腹が減っては戦ができぬってハナシ
ノヒト
第1話【午前11時から開店です】
朝の清々しい空気の中、焼網を真剣な眼差しで覗き込む男女がいた。
男の方は僕。シド・レイラック。
多分二十二歳。独身。
女の方はフラム。ただのフラム。
見た目は十八歳くらい。真実は怖くて聞けてない。
あまり似合っていない大き目のメガネをかけている以外は色々と平均的な姿なので、人混みに紛れると見つけにくいが、一度彼女だと認識すると、何故か目が離せなくなるような不思議な魅力を持った女性だ。
ここは大陸の中央に位置するセントールの街の更に中央にある公園の噴水の前。
僕達は串に刺さった鶏肉を焼いている。
キャンプをしに来たわけではなく、れっきとした露天商と言うやつで、フラムに至っては
ジュウジュウと焼ける焼鳥に、思わずゴキュリと生唾を飲むフラム。
気付いてないようだが『ふぉぉぉぉ……』と、興奮のボルテージの上昇が少しずつ口から溢れ出てきている。
周囲に広がるタレの香ばしい香りが何とも蠱惑的な雰囲気すら醸し出した頃、僕は皿を手に、焼網から串を上げた。
「どうですか!? どうですか!! レイラックさんっ!!」
「わかった、待って、危ないから! 今あげるから!」
食い気味に飛び付いてきたフラムに焼き鳥を一本渡すと、残りの一本に齧り付く。
パリ感の残る皮を噛み潰すと、脂が弾け、口の中に旨味が溢れ出してくる。
食感も味も申し分ない。
大きく頷いてフラムの方を見遣ると、ただただ幸せそうにハフハフと鶏肉をむさぼっていた。
……確か二日ぶりのご飯とか言ってたな。詳しくはわからんけど。
「美味しい?」
「ハムっ! ハフッ!! んし、幸せでふ……」
「いや、そこは落ち着いて食べて良いから」
苦笑しながら食を促し、再度自分も肉の旨味を噛み締めて頷く。
「うん。これならヤシューさんも納得の味かな。フラム、この魔石、年間契約するよ」
「ふぐぅっ!? ねねねねね年間契約!? 良いんですか!? 私なんかの魔石で良いんですか!!?」
こちらが驚く程のリアクションを見せ、目を白黒させながらも、現実を受け入れようと両手の指を折って何かを数え始める。
彼女の故郷のおまじないか何かだろうか。
ほら、人の字を書いて落ち着くとか、
「月間でこれくらい! 一日だとこれくらいですよ!?」
……金の計算かい。
「今、魔石の原石凄く高騰してるんですよ!? もうちょっと考えてみても、って私が言うのも変な話ですけどっ!!」
「もちろん、そのつもりで。……というかこの魔石、特許取って売った方がいいよ。こんなに繊細な炭火焼きの再現が出来る魔石は見た事がないし」
「特許ぉぉっ!? だとしたら名前! えと、炭火焼き用の魔石だから炭火石とかですかね!? え、まって、これ
「いや、そこまで高くないし。うちの焼き鳥……というか、そんなに食べたいなら毎日五本くらいなら全然いいよ? 魔石に魔力入れてもらってる分、お礼出来てないしさ」
そこまで言うとフラムは「ふあぁ……」とへたり込み、天を仰いだ。
トレードマークのメガネも若干ズリ落ちている。
「聞きましたか神様? 魔力込めなんて瑣末なことに、この方はちゃんと対価を与えようとして下さっております……どこぞのケチどもとは違いますよ神様ッ!! ねぇ!! 神様ァッ!!?」
最後の方は大分私怨が篭められていた気がするが、無視しておく事にする。
「瑣末なこととか言うけど、それを主職にしてる人もいるんだからね? フラムの魔力容量が人並外れてることを忘れてない……?」
このフラム、魔法を使うことに関してはからっきしなのだが、魔力容量に関しては大陸一と言っても過言ではないらしい。……わからんけど。
彼女は昔、冒険者パーティに魔力タンクとして加入させられていた事があるらしい。
それが嫌で魔石細工師として起業する事でパーティから抜けたんだとか。
詳しい事は聞いていないが、彼女が話したくないなら聞かなくてもいい。
それでもって今回、かねがね常連客のヤシューさんから焼き鳥の更なるバージョンアップに炭火焼きを勧められており、炭はコストがかかりすぎる為『魔石でなんとかならんかな?』と彼女に持ちかけた結果、予想以上に良い物を創って来てくれたのだ。
……まぁ、炭火の繊細な熱変化を魔石に刻み込むのにかなり時間がかかるらしく、一個作るのに一週間は掛かるらしいから……その生産性と粗利性に些か問題を感じてしまうのだが……黙っておこう。
「それでは、わたくしフラムはこれにて! 提出用にもう一個炭火石を作って
満面の笑みで言うフラムに、慌てて返す。
「あ、ちゃんと昼と夜には顔出してね? まとまったお金ができるまでは食事で払わせてもらうから」
「んなっ!! と言う事は昼と夜のご飯はレイラックさんのとこで確定ですか!? 飢えて水だけでなんとか耐えることも無くなるのですか!?」
「いや、そこまで困る前に声をかけてほしかったよ……?」
一応縁あって出逢えた訳だし。
「もう……部屋に生えたキノコに迷わなくても良いの……?」
「いや、危ないから!! 絶対食べないでね!?」
僕の絶叫は朝方の公園に響き、散歩をしていた方々や通勤中の方々に散々迷惑をかけたのだった。
騒いでしまいすみませんでした。
――――――――――
フラムも帰り、僕一人が残った噴水前。
開店まであと僅かと言う事もあり、下準備と弁当の準備でフルスロットル。
開店直後に顔を出してくれる常連さんは大体決まっているので、その人達が普段買うものを優先して準備していく。
後は飛び込みの方々の為にそれぞれのメニューに対応できる用に準備して、終了。
今日は予約無し。
OK、後は来店を待つばかり。
一つ大きく息を吐いて公園内を見渡した。
セントール中央公園。
街一番の敷地面積を誇るこの公園、元々城郭があった場所をそのまま公園にしたらしい。
相当悪い奴がこの辺りを取り仕切っていたのか……、その頃を彷彿とさせる物は一切合切無くなっており、景観を良くするために緑地化されたのだろうなー、と素人目にも分かりやすい土地開発が成されている。
中央に噴水を置き、左半分はランニング等が出来る遊歩道。
右半分は球技を楽しめるように芝が張られ、更に
これはただの石板ではなく、名前の通り魔石で出来ており、大型の映像投影装置のような役割もある。
普段はニュース等がテロップのみで投影されているのだが、イベント時には、この公園で行われる球技や陸上競技のハイライトを映すだけでなく、ライブでのパブリックビューイングにも出来るのだ。
今は……一ヶ月前に始まった決闘五番勝負の四戦目までのハイライトが繰り返し放送されているようだ。
黒髪黒目の東の勇者……東国イーステリアの代表が流麗な体さばきを見せ、カタナと呼ばれる剣を振るう。
彼の目にも止まらぬ剣筋は鉄をも容易く切断できそうに見えた。
それを紙一重で躱し、右手から漆黒の魔力を撃ちつける西の魔王。
赤髪赤目で、西国ウェストランドの民特有の褐色の肌の彼が残影を残しながら虚空に消え、勇者の背後に突如として顕れる。
視覚外からの奇襲だったが、寸での所で前方に飛び、勇者はカタナを構え直した。
「なぁ、見たか? 四戦目」
「あぁ、まさか魔王の呪いを受けながら勇者が勝つなんてな。これで二対二だろ?」
話しているのは武器屋のロレンツと防具屋のハリーだ。
二人の間に立っていた鍛冶屋のマリアが首を傾げながら問い掛ける。
「あれ? 呪いって初戦にかけられたやつ?」
「あぁ。初戦は呪いの効果が出る前に勇者が魔王を倒して東に一勝」
「二戦目、三戦目は呪いの効果で全力が出せず魔王が圧勝、二対一」
「え、呪いって継続なの? ズルくない?」
「期間中、暗殺以外なら何してもいいからなぁ」
「ある意味戦争だしな。汚いとか言ってられんだろう?」
「へぇ、今回は何が賭かってるの?」
「確か互いの領地の一部だったか?」
「そうそう。……西が勝ったら東の茶畑、東が買ったら西の鉱山」
「お互いの重要産業だな。本当に国を潰す覚悟なんだろうな」
「勇者も魔王もプレッシャーヤバそうだね……」
「おはよう、レイラック君」
話の続きも気になるところだったが、接客最優先。
即座に視線を声の主に戻し笑顔を作った。
「おはようございます、ヤシューさん」
そこに立っていたのは白髪の老紳士、ヤシューさんこと、ヤシュー・カワハラだった。
「また、人間観察かね?」
腰をトントンと叩きつつニコリと微笑む。
「まぁ、趣味のようなものですから。人の数だけドラマがあります」
「そうだねぇ。人の生は造話より奇なり。一人一人に物語があるからねぇ」
「興味は尽きませんよ。……この頃体調も、良さそうですね?」
「あぁ。キミに作ってもらった薬膳酒のおかげかもね。……今度また頼むよ」
「よろこんで。……ヤシューさんは今日はお仕事ですか?」
「いや、今日は観光の方かな」
ヤシューさんは着ていた服の襟を正し「ブラブラとね」と、呟いた。
その佇まいや行動から、庶民的ではないなぁ、と思った。洗練されすぎている。
前にイーステリアの資産家で、今回のセントール旅行も仕事の一環だと聞いたことがある。
長期滞在の予定だそうなので事業拡大のための下地作りに来ているのかな? というのが僕の見解だった。
「でしたらオニギリの方ですかね?」
僕の言葉にヤシューさんはニコリと微笑む。
「わかってるねぇ。さすが、人間観察が趣味なだけある」
昼食用のオニギリセットを渡し、代金を受け取る。
「あ、そうそう、フラムから素敵な魔石を頂きましたよ?」
「ほう!」
あえて含ませて言うと、全てを理解したのだろう。嬉しそうに破顔した。
「ならば今夜期待しているよ」
「はい、いつものやつですね?」
「うむ! 素焼きに塩で頼むよ!」
「わかりました」
サッと手を上げて挨拶をし、意気揚々と歩き去るその姿は、いっそ清々しくさえ感じた。
僕もいつかあんなふうに歳を取りたいものだ。
――――――――――
「シド君おはおはー」
入れ替わりに声をかけてきたのはウェストランドの民特有の褐色の肌に、美しい銀髪の女性。
エメさんこと、エメラダ・クォーツだ。
いつものツナギ姿で胸元をガッツリと開けた状態で手をひらひらと振りながらこちらに歩いてくる。
……何というか、出るとこ出てて引っ込むとこ引っ込んでるパーフェクトボディの美女が朝からその扇情的なスタイルを惜しげもなく晒してる辺り、無自覚なのか、意図してるのか解らない。
わからないからこそ更にその魅力が深まるようで、世の男性陣には中々の人気を誇るらしい。の、だが。わかるけど、よくわからんと言うことにしておく。
「エメさん、おはようございます」
「ねねね、魔王☓勇者見た見た? 勇者☓魔王じゃなくて魔王☓勇者だったよね?」
「あの、どっか版権に掛かりそうなこと言うのやめてもらえます?」
僕の引き攣った笑みも何のその。
まくし立てるようにエメさんは続ける。
「二戦目、三戦目の最後マジ良くなかった? 『それがお前の本気か? 抵抗してみせろよ?』とかマジもうね、ぬれ――」
「はいはいはいはい!! 朝の十一時だって解ってます!? その内容は深夜トークなんですよ。そこら辺に子供さん達も居るのでどうかその辺でやめて頂けると」
「えー、だって深夜に話そうとするとシド君周りの酔っ払いに巻き込まれてて話せないじゃーん」
頬を膨らますな。クッッソ可愛い。
性格は何だか突っ込んではいけない方面にガッツリと寄っているのだが、こう言う可愛い仕草を無意識に出すのは反則だと思う。
たがしかし、僕も商売人の端くれ。
『商売人たるもの、顧客の前ではプロフェッショナルであれ』
師匠の言葉を脳内で反芻させながら営業スマイルは崩さず、デレっと緩みそうになる口元を奥歯を噛み締めて耐えた。
「今夜巻き込まれなかったら聞きますから」
「えー? ほんと? んじゃ約束ね?『この拳に誓って』」
言って握り拳を突き出してくる。
「『この拳に誓って』」
エメさんの拳にこちらの拳をコツンと当て、約束完了。
なんでも、ウェストランドに伝わる約束の所作なのだそうだ。
「『約束破ったら末代まで血ー祭りっ♫』」
「最後の文言が怖いんですけどっ!!」
「え? 普通じゃない?」
「普通じゃないっ!! ですっ!!」
ここ、セントールを中心に東西南北にそれぞれ国があるが、議会政治を行っているのは東のイーステリアのみ。
南は国王政、北は女王政。
残る西のウェストランドは武力国家の背景が色濃いため、その国で最強と呼ばれる者が王となっている。
これはきっと、その文化の産物なのだろう。……知らんけど。
「さてさてー、とりま摘める物もらってもいいかなー?」
「じゃあ、ホットドッグとかですかね?」
「おけおけ、それで。あ、あといつものコーヒー」
「はい。ブラックですね」
「んーん、ダークマター」
「……ダ?」
「あれ、伝わらなかった……アハハ、冗談だよ? ウェストランドジョーク!!」
「あぁ! そうなんですね、すみません。勉強不足でした」
「いやいや、ごめんね、ウチこそ変なこと言っちゃって! 気にしないでね!!」
咄嗟にジョークだと言ってくれたが、最後にポソリと『そっかぁ、この辺じゃ伝わらないのか……』とエメさんが寂しそうに呟いたのを漏らさず聞き取ってしまい、罪悪感に駆られる。
……コーヒーにダークマターという種類が有るのか。
いや、淹れ方か……。
それともトッピングか……。
何にせよこれは問題だ。
僕の勉強不足のせいで、お客様に満足行くサービスを与えられなかった。
師匠の教えを遂行できずして何が弟子か!
これは帰ったらすぐに師匠の残したレシピブックを隅から隅まで再度熟読せねばなるまい。
硬く心に誓い、ホットドッグとコーヒーを紙袋に納め、エメさんに渡した。
「それでは今夜お待ちしておりますね」
「おう! 仕事終わらせて呑みに来るから待ってろよー?」
『約束』を交して、職場へと戻るエメさんを見送ったのだった。
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