕事をしろと……」


 最後の方は涙ながらの訴えになり、聞いている王妃も目元を抑える。

 ラゲルとエリアスは涙こそ見せないものの、それぞれ眉間に皺を寄せていた。


(……随分と酷い環境にいたのね、私。いや、それはともかく。戴冠式の件はお詫びするべきよね)


「申し訳ございません。そのようなことをしていたとは知らず……」

「アリシア嬢が謝罪する事ではないだろう」


 言葉を遮ったのは、意外にもエリアスだった。


「記憶はありませんが、失礼をしたのは事実ですし」

「しかし戴冠式の件は、君の責任では無いと言っているんだ」

「エリアス、止しなさい。アリシア嬢を困らせてはいけないよ」


 割った入ったラゲルに、二人は黙る。


「戴冠式の件は理解した。これは国家間の問題であるので、アリシア嬢が責任を負う必要はない」


 つまりはアリシアに非はないと王自ら宣言されたわけだが、根本的な問題は解決していない。

 現在、この大陸では国家間の紛争は禁じられている。しかしバイガル国の王子が戴冠式の招待を私用で欠席すれば、当然軋轢は生まれる。

 そんなアリシアの不安を見透かしたように、ラゲルが言葉を続けた。


「これを理由に諍いを起こすなどとは考えていないから、安心しなさい。――しかし貴女はかなりの記憶を失っているのですね。医師ではない私から見ても、心を休める時間が必要だと感じる……ローゼもそう思うだろう?」


 ラゲルが王妃に同意を求めると、彼女がアリシアをじっと見つめる。その深い藍色の瞳は亡き母そっくりで、アリシアは息を呑む。


「アリシア嬢……貴女はお母様のことは記憶にあるのですか?」

「はい。お医者様が仰るには辛い記憶だけが消えて、忘れたくない人や楽しい物事は憶えているそうです。ですので、お母様が亡くなる日までのことは、憶えております」


 するとほっとした様子の王妃がおもむろに手を伸ばし、アリシアの頬に触れる。


「よかった。レアーナもきっと喜んでいるでしょう」

「どうして母の名をご存じなのですか?」

「貴女のお母様は、私の母方の血縁なのです。貴女が私の血族である事は、瞳を見れば分かります」


 優しく髪を撫でて、ローゼ王妃が微笑む。


「ローゼは西のラサ皇国から来てくれたのだよ」


 ラサ皇国は西の端にある小国だ。ロワイエ国と同様に、魔術が残る国として有名である。

 母の出自は「貴族」としか教えられていなかったので、アリシアは驚いた。


「貴女がこの国に入った瞬間、親族だと分かりました。私達は血の魔術で触れずとも親族を見分けます。貴女は間違いなく、私の血族なのですよ」

「ありがとうございます。ローゼ王妃。光栄ですわ」


 そう言われても、アリシアとしては全く実感がない。お礼の言葉を伝えるので、精一杯だ。


「ローゼ、アリシア嬢はバイガルで育った。魔術や血族と言われても、理解しがたいのだろう」

「ああ、そうでしたわね。ごめんなさい」


 頷き合う二人を前に、アリシアは彼らが何を納得しているのかさっぱり分からない。


「魔術を使う者。特に王族や貴族は、血縁の結束が強いんだ。義姉さんからすれば、君は妹みたいなものなんだよ」

 困惑しているアリシアに、エリアスが説明してくれる。


(私に関する情報量が多すぎるわ)

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