第2話 スプレンディドマンの参上②

「スプレンディドマン? ヒーロー?」


 レイヴン・ヤングは首を傾げた。「お役人様かい。こんな夜遅くまで、ご苦労なこった」


「お前みたいな連中がこの街から綺麗さっぱり消えてくれりゃ、ちっとは俺の仕事も楽になるんだがな」


 スプレンディドマンは眉尻を下げて言った。マスクの下の彼の表情が、レイヴン・ヤングに見えることはないのだが。


「とにかく、まずは盗ったものを出してもらおうか。それからお前の行為は、威力業務妨害罪、窃盗罪、暴行罪の構成要件を満たして……おっと、宝石店の店主は負傷していたのか。失敬、そうなると暴行罪じゃなく、傷害罪になる」


 スプレンディドマンは淀みなく、頭の中の台本を読み上げた。暴行罪を言い直すくだりまで台本通りであるということは、スプレンディドマンと我々だけの内緒だ。


「さてレイヴン・ヤング、俺はこれからお前を庁舎まで連行しなきゃならん。おとなしく、ついてきてくれるな?」


「はいはいわかりましたよ、なんて、素直に頷くとでも思うか?」


 レイヴン・ヤングは不気味に笑う。


「さあな。まあ命令が聞けないというなら仕方がない。その時はその時で、俺はこの国のルールに従い、するまでだ」


 スプレンディドマンは顔の前で、右の拳を固く握ってみせた。碧い光が拳の表面をほとばしる。周囲の明るさが増し、狼狽うろたえるレイヴン・ヤングの様子がはっきりと視認できる。スプレンディドマンはマスクの下で、優越の笑みを浮かべた。が、その笑みはたちまち消えることとなる。


「そっちがその気なら、俺様も、実力を行使するほかないな」


 そう言い終えるか終えないか、一瞬のうちに、レイヴン・ヤングの黒いシルエットが大きく揺らいだのだ。スプレンディドマンは咄嗟に反応して拳を叩き込む。が、拳は鉄扉を穿っただけだった。そして次の瞬間には、彼は背後から羽交い締めにされていた。


「……っ!」


「かかったな、スプレンディドマンさんよ」


 無理やりに身体の向きを変えさせられたスプレンディドマンの前に、三人のレイヴン・ヤングの姿。まったく同じ姿形を持った三人。いや、四人、五人――視線を動かすたびに、瞬きをするたびに増える。太陽を直視した後に、視界に残るもやのように。


「俺様はレイヴン・ヤング――闇の支配者――この漆黒の世界では、すべてが俺様の思い通りになる」


 スプレンディドマンはあたりを見回した。今や数十人を超えるレイヴン・ヤングが、四方八方から彼を取り囲み、一斉に話しかけてくる。その声は黒い塊となって、スプレンディドマンを呑み込んでいく。ああ、憐れなスプレンディドマン。このまま人気ひとけのない裏路地で、悪党の手に掛かってしまうのか。


 だが、どうか安心してほしい。そして大いに期待してほしい。スプレンディドマンは我らがヒーロー。何よりこの物語の主人公である。


 見よ。我々の期待に応えるように、スプレンディドマンは両の脚に力を込めている。全身を覆う碧き装甲は一層強い光を放ち、そして胸元の「S」のモチーフは、今や燃えるように輝いている。その輝きは、マスクの下の眼にもしっかりと宿っていた。


「……何をするつもりだ?」


 レイヴン・ヤングの集団が、一斉に眉をひそめるのとまったく同時。


 スプレンディドマンは動いた。

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