第7話【悪い事をするとオニが来ますよ?】

 五番勝負最終戦。


 会場はセントールの北エリアにあるコロシアム。

 一万人を超える人数を飲み込める観客席も今日は立ち見客ができる程の盛況を見せている。


 そんな中で僕も師匠に用意してもらった席で、試合開始の時を今か今かと待っているところだ。



『両選手、入場です!!』



 アナウンスが入り、東西のゲートが開く。


 東からは黒髪黒目の長身。

 精悍な顔には呪いの効果もあってか疲労の色も浮かぶが、目はギラギラと獲物を狙う勇者。

 腰にはイーステリアに伝わる武器のカタナ。

 その他甲冑の至る所に魔石がストックされており、武器、技、道具を駆使して戦うスタイルに特化しているようだ。



 西からは赤髪赤目の褐色の肌。

 しなやかな豹を思わせる見た目だが、理知的で強かな光を持った瞳の魔王。

 武器らしい大仰な武器は持っていないが、後腰に一振り、一応、といわんばかりにナイフを装備している。



『因縁の戦いも、ついに最終戦! 泣いても笑ってもこれが最後です!!』


 実況の声にあわせて観客の割れんばかりの歓声。


 誰もが今から始まるショー決死の戦いに胸を躍らせていた。


 誰も気づいてないのだ。

 期間中というルールに。


 それはつまり、と言うことに。


 東は最早引くことができず。

 西は最悪、魔王が死んでもこのルールを逆手にとって東が孤立するように立ち振る舞う可能性もある。


 これはつまり、この場で西と東の最高戦力が、全力で殺し合う可能性をも秘めているのだ。


 今まではここまで明確な政治的背景がなかったため、師匠も無視していたらしいが、最悪のタイミングが重なったのか、はたまた、十年以上のスパンをかけて計画されていた事なのか。


 今すぐに答えが出るものでもない。


 僕はただ、自分の仕事をするために二人を観察し続ける。



 魔王が主審にアピールし、何かをうけとった。二つあるうちの片方を勇者へと投げて寄越した。

 足元に落ちたそれを拾う。


 魔王が手元のそれを口元に近づけた時、コロシアム中に彼の声が響いた。

 拡声の魔石だ。


 厳かな声が響く。


『勇者よ。我と相対し、対等に渡り合えたのは貴様が初めてだ。……敵ながら賞賛を贈ろう』


 相手を讃える声に、歓声もそのボルテージを上げる。


 それを遮るように、魔王は手を客席へと向けた。


 観客の静寂を待ち、口を開く。


『勇者よ、東を斬れ。我の元へと来ないか?』


 どよめく会場、こんな展開は今まで無かった。


『勇者よ。我は、貴様が欲しい』


 次の瞬間黄色い歓声が各所で上がり、何人かが出血性ショックで倒れた。

 鼻からの出血だ。全員。


 これはあれか、ウェストランドで本当にああいう本が流行ってるのか?


 え、このあとこいつらどっか更衣室とかで(もごもご)ーー


 こめかみに鋭い衝撃を受け一瞬意識を持っていかれた。


 直撃した何かを放ったのはフラム。


 ……フラムさん? あなたとの距離かなり遠いんですけどコントロールヤバすぎじゃない?


(しっかりしてください)


 口パクで注意され、ごめんね、と返して二人に視線を戻す。



 勇者が拡声魔石を口元に寄せた。


『断る。俺にはこの国に守るべきものがある』


 イメージより若い、青年の声だった。


『貴様とは、こういった形で出逢いたくなかったな』


 魔王が石を投げ捨てる。

 同時に勇者も石を投げていた。


 最早語るコトバ無し。


 勇者が投げた石が地面に落ちた瞬間、二人の姿は亜音速の世界に消えた。


――――――――――


 早すぎて追いきれない戦いは、備え付けられたモニターに映し出されているが、既にそれも数瞬前のもの。


 魔石と魔法陣で強化した肉体で戦う勇者と、純粋な魔力で自己強化して戦う魔王。


一般人にはぶつかり合う剣戟や衝撃音を感じる以外、スクリーンを見続けるしかないのだ。


 斬りつける勇者、身をかわす魔王。

 勢いそのままに回し斬りに移る勇者、しかしそこに魔王の姿はなく、勇者の眼前に掌が現れ漆黒の魔力が膨らむ。


 咄嗟に膝を折り体制を落とし黒い魔力弾をカタナで弾く。

 勢いを殺さずに前方に跳んだ勇者はストックしていた魔石を一つ魔王目掛けて投げる。

 読み切っていた魔王はそれを軽く避けたが、一つ目に追いつく速度でもう一つの魔石が飛来し、石同士が衝突。

 その衝撃で内包されていた爆発の魔力が、魔王の至近で解放された。



 二人がコロシアムに再び姿を表したとき、観客は息を呑んだ。


 魔王は左腕を。

 勇者は脇腹をそれぞれ負傷し、流血していた。



 勇者が何か言っている。


 拡声魔石は無い。


 だが、僕には聞こえた。



「血は同じ色なのにな」



 と。



 勇者が構える。

 カタナがそれに応えるように朱く輝く。


 魔王が構える。

 全身から吹き出る黒い魔力が彼を覆ってその掌に集まる。


 消える、音速に飛んでしまう。


 今しかない。今しか無いのだ。


 僕は立ち上がった。


 


 箒が地面に向かって急加速する。

 箒の柄を掴み、風圧に耐えながら銃を構える。

 二発装填の一発目を放つ。


 フラムお手製のそれは走り出した勇者と魔王の間に突き刺さりフィールドを埋め尽くす煙幕を吐き出した。

 観客から見れば二人の衝突の衝撃で土埃が舞っ多様に見えているはずだ。


 二発装填の二発目を放つ。

 周囲の魔力を散らせ、付加価値を無効化する。謂わばキャンセラー。




「何故キミがここに」


 右手の手甲でカタナを受け止め、


「シド……君?」


 左手の赤い魔力で、魔王の呪いの力を阻んだ。


 マーメイドの涙若返りの力の効果を散らされた勇者は魔王の呪いで老いさらばえ、

 幻惑と変化の魔法の効果を散らされた魔王は本来の姿に戻っていた。



「その、角は……」


 キャンセラーの力はこのフィールド全体を包み込む設計にしてもらっている。

 さすがフラム印の魔石。想像以上の効果だ。

 だが、その効果はもちろん僕にも。


 師匠の封印の力を散らされ、封じていた力が溢れだしていた。

 額からは右が短く、左が長い角が伸び、全身は鎧武者の甲冑のような赤い闘気が覆っていた。



「まさか……御伽の覇王……?」



 勇者ことヤシューさんが呟く。


 魔王ことエメさんは、茫然と立ち尽くしていた。


 そんな二人に、僕は苦笑しながらコトバを紡いだ。



「常連さんの喧嘩を仲裁しに来ました」



 営業スマイルは、上手くできているだろうか。


「時間がありません、黙って寸劇に付き合ってください」


 二人を見据え、言い放つ。

 間もなく煙幕が切れてしまう。

 時間的余裕はない。


「エメさん!!」


「はいっ!!」


「考えるのはあとです。全部説明しますから!!」


「しかし……この戦いに負けては国の家族が……」


「ヤシューさん」


 逡巡するヤシューさんの肩に触れる。


「僕を信じてくれませんか。……こんなナリですけど、シド・レイラックです」


「…………わかった。後でちゃんと説明せえよ?」


 頷いて、エメさんに向きえる。


「エメさん、早く呪い解除! あと自分の幻惑魔法かけ直して!」


「え、でも、キャンセラーは」


「あとがけには作用しないから! 早く!」


「り、りょっ!!」


 エメさんが魔王の姿に戻り、さらにヤシューさんにかけられていた魔王の呪いが解けたのを確認し、


「ヤシューさん、『マーメイドの涙』を! あなた何回か飲まないでそのボトルに隠してたでしょう?」


「ほっほ、バレとった」


 一気に飲み切るとヤシューさんの身体は若返り、先ほどと同じくらい……いや、少し幼くなったような気がするが、とりあえず戻った。


「エメさん『昨日の敵は今日のラブ』のクライマックス!!」


「え、あ、なるほど!!」


「ヤシューさん『勇者伝記』の覇王戦中盤あたり!!」


「心得た」


 ヤシューさんの方は賭けだったが、勇者に憧れた少年が農家を出て騎士団に入ったくらいだ。

 先程出したタイトルの本は読んでいて当然だったらしい。


「いい? あとは合わせて!!」


 二人が頷いたのを確認して、覇王の力を増大させる。


 強力なオニの闘気がその密度を増し、僕の顔もオニの面が覆うように隠れる。


 気迫を込めた魔力を飛ばすと、包み込んでいた煙はその風に吹き飛ばされ、視界はクリアになった。



 しばしの沈黙、直後のざわめき。

 突然の闖入者に観客の理解が追いついていない。


「あれ……オニだ!! まさかおとぎ話の覇王か!?」


 誰かが叫んだ。ようにみえただろうが、今のは師匠だ。上手く扇動している。

 ざわめきは混乱を呼び阿鼻叫喚の渦が巻き起こる。


『静まれい!!』


 魔力で増幅した僕の声はコロシアムを超えて響き渡り、その場の全員が動きを止めた。


『我が城跡に面白いものを作ってくれたな』


 静まるコロシアム。

 演劇のように大仰に手振りを見せ付けながら一歩二歩と勇者と魔王に向けて歩み寄る。


 上手いこと二人は距離を保って後ずさる。


『異常気象、自己の利権、裏切り、暗躍……何年経ってもヒトは変わらんな!!』


 赤い闘気を手先に集中させ、鉈の様な刃物のイメージで固着させる。


『どれ……今の英雄達の力、我自ら試してやろうか』


 すみません、どうか、うまく合わせてくださいね。


 地面を踏みしめる。

 反動で砕ける地面。無視して跳躍し、振り抜いた鉈を勇者が受け止める。

 ダメージが起きないように衝撃だけ発生させ、勇者を派手に吹き飛ばす。


 横から奇襲じみた動きで突き出された漆黒の魔力を纏った腕を無造作につかむ。


 そのまま地面に引き倒し、魔王の腕をひねりあげると顔を近づけて、あえて宣言する。


『なんだ? 意外と可愛い顔してるじゃないか? 我が下僕にしてやろうか?』


 ここで、魔王が怒りに震えて大技で反撃して勇者の一撃で僕撤退……おいどうした魔王はよ撃て。


「え、何今のセリフまって、ぬれーー」


「男の顔でそういうこと言わないで下さい!!」


 仕方ない、プランBだ。

 若干デレかけている魔王を力任せに投げ飛ばして勇者の足元に転がす。(ごめんなさい)



『……つまらん』



 吐き捨てて主賓席の方を向く。

 手を翳し赤い闘気を集中させると光の密度が増し真紅に輝いた。


『そこに座るのは当代の王たちか? クハハハハハ!! お前らをまとめて消せばこの世界は我の物か!! 実に楽で良い!!』


「させんッ!!」


 後ろから声が聞こえ、勇者が走り出す。


「勇者! 持っていけっ!!」


 魔王の漆黒の魔力が勇者のカタナに取り巻き、白銀の刃が、鴉羽のように黒く煌めく。


「秘剣!! 一陣・一閃!!」


 真横に振られたカタナから放たれる勇者の剣技と、それに乗った魔王の破壊の力。


 え、まって、マジこれはちょっとヤバーー


 集約していた真紅の闘気を盾に変換し、全力で受け止める。


 というか! 僕がこれ受けとめきれなかったら位置的にこの技のせいで世界の重鎮が皆両断されるわバカ!!


『ぐうううう!! ぬううううおおおおおっ!!!』


 ぶつかり合うエネルギーによって爆発がおき、それが消えると同時に、片膝をついた。


 そのままゆらりと立ち上がり、


『少しは楽しめた。またまみえようぞ』


 幻惑の魔法を身に纏い、姿を周囲に溶け込ませた。



 そのまま二人に歩み寄る。


「明日の夜、公園で」



 二人が小さく頷いたのを確認し、僕はその場から離れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る