今朝はジャムトーストにしよう
月鮫優花
今朝はジャムトーストにしよう
昨日はあのこと遊園地デートに行きました。ハート型のゴンドラの観覧車に乗って、いちごラテの香りがするコーヒーカップを回して、それからペガサスさんのメリーゴーランドに乗って、そのまま空を飛んでいって、こんぺいとうの星を食べて家に帰りました。とても幸せな時間でした。
今日の朝の私は、珍しくあのこより早く起きました。せっかくなので、星形の木の実をとってきて、朝食のパンに塗るジャムを作ろうと思い、こっそり外出しました。
帰ってきたら、郵便受けの中に紙切れが入っているのが見えたので、確認しました。
領収書
・お友達と一緒に住む夢……1000円
・ファンシーな遊園地に行く夢……4000円
・ペガサスに乗って空を飛ぶ夢……4900円
・こんぺいとうの星を食べる夢……2500円
・星形の木の実のジャムをパンにつけて食べる夢……2600円
それ以上読むことは怖くてできませんでした。
わたしなんて本当は存在しなくって、あのこが何かと引き換えに手に入れた夢の住人なだけなのかもしれない……。そう考えると居ても立っても居られなくなりそうなものですが、わたしはどうしてか至って冷静でした。考察が確かならば、わたしは丸ごと否定されてしまうのに、わたしは何か納得してしまって、そのままジャムを作り始めました。
あのこが起きてきたのはそのジャムができる頃でした。あのこはわたしに微笑みながら挨拶をしました。出来立てのジャムを塗ったパンを食べて、美味しい、と言いました。
「本当のパンとどっちが美味しい?」
ようやく出たわたしの声は、自分でもなんだか気味悪く思いました。あのこが少し深刻そうな顔をしたのを見て、部屋の空気の温度が変わったのを感じて、わたしは気まずくなってしまいました。ああ、どうしてこんなことを言ってしまったんでしょう。本当のパンだなんて。こっぴどい失敗をしてしまったな、とか考えているわたしの表情を見て、あのこが言いました。
「今日は花畑に行こうか。」
あのこはまたわたしに微笑みました。
外に出ると綿菓子の雲から飴が降って来ていました。さっきまでは晴れていたのにな、なんてどこか呑気に考えていました。考えるようにしていました。他のことを考えるのが恐ろしかったのでした。
あのこは珍しくずっと黙っていて、わたしはただあのこに手を握られて連れられていきました。そうして辿り着いたのは花の一輪も咲いていないただの畑でした。
「ほら、見て。」
見て、と言われてもそこにはチョコレートの地面に飴が叩きつけられていくだけでしたが、わたしは素直にそれを見つめていました。そうしていると、あのこが、ぱちん、と指を鳴らしました。すると、畑に打ちつけられていた飴たちが答えるようにいっぺんに花を咲かせて、そこは一瞬のうちに宝石を散りばめたような花畑として彩られました。綺麗、という言葉をそのまま形にしたらこうなるのだろうと思いました。
「……本当にすごく綺麗……。」
思わず漏れたわたしの声を、あのこは聞き逃してはくれなかったようで、目を細めて、わたしに抱きついてきました。
「たとえ夢だとしても、あなたと一緒にいたい。あなたのいない世界なんて、考えたくもない。」
あのこが言葉を紡げば紡ぐほど、ああ、やっぱりこの世界はあのこの夢なのだと確信していきました。わたしはあのこがとっても大好きで、あのこと一緒にいれば幸せでなのです。花が咲くのも、飴が降るのも、わたしの心臓が動くのも、きっとあのこのせいなのです。あのこに愛されなければ、わたし含め、この世界は丸ごと止まるのでしょう。
大きくなっていく納得感の中で、わたしはあのこの腕をほどいて言いました。
「ごめんなさい。そう言ってくれるのは嬉しいの。わたしだってあなたのことが大好きよ。でも、だからこそ、夢に留まらずに現実を見て欲しいの。」
あのこはもう笑っていませんでした。
わたしはそこから走って逃げました。辛いけど、少し清々しい感じもしました。あのこは悪夢から解放されたのですから。あのこが夢から覚めずにずっとわたしと一緒にいてくれればいいのにな、と一瞬でも思った、わたしという悪夢から解放されたのですから。
そんな気持ちを知ったのも束の間、どこからか鳥の囀りが聞こえてきて、わたしの意識は歪んでいきました。
目が覚めた時、なぜか少し寂しいような感じがして、カーテンを開いて見えたのが曇り空であることになんとなく安堵しました。鳥の囀りは少しうるさかったけれど。
そういえば、わたし、あれの代金は払ったんだったっけ?
今朝はジャムトーストにしよう 月鮫優花 @tukisame-yuka
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