退屈な授業を抜け出して、天才は一人屋上で空を仰いだ。耽けるほどの感傷は、特になかったけれど。悠々と滑空する鳥を認めて目を細める。ああ、あれはいいな。

 空になりたい。ふと思った。

「……さて、私はソラになりたいのかな。それとも、カラになりたいのかな」



 つまるところ、見鳥みとり刹那せつなという人間は、凡そそんな感じで生きていた。


 刹那がその人物に出会ったのは、彼女がまだ医者を名乗れる者ではなかった頃のことだ。刹那の人生には大きな転換期がいくつか存在するが、この出会いは中でも大きな分岐の一つだと言えるだろう。

 この子は死んでしまう。この子を治すことはできない。彼女はそれをわかっていた。それでも、その全霊を賭してたった一人の患者と向き合うことを、彼女は選んだ。

 見鳥刹那は天才だ。彼女は偉大な医師である。

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