第12話 王城に招かれました
アリシアの乗った馬車は王都には入らず、更に険しい山道に入る。向かう先は断崖絶壁に造られた、見事な白亜の城だ。
「あの、私は療養所へ行くはずでは?」
「先程伝達魔術で、レンホルム様を城にお送りするよう王から命令が届きまして」
御者に声をかけると、思いがけない答えが返ってきてアリシアはマリーと顔を見合わせた。
「どうしましょう。到着した当日に謁見があるなんて……ドレスは宿に直接届けるように、別の馬車で送ってしまってますし。申し訳ございません」
「仕方ないわ。王には私が非礼をお詫びするから、マリーは気にしないで」
どちらにしろ、正装は持って来ていない。というか「療養にドレスは必要ない」という義母の命令で、持っていくことが許されなかったのだ。
仮にも公爵令嬢なのだから、療養中でも王や貴族からパーティーや茶会への誘いがあるだろう。しかし義母に説明しても、全く聞く耳を持たなかった。
(マリーが死守してくれたドレスは、昼のお茶会用のものだし。どちらにしろ、謁見に着ていくような服は無いわ……恥ずかしいけれど事情を説明しないと)
自分だけ品格を疑われるのなら仕方がないけれど、名ばかりとはいえアリシアは「公爵令嬢」だ。理由もなく正装をしていなければ、レンホルム家の家名に泥を塗ることとなる。
しかし説明をすれば、それはそれで義母の浅い考えが露呈する。
どう話をすれば穏便に済むか頭を悩ませていたアリシアだったが、王城ではそんな悩みなどどうでもよくなるくらいの出来事が待ち受けていた。
*****
「……ここって、王のご家族が使う部屋よね?」
「ええ……あの、私まで同席してよろしいのでしょうか?」
城に入ったアリシアとマリーは、女官に案内されるままこの部屋で待つよう伝えられたのだが――
「どういうこと?」
一般的には謁見までは、専用の待機室に案内される。貴族の位別に別れているが、ここは明らかに公爵でも通されることはない、王の血縁者だけが入室を許される場だ。
その証拠に、壁には歴代の王家の肖像画かかけられている。
「もしかして、バイガル国王とこちらの王は仲がいいとか? でしょうか?」
「ロワイエ国とは、ほぼ国交はないはずよ」
こそこそと話をしていると、扉が開いて王が王妃を伴って入ってくる。まだ三十代と若い王は、先程会話を交わしたエリアスとよく似ている。
慌てて立ち上がり、アリシアはスカートの両端を掴んで身を屈め頭を下げた。
「ロワイエ王、本日はお招きいただきありがとうございます――」
定型文の挨拶を皆まで言わせず、国王が片手で座るように促した。
「長旅で疲れているだろう? 二人とも、楽にしなさい」
驚いてどうすればいいのか迷っていると、王の背後に立つ王妃が小さく頷く。
(座っていいみたいね)
王と王妃がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろしてから、アリシアも席に戻る。マリーも雰囲気を察して、青ざめながらもアリシアの隣に座った。
すると王が徐に口を開く。
「この度は弟が無礼を働き。申し訳ないことをした」
「こちらこそ、まさかあのような噂が流れているとは知らず……民が不安になるのも仕方の無い事です。慎重に行動するべきでした」
「いや、貴女が貴国で受けた非礼はこちらも知っています。弟のした行動は、無礼以外のなんでもありません」
初対面の国王と挨拶もそこそこに謝罪し合うトンデモ展開に、場は奇妙な緊張感が流れる。
それを更に混沌とさせたのは、元気よく入ってきた張本人だった。
「グリフォンを厩舎へ戻してたら思ったより時間がかかってさ。挨拶が遅れてすまない……ラゲル兄さんもご令嬢も、なにしてるんだ?」
「エリアス! お前はどうしていつも問題ばかり起こすんだ!」
「仕方ないだろう。バイガル一の美女が療養に来るって聞いたから、どうしても見たくなって」
「レンホルム嬢に失礼だろう! それに例の事で確認をしに行ったと報告を受けたが、違うのか?」
「あんなの出鱈目だって知ってるさ。けれど正直に「美女を見たい」って言ったら、侍従が止めるだろう?」
頭を抱えるラゲルに、王妃が静かに声をかける。
「あなた、アリシア嬢が呆れていますよ。落ち着いてください。そしてエリアス。あなたはアリシア嬢に非礼を詫びなさい」
おっとりとした口調だが、王妃の言葉に二人は背筋を正し素直に従う。
「取り乱して申し訳ない」
「いえ……」
「アリシア嬢」
声をかけられエリアスを見遣ると、彼が深々と頭を下げた。
「公爵令嬢である貴女に対する暴言。そして無礼な態度を取ったこと、お詫びいたします」
「暴言?」
王妃の問いかけに、エリアスが顔色を変えた。
「包み隠さず話しなさい、エリアス」
相変わらずふわふわとした声音だけれど、どうやらこの兄弟は王妃に弱いらしく、素直に事の顛末を告げる。
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