Another Angle
加賀 魅月
第1話
写真は嫌いだ。そもそも、芸術というものにまるで興味がない。とりわけ、写真は嫌いだ。
家に帰ると、玄関先に一つの背中が見えた。最近よく家に来る、お父さんのお弟子さん。歳は私より三つ上の二十一で、大学を辞めてカメラの道に進む決意をしたらしい。馬鹿だと思う。写真なんて大してお金にならないのに。大学を訊いたらそれなりに名のあるところだったし、普通に就職した方が人生楽だったんじゃないの。もったいない。
「あれ、アキちゃん、おかえり」
「うん。ただいま、灯里さん」
彼はアカリさん、なんて女の子みたいな名前だけど、れっきとした男の人だ。
まあそんなこと言ったら、私も映って書いてあきらって読むんだけど。
「毎日毎日、あんな人の何が為になるのよ」
「んー、まあ確かにアドバイスはあまりくれないけどね、統悟さんのカメラに対する姿勢は勉強になるよ。……それとも、やっぱりアキちゃんには迷惑かな?」
「んーん、そんなことはないけど……」
どうしても、ひとこと言ってしまいたくなる。あの姿勢は熱意とかそんなものじゃない。あれは狂気だ。妄執だ。父のことを思うと、胸の奥で怒りとも呆れともつかない、嫌悪の感情が湧き上がる。
「……やっぱり、好きになれないな」
それは父に向けてなのか、カメラに向けてなのか、自分でも分からなかった。どっちもほとんど一緒だから。
私の中で父は写真と結びつき、写真は父を連想させる。私の思い浮かべる父はいつもカメラを手にして、満足そうにファインダーを覗いている。ただの一瞬に全てを賭けるために。そして被写体は――母だ。私が思い出す父は、必ず母を撮っている。それも棺の中の。
この話は灯里さんにもしたことがある。
「撮ったのよ、私の目の前で」
あまり人にしていい話ではないことはわかってる。でも灯里さんならいいかな、と思ったし、それ以上に、私の正当性を認めてくれる誰かが欲しかったのだと思う。
「なるほど、確かに小学生にはトラウマものだな……。それは、うん、僕はそんな風に心を殺せない」
灯里さんは私を尊重してくれるし、自分と芸術だけで生きていない。気さくで優しいから、出会ってすぐの頃から好きになっていたのだと思う。何にも特別なことなんてないのにね。話を聞いてくれる人が欲しかったのかもしれない。ファインダーから目を離して、愛してくれる誰かが、私にはいなかったから。
Another Angle 加賀 魅月 @making_your_night
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