第4話【店舗周辺で発生したトラブルは当方では責任を負い(たくあり)ません】
開店まであと三十分ほど。
明け方早くに起きて本日の仕込み。
余った時間でダークマターコーヒーの試作を行ったがこれが中々の難敵。思った味にならないのだ。
あくびを噛み締めながら
今日の大陸の天気は晴れ。
……ん? 先月頭くらいから雨が全く降ってないような……。
こちらは水源があるし、あまり美味しくないけど水を湧き出させる魔石もある。……あえてもう一度言う。あまり美味しくないけど、それを使えば料理も出来るから気にすることでもないか。……再三だが、あまり美味しくないのは勘弁して欲しい。
「シド君おはおはー♪」
「ふぁぁ……んぁ! すみません、おはようございます、エメさん」
「おはようレイラック君。……おや、エメラダさんも」
「ヤシューさん、おはようございます」
「おはおはー。なんか珍しいね朝から会うの」
エメさんに続きヤシューさんが露店の前に歩み寄る。
「ちと早く宿を出ましたからな。散歩がてら」
「ウチは朝から現場行かなきゃでさぁ。もうやんなっちゃうね」
朝から常連客が集まるのは嬉しい事だ。
二人の『いつもの』を用意し始めたとき、公園のメインストリートをフラムが走ってくるのが見えた。
「あ、皆さん! おはようございます!」
「フラムちゃんおはー。元気だね」
「おぉ、フラムさん、昨日の炭火石の焼き鳥、絶品でしたぞ」
「え、ほんとですか!? 良かったぁ!」
「あの熱の出方といい、焼け具合といい、相当魔紋の刻み方に気を配ったでしょう?」
「えへへ……そこはこだわったので、気づいてくれて嬉しいです」
流石ヤシューさん。イーステリアの人は道具の扱いに長けている種族だ。
昨日だけでそこまで観察できているとは思わなかった。
なにやら魔石の話で盛り上がり始めた二人を見てエメさんはスススっとこちらにより、僕だけに聞こえるように囁いた。
「ねね……魔紋ってなに?」
「んー、魔石にどんな反応を起こさせるか決めるプログラムみたいなものです」
「なんと! 西の民は魔石には疎いのですかな」
「いや、だってしゃーないじゃん? 普段魔石使ってないもんさ」
耳聡くツッコミを入れたヤシューさんだったが……何だか違和感がある。
何故そんなことに突っかかったのか……。
ヤシューさんほど歳を重ねているのであればそんな事など当たり前の常識なのではないのか?
「ヤシューさん、エメさんはウェストランドから来て間もないですから。文化の違いは往々にしてある事ですので」
大人なのですから。その辺にしておいて下さい。という意味も込めてやんわりと言ったが……伝わっただろうか。
「まぁ、正直ウチらは魔法に特化してるから? 東の人達みたいに道具がないと何もできないのと違って、自分の力でやってけますケド何か?」
エメさぁぁぁぁぁぁん!!!!
蒸し返さないでっ!!
いくらイラッとしたからってエメさんも良くないぞっ!! それは!!
やな空気だぞ、と視線を向けると、何故かフラムはメガネを外して二人を眺めていた。
あ、これ現実逃避?
私今、何も見えません。なのでわかりません! ってやつ?
ちょっとフラムさん? 出来れば僕もそうさせてほしいんだけど、混ぜてくれません?
二人の『いつもの』が置かれたカウンターを見てヤシューさんが口を開く。
「ほう? 泥水を飲んで悦に浸る奴等が大きく出よるの?」
「コーヒーを悪く言うなし! 何を偉そうに!! イーステリア人は豆でも食べてれば良くね? 腐った豆とか大好きでしょアンタら」
「発酵という技術すら知らんか、引き篭もりの田舎人は」
「はぁ!?」
「はいはい! ストップ!! 朝から喧嘩しないでください。……ヤシューさん、どうしたんですか? なんか気が立ってますよ?」
ヤシューさんは「むぅ」と黙り込み、代金をカウンターに置いて、いつものオニギリセットを手に取り、踵を返した。
「レイラック君、今夜いつもの薬膳酒をもらいに来るから、頼むよ?」
「はい。行ってらっしゃい」
振り返りもせず歩き去ったヤシューに、エメさんは怒りを露わに眉を顰めた。
「エメさんも。ちょっと疲れてます? ゆっくり休んでくださいね?」
「んぅ……シド君ごめんね」
その言葉はヤシューさんに言ってあげてください。
「僕は良いですよ。ヤシューさんも言い方がきつかったですね……。普段はあんなこと言わないのに。何かあったんでしょうかね」
エメさんも、いつものコーヒーセットを受け取り、代金を渡してくれた。
「あ、エメさん、今エメさんの好みに合うコーヒー研究中ですので。味の好みや気づいたことがあったら教えてくださいね?」
「え、ホントに!? 嬉しい!! そういうとこだぞぉシド君! 大好き!!」
「いや、言いすぎです、照れるんでやめてください」
口元が緩むのを堪えつつ言う。
良かった、エメさんは少し元気になってくれたかなーーぃっだぁっ!!!!
「…………………」
見るとカウンターの足元、ちょうどエメさんから見えない位置で僕の足の指先はフラムの踵に擦り潰されようとしていた。
ねぇ! カカトでドリルやめて!!
何故、ちょっと、フラムさん!?
疑問ばかりが浮かぶが、とりあえずお怒りのご様子? わからんけど。
営業スマイルは崩さずエメさんを見送って、やっと姿が見えなくなったあたりでフラムに向き変えると、彼女はフンス、と鼻を鳴らし足をどけてくれた。
「あの……何でしょう、か?」
「知りません! 考えなさい!!」
「はい……」
よくわかりません。
この理不尽な怒りの炎が収まるまで、8本ほど焼き鳥を献上する羽目になった。
――――――――――
「似てる……」
9本目の焼き鳥を口に運びながら、フラムがポツリともらした。
「似てる? ヤシューさんとエメさん?」
無意識の呟きだったのだろうか。
僕の問いかけに言ったフラム自身がビクッと反応し、
「あ、いやいや! 違うんです! あ、でも全部違うわけでも無くてですね!?」
なんと説明していいのか、迷っている、という印象のフラム。チラチラと見ている視線の先には備え付けられている
映し出される魔王と勇者のプロフィール。
「まぁ、それぞれ同じ国の民だから、魔王と勇者がエメさんとヤシューさんに似てると言うのも、あながち間違いではないね」
「あー、えっと、はい」
曖昧な返答だったが、余り突っ込みすぎてもいけないかと、これ以上の追求を避け、板面を注視する。
へぇ……今回の勇者は農家の産まれなんだ。
どうでもいいけど、なんでこういうイベントに出て来る奴は揃いも揃ってイケメンなんだろうなぁ……。
けして自分の容姿が嫌いという訳でも好きという訳でもない自分からしたら、今代の勇者や魔王程の美形なら、色々得してるんだろうなぁ。
なんて思ってしまったりもするのだ。
けして僻みでは無い。けして。
―――――――――――
夕方、フラフラした足取りで来店してきたのは鍛冶屋のマリアだった。
毎朝、噴水の辺りで武器屋のロレンツと防具屋のハリーと幼馴染の三人組で話しているのをよく見かける。
ロレンツは東の
あったとして、せいぜい耳の形だったり、背丈が少し小さめだったり。髪や目の色だったり。その程度の差だ。
種族や血筋などをあまり気にしない、ごちゃまぜのこの街が、僕は好きだ。
……と、しばらくケースの食べ物や飲み物を見ていたマリアが、顔を上げた。
「すみません、疲労回復とかに効きそうなのあります?」
「速効性のあるものとなると、ドリンク系ですかね。……作れなくもないですけど少しお時間良いですか?」
頷いた彼女の目の下には凄い隈。
まるで徹夜明けのような……。
「嫌いなものとか、苦手なものあります?」
「得には……あ、苦いのは少し苦手で」
「わかりました。……お仕事ですか?」
手早く材料を刻み、ミキサーに放り込んでいく。
「ちょっと大きな仕事が入っちゃって……寝てなくて……」
「なるほど、鍛冶の仕事も大変ですね……。もしかして五番勝負関連ですか?」
「よく分かりましたね。……実は勇者さんのカタナや他の装備の修繕を頼まれまして……」
「それは凄い」
「装備に魔法陣が組み込まれている物もあるので、知り合いの魔士族の方に相談しようとしたら止められまして……調べものをしながら作業してるので進まなくて進まなくて……」
「あー、対戦相手が正に魔士族のボスですからねぇ。……やっぱりかなりピリピリしてるんですか?」
「あまり大きな声では言えませんが……。イーステリアの偉い方から大分詰め寄られてました。親兄弟が路頭に迷う事になってもいいのか、とか」
「それは、脅迫ですねぇ」
「ですよね……。これで装備に不備なんかあったら私の店が責任取らされるかもしれなくて、困ってるとこです」
心底憔悴しているようなので、リラックス効果のあるハーブも最後に加えて、完成とした。
「おまたせしました。……でもこのドリンクの効果は、未来のマリアさんから働くエネルギーを借りているだけですからね? ちゃんと仕事が終わったらしっかりとした休みを取ってください。……約束ですよ?」
「はい。ありがとうございます……お代は?」
さて、幾らになるかな、と原料を確認しようとした時、カップを持つ彼女の左手薬指に光るリングを見つけた。
付いている石は、離れてみると金色だが、少し光のあたり具合が変わると鮮やかなオレンジ色にも見える。
「結婚なされてたんですか?」
「あ、これ? まだ、婚約の段階かな。この仕事が落ち着いてから式の計画を立てることになってるの」
「それはそれは、尚の事体調にはお気をつけて。……ドリンク代は婚約祝いということで、サービスしますよ」
その言葉に曇っていたマリアさんの顔も少し晴れたようだった。
「ありがとう。では、お言葉に甘えて」
「それにしても不思議な石の付いた指輪ですね?」
「彼がわざわざウェストランドで買ってきてくれたの。あっちでしか取れない鉱石でウェストランドライトっていうのよ」
彼女の気持ちもだいぶ晴れたらしい。
内心安堵し、再度戦場へ向かう彼女の背中にエールを送った。
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