スプレンディドマン&シリウス・ガール

そうてゃん

第一章 Splendid ──活躍も勝利もハッピーエンドも、約束はできない。

第1話 スプレンディドマンの参上①

 黒。


 あらゆる光を、容赦なく吸収しては無にす、本物の暗黒。


 そういった種類の黒が、この街の空を覆い尽くしている。


 その黒に、見事に身を溶かしながら、文字通り縦横無尽に駆ける影。屋上から屋上へ。壁から壁へ。同じ闇色の身体をした、飛び交うからすの群れを横切り――ひとり夜風に煙草をくゆらす、初老のスーツを仰天させ――男女が睦言むつごとを交わしている、ラブホテルの窓を蹴り飛ばし――影はその時、闇の支配者だった。


 しかし、である。


 そこには確かに存在する。


 暗黒にさえも吸収され得ない、絶対的な、一筋の光。


 その光はあおい。


 影が見下ろす、視線の先。無数の道が伸びる。一本の道が二手に分かれ、複数の道がひとつに合流し、さながら毛細血管のごとく、この街の隅々にまで張り巡らされている。


 碧はいかづちよりも速く、道々を縫って疾走する。その動きは上空の影に寸分違わず呼応する。まさしく、ひとつの物体の、光と影であるかのように。


 が、やがて影の視界から、碧は忽然と消えた。影は安堵した。地に降り立ち、裏路地の鉄扉に背を預け、呼吸を整える。


「そこまでだ」


 不意に、頭上から低い声が降った。驚いて見上げるも、そこには建物に四角く切り取られた黒が拡がるばかり。困惑して目を瞬いた影の、身に纏うスーツの襟元を、何者かが強く引いた。


「レイヴン・ヤング――随分と敏捷はしこい野郎だぜ」


 声の主は、レイヴン・ヤングの首を腕で絞め上げながら囁く。


「貴様……何者だ?」


 喘ぎながら尋ねたレイヴン・ヤングを、相手は乱暴に突き飛ばした。


「まさかこの街に、俺を知らない輩がいるとはな」


 レイヴン・ヤングの視界に、一人の男が現れる。碧き装甲に身を包んでいる。頭の天辺から爪先まで、他の色を一切寄せ付けない、碧。


「一度しか言わないからよく覚えておけ。グルームアイズ・シティ、市民生活部ヒーロー課所属、」


 唯一、胸元に燦然と輝くモチーフだけは、眩いばかりの白。それが示すのは彼の名の頭文字、アルファベットのSである。


 そう彼こそが、この物語の主人公にして、我らが誇り高きスーパーヒーロー。その名は――


「スプレンディドマンだ」

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