第2話【3時から6時は休憩と準備です】

「レイラックさん、質問いいですか?」


 フラムからそんな言葉が出たのは昼のピークが終わり、休憩を取っていた時だった。


 昼のピークの終盤に顔を出したフラムは、律儀にもこちらの手があくまで待ってくれており、一緒に賄いで遅めの昼飯を済ませ、一息ついたところで本題を切り出したようだった。


 ……忠犬か? 愛いヤツめ。


「良いよ? ただ、夜の準備もしながらになるから、ちゃんと顔を見て話せなくてごめんね」


『商売人たる者、常に顧客に向き合うべし』

 とは師の言葉だが、流石に準備を疎かにもできまい。


「良いんです! レイラックさんの貴重な休み時間を頂いているので、むしろ申し訳ないですし。こんなタイミングに来てしまってすみません……」


「いや、フラムならいつ来てくれても歓迎だけど」


 商売仲間だし、業務提携してるしね。


 ……。

 …………?

 なんだ、反応が無くなったぞ……?


 チラとみやると、フラムが顔を真っ赤染めて俯いてモジモジしていた。


 ……? トイレいきたいのか?


「んで? 聞きたいことって?」


「んぁッ!! そうでした!!」


 どうやらトイレの場所を聞きたいわけではなさそうだが。


「さっきあちらのお母さんが、子供に言ってたんですが……。『悪い事をするとオニが来る』とはどういう事なのですか?」


「……あー」


 そうだった。

 この頃こういった質問が無かったから忘れていた。

 フラムは訳あって『セントールやこの大陸の世間一般の常識』が欠如しているのだ。


 出会ってすぐの頃は大分色々質問攻めにあったっけ……。


「少し昔話をすることになるかな。……質問は最後にまとめて。……OK?」


 コクリと頷いたのを確認して、僕は師匠から聞いた昔話を語り始めた。


――――――――――


 むかしむかし。

 今からおよそ百年前。

 この大陸には五つの国がありました。


 東西南北それぞれに一国ずつ。


 そして中央にもう一つ。


 五つの国は互いにいがみ合い、領地を奪おうと画策しあっていました。


 そんな時、拮抗したバランスを崩したのは中央に位置する『覇王の国』でした。


 覇王は、太古から禁忌とされていた術に手を出し、魔物達を生み出したのです。



 魔物達の力はとてつもなく強く、四方の国々は成す術無く制圧されていきました。



 生き残った人々は『北西の果て』と『南東の果て』に逃げ延び、再起を図りました。


 北西の果てには、北のエルフ族と西の魔士族が。

 南東の果てには、南のドワーフ族と東の人族オーディナルが。


 バラバラだった人々は個々の力を合わせ、取り込むことで大きな力を得たのです。


 エルフ族は弓と癒やしの魔法を。

 魔士族は破壊と呪いの魔法を。

 ドワーフ族は人々に武具と堅牢な砦を。

 人族オーディナルは他人の為に戦う勇気を。


 そして各国から英雄と呼ばれる四人の戦士が集結し、制圧された国を開放して回りました。


 ついに追い詰められた覇王は、自らに禁忌の術を施し、一匹のオニと化しました。


 想像を絶する戦いの果てに、英雄達はオニを打ち倒し、世界に平和が訪れたのです。




 めでたしめでたし。



――――――――――


「と言う訳で、その時オニとなった覇王が、悪い事をしたら蘇ってくるぞ、っていう、脅しも込めた子供への教育みたいなものかもしれないね」


 野菜を刻んでボウルにまとめつつ、フラムにむけてまとめを述べた。


「偶像から躾に結びつけているのですか。なるほど」


 先程の話を自分の中でまとめているのだろう。

 しばらく虚空を見つめながらぶつぶつと呟いているようにみえたが、ふと、その動きを止め、


「あれ、ということはセントールって」


「そう。その『覇王の国』の跡地。更にいうとこの公園はその『覇王の城』の跡地」


「なるほど……。あれ、でもセントールは『セントールの街』ですよね? 誰が統治をしているんです?」


「正確には四方の国が共同で管理している中立エリアなんだよ。だから人種オーディナルも適度に分散されながらごちゃまぜになってる感じかな」


 言って、噴水の周りにいる人々をちらりと見る。


「あの二人組は北と東の出身だろうし、あっちの人達は南と西かな」


 フムフムと頷きながら人差し指を立て、こちらに視線を送る気配がした。

 ちらりとみやると、興味に輝く瞳が見えた。角度によって虹色にも見える不思議な虹彩がとても綺麗だ。


「それともう一つ」


「どこの警部だ」


「はい?」


「……いや、ごめん何でもない」


 フラムの切り返しに、本当は分かってやってるんじゃないのか? と思ったりもしたが、それ以上は突っ込まずに先を促す。


「この頃よくやってる五番勝負? とはなんなんです?」


「あぁ、娯楽、かな?」


「娯楽ですか……」


 切った肉を串に刺し、塩コショウを軽く振りながら、つ、と視線を上げた。

 フラムもそれに習って見上げた先には魔石板スクリーンがある。


「さっき話した英雄達なんだけど、実際には四種族から一人ずつ代表が出たから、どうしても意見が割れたらしいんだよ」


 魔石板スクリーンには、勇者と魔王の略歴や得意技など、プロフィールが映し出されている。


「そんな時、奇数回勝負して勝ち越した側の意見を取り入れたらしい。……それが百年たってもまだ、採用されている、ってとこかな」


「そのたびにこんな戦いを?」


「いや、戦いとは限らない。ボードゲームの時もあれば、じゃんけんの時もあったし。それこそ陸上競技の時もあったかな」


「だから民衆からしたら娯楽、ですか」


「ですなぁ」


 正確に言うと、年に一度行われる四カ国会議で挙がった複数の議題のうち、完全に二対ニで割れてしまった場合、こう言った形を取るのだが……。


 今回は東西での論争からヒートアップした東西の王が『やんのかてめぇ』『よろしい、ならば戦争だ』と売り言葉に買い言葉で始まってしまったのだそうだ。……たしか。


 しかもそのうち、西の方に至っては喧嘩を売った本人が国内最強なものだから、そのままこの五番勝負に出場しているのだ。

 つまり、言った本人が直接尻拭いをしに出てきている、潔い国とも言えるか。



「ところで、何故、魔王と勇者と呼ばれるのでしょう……?」


「西のウェストランドは魔士族の国で、魔術師達の王、略して魔王。東のイーステリアは議会制だから、その時の一番能力が高い人が代表になるんだ。武芸を競う時は勇者、知性を競う時は賢者と呼ばれる人が出てくるのが通例かな」


「魔王……、勇者……」


 フラムはしばらく魔石板を眺めていた。

 やおらメガネを外して再度魔王と、勇者の戦闘のダイジェストと、プロフィール画面を見る。


 ややあってから僕の説明に得心したのか、大きく頷いたフラムは「今日は知識欲も満足です!」と、蕾が花開くように顔を綻ばせたのだった。


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