第3話【本日は閉店いたしました】
夜の営業はこれと言って大きな出来事はなく、いつもの通りだった。
エメさんは好物のコーヒーを三杯も四杯もおかわりしながら何やら男性同士の美談や恋愛をうっとりとした視線で僕に向かって語り……。
遠巻きにそれを眺める男性客の方々は、彼女の色気ある仕草や視線に、文字通り骨抜きにされていたようだが。
……出来れば僕の代わりに彼女の話を聞いてあげてほしい。……切に、切に願うっ!!
仕事進まなくなっちゃうから!!
ヤシューさんは炭火石(商標・特許申請中)で焼き上げた焼き鳥に、故郷の悲悲(かなかな?)とか言う呑み屋で出している味付けをして、周りの客と盛り上がっていた。
なんでも豆を使った濃い茶色のソースを使っているらしいけど、作り方は教えてくれなかった。
……今度師匠に聞いてみようと思う。
フラムはあの後すぐに帰宅し、炭火石の製造や登録の為の準備を再開しているらしい。
と言うことで、片付けを終えた僕は自分の部屋の机に着いて、師匠の残したレシピを眺めているところだ。
どうにも昼間のダークマターなるコーヒーが気になって仕方なかったのだ。
――――――――――
微睡みの中、ゆっくりと覚醒していく感覚は、水底から水面に浮上する感じに似ている。
徐々に五感が鋭敏になり、耳元で鈴のような音がなっていることに気付く。
やらかした。
レシピを確認しながら寝落ちたらしい。
リィン……リィン……と。
寝ぼけたまま身体はその音に反応して、意思を差し置いて音の元ーー右耳に付けている魔石のピアスに触れた。
「……はい」
『シドお前、師匠からのコールを散々無視するとはいい度胸だなコラ』
低めの、聞いていて心が落ち着く声。
二日ぶりに聞く彼女の声に思わず苦笑する。
「本音は?」
『話したかったのに出てくれなかったから寂しかったー!!』
ワザとぶりっ子めいて言う師匠に、笑いが漏れる。
「はいはい、さーせんです、師匠。……ですが良い子は寝る時間なので切りますねおやすみなさい」
『いやいや、待ちなさいって。やっと通話可能範囲に出られたんだから、少しは話しをさせなさいな』
この魔石を使った通信機器はこの大陸全てを漏れ無くカバーしていた筈だが……。
「……今どこなんです?」
『んー、地図に載ってないから説明しづらいのよね』
「……あなたほんとに何者なんです? あ、師匠、聞きたいことがありました」
元より師匠の人間離れした所は分かっていたので、追求するも即座に諦めた。
『お、いいね、そういうの。なになに?』
「ダークマターとは、何でしょう……?」
『あー、待ってね……たしか飲み物三巻目の二十六ページ』
言われた本を取り出してパラパラとめくる。
「あ、これか。ありました、ありがとうございます」
『ダークマターなんて珍しい注文だね。西の人?』
「御名答です」
『ふーん? まぁ、火加減繊細だから気をつけてね。……あ、そういえば東のおじいちゃんは? どうだった?』
「ヤシューさんですね? 『マーメイドの涙』を呑んでから大分調子戻ってきましたね。よろこんでました」
『薬膳酒、しかもカクテルだからね。呑みやすいけど一日一杯までね?』
「医食同源、用法用量を守って、ってやつですね」
『その通り。わかってきたね? 弟子くん』
「お陰様ですよ、お師匠様」
『あぁ、そうだ。こっちでちょっと面白い素材を手に入れたから、空間転送便で送るよ。害はないし、特別な準備も必要ないから使えそうなら使ってもいいし』
「何もなければ保存庫に、ですね?」
『御名答ー。よろしくね』
「はい。わかりました。……たまには帰ってきてくださいね?」
『お? 何、シドめ、ついにデレたか?』
「フラムが寂しがってますよ?」
『…………すまないね。わかった、一度そっちに戻るよ』
その後二、三言葉をかわし、通信は切れた。
僕の親代わりであり、フラムの親代わりでもある師匠。
あの調子だ……本当に明日にでも帰ってきそうだ。
突っ伏して寝てしまっていた為、硬くなった身体をゆっくりと伸びて解し、机の上を片付ける。
ぶり返してきた眠気に少しずつ身を委ねながらベッドに潜り込む。
なんだか、今日は少しいい夢が見られそうな気がした。
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