第14話 グルームアイズ・シティヒーロー課の事情②

「ブルータル・スネイクだ」


 一音ずつに感情を込め、マスターは言った。


「半年ほど前からその名が知られるようになった組織で、今や日本政府も動向を注視している大悪党集団。構成員の総数は百人とも千人とも噂されるが、特に凶悪な幹部構成員が五人ほど。そして奴らの頂点に君臨する親玉、ザ・ディスガストは、知っての通り数多あまたの犯罪行為に関わっているとして指名手配中だ」


 そこでマスターは一呼吸置き、三人のヒーローを見渡した。


「奴らの目的は、首都トーキョーの制圧。我々は一丸となって、ブルータル・スネイクの魔の手からこの街を守らなければならない。心して、任務にあたってくれ」


 会議室全体が、水を吸ったような閉塞感で満たされる。勇気マン、フロストバイトも、それぞれ難しい表情をして黙り込んでいる。居心地の悪さを感じて、スプレンディドマンは口を開いた。


「……そういえば、ラテねえはまだ帰ってこないんすか? うちの主戦力なのに」


「彼女が戻るのは、確か来年の夏頃だろう」マスターが言うと、


「一昨日、私宛てにこんな写真が送られてきた」


 フロストバイトが思い出したように反応した。彼がマスクのこめかみのあたりに触れると、テーブル上にたちまち3Dホログラム画像が立ち上がった。画像には有名なルーブル美術館の前で、目眩がしてきそうなくらい鮮やかな紫の長髪をした女性が、両手でピースを作って写っている。最後に見た時から、また髪色が変わったようだ。


 グルームアイズ・シティの紅一点、ラテラルアーク。オルタネイト・マスターを除いては最年長にして最もヒーロー歴が長く、後輩たちからは敬意を込めて「ラテ姉」などと呼ばれているが、お姉さん扱いもなかなかにキツい年齢に近づきつつあるというのをスプレンディドマンだけは知っている。表の顔はファッションデザイナーで、現在フランスに留学中。スプレンディドマンの言う通りグルームアイズ・シティの主戦力に相応しい恐るべき能力を持つが、その詳細については折を見て話すこととしたい。


「遊んでる暇があんならさっさと帰ってきて、こっちを手伝ってくれよ。ラテ姉さえいてくれりゃ、俺が任務をサボったってバレやしないのに」


 スプレンディドマンはわざとらしく舌打ちをして嘆じた。マスターは彼を一瞬ぎろりと睨んで、それからよく通る声で言った。


「とにかく、みんな気を引き締めていこう。以上、解散」


 スプレンディドマンはフロストバイトに続いて席を立った。会議室を出る時、下座に座る勇気マンが目に入った。「ブルータル・スネイク……」そう低く呟いたのち、彼は唇を固く結んだ。

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