第7話 シリウス・ガールの登場①

「あなたは、そこでじっとしていて」


 シリウス・ガールは顔を少しだけこちらに向けて言った。彼女のマスクは鼻から上の部分のみを覆い隠している。最近のヒーローは顔の半分をあえて出しがち、というトレンドは、グルームアイズ・シティに限った話ではなかったらしい。


「……って、待て待て待て。なんであんたがこの街にいるんだよ?」


「それはこっちの台詞。ここは私の管轄区域よ。あなた、気が動転してエンシェントロブスター・シティにまで逃げてきたことに、気が付かなかったのね」


 まだあどけなさの残る声色に対して、シリウス・ガールの口調はやけに大人びている。小学生の頃担任の女教師に叱られた時の記憶が、スプレンディドマンの脳裏にぎった。


「とにかく、今は――今からは、あなたの出番はない」


 二の句が告げないスプレンディドマンに、冷たくそう言い放ち、シリウス・ガールは顔を前に戻した。その視線の先では体勢を立て直したレイヴン・ヤングが、シリウス・ガールを物珍しげに眺めている。


「音に聞く正義の一等星、いったいどれほど恐ろしい女なのかと、内心びくびくしていたが……ただのガキじゃねえか? 俺様も舐められたもんだ」


 レイヴン・ヤングの翼が再び大きく広げられるや否や、刃状の羽根が一枚残らず、シリウス・ガールへと向けられた。


「お嬢ちゃんをなぶる趣味は決してないんだがね。邪魔者には――あんたらお役人風に言うなら――それ相応の措置、ってやつを取らせてもらうぜ」


 刃が放たれる。数百、否、数千に及ぶ刃が、シリウス・ガール、ただ一人を狙い澄まして飛んでくる。


 しかし、シリウス・ガールは動じない。動じる素振りさえ見せない。無数の切っ先を見据えて、彫像のように立っている。立ったまま、制止を促すように、右手を前方に差し出した。


「シリウス・アイギス」


 その刹那、青白い光の壁が出現した。


 定規とコンパスで描画したかのように正確な正六角形の光の壁が、シリウス・ガールの右の手のひらを中心にして瞬く間に展開していったように、スプレンディドマンには見えた。壁を構成する物質の正体には、曲がりなりにも理系大学で学ぶスプレンディドマンにさえ見当もつかない。だが少なくとも質量を持っているのは確かだ。なぜなら、レイヴン・ヤングの放った刃が、ことごとく壁に弾かれたからである。


「……異名の数々は伊達じゃねえようだな」


 耳障りな金属音を立ててシリウス・ガールの足元に落ちた刃を、少し名残惜しそうに見つめながら、レイヴン・ヤングが言った。


「それなら……こんなのは如何いかがかな?」


 その声は二重、三重に聞こえた。見ると、レイヴン・ヤングは再び分身を始めている。一人、また一人――暗がりの中から怪人の姿が浮かび上がる。


「お嬢ちゃんにクイズ。本物の俺様はどーれだ?」


 レイヴン・ヤングとその分身は、まさしくからすの群れのごとく一斉に地を蹴って飛び立った。無数の翼が突風を巻き起こし、砂埃が舞い上がり、スプレンディドマンの視界を遮った。マスクの目許をぬぐいながら見上げると、シリウス・ガールは相変わらず立ち尽くしたまま。


 しかし、その身体には明らかな変化が生じている。


 あらゆる色を寄せ付けない純白のスーツの上に、突如として燃えるようなあかいラインが走り出した。マスクの頭部から背に、肩から腕に、腰から脚に――みるみるうちに伸びていく、紅。たぎる血潮のようだ。スプレンディドマンは息を呑んだ。


実装完了オールセット――シリウス・ガール」


 低く呟く声が、確かに耳に入った。

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