第6話【明日は五番勝負最終戦の為のおやすみさせていただきます。】

「えー、明日休みなのー?」


 カウンターの張り紙を見て不満げな声を上げたのはエメさんだ。


「えぇ、僕もチケット当たったので。見に行こうかと」


「マジマジ!? 良いなぁ、ウチ魔王様近くで見たいー!! シド君はどっち?」


「どっち、というと?」


「魔王☓勇者? 勇者☓魔王?」


「それに関してはあまり無いですねぇ」


「おぉ! どっちもイケるか!! さすがシド君! わかってるねぇ!」


 ちげぇよエメさん。

 ……いや、これで良い。

 もう踏み込まずに流されるがままに笑顔でいよう。そう心に決めた。


「最終戦ってコロシアムでやるんだよねー?」


「そうですね。各国の主賓も来て決着を見守るようです。まぁ、領土問題も関わってきますしね」


 エメさんはギュッと目を閉じて何やら唸りだした。

 調子でも悪いのだろうか?


「あー、明日シド君のコーヒー飲めないのかぁ……」


 心底残念そうに呟く。

 こういう所は素直に可愛いのに……。


「明日朝の一杯で気合入れたかったんだケド……残念」


「明日何かあるので?」


「んー、大事な会議ー」


 と言ってもエメさんが通い始めてくれるようになってから一ヶ月と少し。

 つなぎ以外の服を見たことがないが……会議?


 不思議そうな顔をしている僕に気づいたのか、エメさんはニコッと微笑み、


「えとね、今回の五番勝負で撮れた写真を使って魔王☓勇者本を出すのよ。その会議を仲間内でやるんだけど、大分ハードな戦いになりそうでね」


「あぁ……それはそれは……」


 苦笑いも一線を越えると諦観にしかならない事を知った。


「あ、そういえばエメさん、今回の五番勝負、魔王が勇者にかけている呪いってどんなものなんです? 誰に聞いてもよくわからないと言われてしまって」


 呪いは魔士族秘伝の応用魔法だ。

 魔士族以外の種族からしたら『なんかよくわからんけど魔法かけられてる』くらいの感覚なのだそうだ。……呪われたことないから分からんのだが。


「んー、あれは動きが鈍くなる呪いかな。魔王様が直接かけてるから、解呪も魔王様しかできないだろうし」


「なるほど。第三者が解呪する事はできない……と」


「んー、十中八九無理じゃないかなー」


 無意識に小首をかしげるあたり、あざといというか、小悪魔的というか。


「勇者はカタナと魔石と、何か薬を飲んでいましたよね? 腰につけてる飲み物」


「あー、あれ多分素早さの薬かな? 呪いに対抗してるのかなーって思ってた」


「なるほど。やはり初戦からちゃんと見てる人は違いますね」


「にしし、褒めてもなんもでないよー?」


 満足気に言うエメさんに、僕も微笑み返す。


「あ、そうだ、この前借りた本お返ししますね」


「お、どうだったー?」


「王道ですがよかったです。敵対する二人が一度協力し、強敵を倒す……。その後雪崩式に(もごもご)しだしたのは意味わかりませんでしたが……」


「あはは、その内わかるようになるってー!」


「いや、わからなくていいですけど。……ホントにこれウェストランドで流行ってるんですか? 明らかにオーバー18な内容でしたが」


「え? なんか問題でも?」


「…………ない、です……」


 時々エメさんが発する物凄い圧はなんなんだろう。


「とりま明日休み了解ー。明後日来るね!」


「はい、お待ちしてますね」


 いい笑顔を送り合い、仕事に出るエメさんを見送った。


――――――――――


「ふむ、明日は五番勝負でも見に行くのかな?」


「えぇ、御名答です」


 昼少し過ぎ、店に来たヤシューさんが張り紙をみて呟いた。


「年に一度、あるかないかの試合の決勝ですからね。僕も勇者さんの戦いが見てみたくて」


「ほぉ、レイラック君は勇者派か」


 感心したように言うヤシューさんに、申し訳ないが頭を振りつつ、


「どちら派と言うのはないのですが、どちらも応援したくて」


「なるほど。良いことですな」


「あ、それはそうと、エメさんとはあれから……?」


「んむ……残念ながら顔を合わせることは無かったですな。私も言い過ぎました」


 少ししょんぼりというヤシューさん。

 良かった、歩み寄る気持ちは持ってくれているらしい。


「今度あったら僕が言っておきましょうか?」


「いや、人任せにするなどイーステリア人の名折れ。自分でちゃんとケリをつけますよ」


 武人か。

 突っ込みたくなるのを抑えて笑顔を作る。


「応援してますよ。常連さんたちには仲良くあって欲しいですし」


「……むぅ……」


「あ、そうそう、『マーメイドの涙』ですが」


「明日休みならば今のうちに多めにもらってもよいですかの?」


「そうおっしゃると思って準備しておきました」


 サッと携帯ボトルを取り出した僕を見て破顔一笑するヤシューさん。


「やぁ、実に気持ちの良い店員だな、キミは! キミが首を縦に振るならイーステリアにつれて帰りたいくらいだの」


「あいにく僕のテイクアウトはしておりませんので」


 僕の冗句にもヤシューさんは笑顔で返し、ボトルを受け取る。


「あ、そうそう、くれぐれも二十代の方には飲ませないようにお願いしますね」


「これを渡すとき必ず言うが……薬膳酒だからか、と勝手に納得しておったが、飲んでしまうとどうなるのかの?」


 周りを見、家族連れや小さなお友達もいくらかいることを確認した僕は、手を口元に添え、ヤシューさんの耳元に寄せる。


「若い人が飲むとアレがアレして、最悪破裂しますので」


「ふぁっ……!?」


 目を白黒させ、思わず自らの腰の辺りを守ろうとするヤシューさん。


 この人でもこんな動きするんだな。


「それは色々とマズイのぅ」


「ですよね。なので、用法用量をまもってご利用下さいね?」


 相当衝撃的だったのかコクコクと頷くヤシューさん。

 思わず笑いそうになりながら、話を続ける。


「そういえば今回の勇者さんって農家の産まれなんですね。ヤシューさんの知ってる土地ですか?」


「あぁ、昔何度か行ったよ。……長閑のどかな茶畑でね。凄く良いところなんだ。そうそう、イーステリアに行くなら案内するよ。あそこで作ってる緑茶がまた美味くてね」


「それはいいですね。是非お願いします」


「ほうじ茶とかもまた違う魅力があるがね。甘納豆とかと合わせて飲むのもまた美味いんだ」


「チャガーシ、と言うやつですか」


「ふふ、発音がちと違うかな。茶菓子、だ」


「チャガシ、ですか、なるほど。そのアマナットーというものもその内食べてみたいですね」


「この滞在が終わったら一度あちらに戻るからね。キミには世話になったし。あんなので良ければ送ろう」


「ホントですか! やった、嬉しいな」


「滞在も間もなく終わってしまうか、早いなぁ」


「一ヶ月くらいでしたね」


「なに、またくるさ。少なくとも明後日は必ず」


「はい! お待ちしてますね」


 言って笑顔で手を振り、ヤシューさんと別れた。


――――――――――


 さて。


 場所は師匠と僕の家、時刻は夕方。


 フラムは大量の箱を背に、リビングの入り口で土下座をしている師匠を睨みつけていた。

 僕? 僕はフラムの隣でソファに座りながら二人を眺めてます。


 そして師匠はルンルンで家に帰るなりフラムに「そこに座れ」と言われ、今に至る訳で。

 これから尋問が始まるようですよ。


「何処で、何をしていたんですか?」


「美味いものめぐりを、南から西へ……」


「この、魔石の原石の山は、なんですか?」


「だって……フラムちゃんが自分の力で頑張るって!! 仕事に就いたから!! ママ嬉しくってぇっ!!」


「こんなに大量の原石資本をもらっておいて何が自立ですかっ! てか誰がママですか。アリッサさん?」


「名前呼びやだ!! 他人行儀やだぁっ!!」


 いや、そもそもママなんて呼んだ事、一度もないよね……?

 滝のように涙を流すアリッサことアリッサ・クロニクル。

 残念ながら僕の師匠だ。

 こんなんでも料理の腕はよく、僕に色々と教えてくれている。


 趣味は見ての通り各地を巡って知らないものを探す旅。

 あと、なんやかんやあってフラムの事が実の娘のように、というかそれ以上に大好き、という感じか。


 ブロンドの髪、少し尖った耳、眉目秀麗。北のエルフ族の血を強く引いているらしいが、本人はあまりそれを好きではないらしい。


「……他人ですから」


「ひどいっ!! シド!! 娘がひどい!!」


「僕に振らないでください。……今回は全般的に師匠が悪いです。何も言わずにフラッと居なくなるから、フラムも凄く心配してましたよ?」


「いや、だって、出かけるって言いに行ったら会ってくれなかったし!!」


「今回は、いつ出ましたっけ?」


「五日くらい前」


 あー、炭火石作ってくれてた時だ。

 って事は原因僕じゃん。


「確かその頃はフラムも仕事で忙しかった頃合いじゃ?」


 嘘は言わない。

 肝心なところはボカすが。


「ですね。集中してたので、家から出ませんでした。と言うか来客に気付きませんでした」


 結果集中しすぎて二日くらい何も食べてなかったみたいだけど……。


「それじゃあ仕方ないね。はい、この話おしまい。……師匠は次出るときはちゃんとフラムに話ししてくださいね?」


「……はい……」


「フラムも許してあげてね?」


「仕方ないですね……私も気づけなかったのが悪いですし。ごめんなさい」


 よし! 原因不明のまま問題解決QED!!

 内心で全力のガッツポーズをキメる。


「フラムちゃん!! ママって呼んでもいいのよ!!」


「それは嫌です」


 ドサクサに紛れてママ呼びさせる作戦は、完全に失敗し、拒絶された悲しい死体がそこに一つ転がって、とりあえずの決着を迎えたのだった。


――――――――――


「さて、師匠、見えています?」


 コーヒーを飲み、一息ついた頃合いを見て、僕が切り出した。


「逆に問うよ? シド。アンタはどこまで見えた?」


 予想通りの返答に思わず口元が緩む。


「今回の五番勝負はってところですかね」


「ほぉん。大方分かってるじゃん」


「気持ち悪いですね、わかるように話してください」


「シド!! 娘が私にだけ辛辣ぅっ!!」


「それは自業自得です」


「弟子も辛辣ぅ……」


 こんなに不遇な師匠がこの世にいるのだろうか。あ、居たわ。目の前に。


「とまぁ、人間観察が趣味のアンタのことだ。大体まとまってるんだろう? 説明してみな?」


 言われ、師匠の飲み終わったコーヒーカップをテーブルの左端に、中央に師匠の土産のチョコレート、右端にフラムの湯呑みを置いた


「始まりは先月頭くらいから続く日照りですね。イーステリアの主産業の一つが農業ですし水源があまり多くはないですから。イーステリアとしては雨が降らないのは痛手です」


「でも、魔石があれば水を生み出すことはできますよね」


 口元に手を当てつつ発言したフラム。

 当たりではあるのだが、ちょっと弱い。


「確かに、育てることはできる。けど、味は保証できない」


「あくまでも魔石で構成できるのは『水分』であって、そこに含まれるミネラルとかは魔石では再現できていないんだ」


「なるほど、製品の質が落ちてしまう、と言うことですね」


 僕が説明し、師匠が付け足す。

 フラムは得心したらしく頷いた。


「それでも、生産を続けないと資金が獲得できなくなります。資金がなくなると国が回らなくなります。だから、魔石を使ってでも生産を続けないといけない訳で……」


 僕は湯呑みを指差し、その指をコーヒーカップに移した。


「それに目をつけたのがウェストランドですね。鉱石の……魔石の原石の金額を釣り上げ、ボロ儲けしようとしたんです」


「え? じゃあ、この部屋いっぱいの原石は……」


「師匠がウェストランドの鉱山からくすねて来たんでしょう?」


 それを聞いた師匠はクツクツと笑いながら、


「言いがかりが酷いぞシド。それはどうやって証明する?」


 言われ、僕はポケットから一粒の石を出した。

 鈍い金色に見えるが光の角度によって眩しいオレンジに輝く小石だ。


「ウェストランドライト。名前の通りウェストランドでしか採れない石です。……この原石が詰まった箱の中から出てきました。……まとめて放り込んだ時に混ざったのでしょう」


「ほぅ?」


 ニヤリと師匠の口元が歪む。


「それに、これしきの物量を秘密裏に運び出す事くらい、貴女なら造作もないでしょう?」


 半分はでっち上げだが。

 師匠の底が知れない言動や行動は昔からよく目にしていたので、理由もなく感じるのだ。

 この人ならやりかねない。いや、やってのける。

 そんな直感めいたなにかがあった。


「まぁ、そういう事にしておきましょうか」


 師匠は手をひらりとこちらに振り、続きを促す。


「それが背景にある事をベースとして、先月中頃にあった四カ国会議での東西の軋轢。そこから始まった五番勝負。……その賭けの持ち札が東は『農地』、西は『鉱山』……東は弱っている主産業ですが西は現役の鉱山です。……あくまで予測ですが、鉱山も、もうほとんど掘り尽くしてしまっているのではないですかね」


「え、じゃあ、それって」


 フラムの驚きの声もわかる。

 これはどう転んでも西にしか利のない政治だ。

 下手したら東が西の勢力下に落ちる可能性もある。


「んま、大きく見て戦争の火種に成りかねんな」


 ポツリと師匠も呟いた。


「それを師匠は食い止めるべく、石を回収して、公平に分配しようとしたんでしょう?」


「んー、ま、ピースが足らんのよね」


「ピース?」


 訝しげるフラムに、師匠はニヤリと笑った。そして人差し指をピッと立てて問う。


「さて問題です。世界が一つにまとまるにはどうしたらいいでしょう?」


 それを聞いて盛大にため息を吐いた僕に、ケラケラと師匠は笑った。

 やはり師匠は自分の計画に僕らを組み込んでいたらしい。

 ため息まじりにフラムへと向き直る。


「フラム……ごめん、大至急作って欲しい魔石が二つある」


「は、はい! レイラックさんの為なら!!」


「え、ちょっと、シド!! 弟子のくせにお前ぇっ!! ……え、なんか寝取られた気分!!」


「不穏な言い方やめてください、師匠……」


「寝取るも何も、私アリッサさんと親密になった記憶がこれっぽっちもないのですが」


「シド……私、泣いていい?」


「部屋の隅でどうぞ」


 しばらく師匠は部屋の隅から戻ってこなかった。


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