第2話「危機一髪」🗡️🍗 🦈
三度陽が沈んだ翌朝、トラフとサメ達が迎えに来た。その中に、ハンマーヘッドはいなかった。
「ジンベエ、こんなところにいたのかい?」
「あぁ、帰り道が分からなくてな。レースはどうなった?」
「君の圧勝だよ! 今日から、君が全世界のサメのトップだ!」
「ハンマーヘッドはどうした?」
「最下位に落ちたからねー、波打ち際でフジツボでも食べてるんじゃない?」
俺は全世界のサメのトップになった。
飢え死にする心配はなくなったが、サメはサメだ。娯楽に乏しい。
ある日、暇つぶしがてら、ハンマーヘッドに会いに行くことにした。
「やめときなよー。アイツ絶対、君のこと恨んでるって」
「平気、平気。何かあったら、またメカシャークになればいいさ」
「メカシャーク?」
トラフと共にハンマーヘッドの匂いをたどり、とある浜辺にたどり着いた。近くに港があり、人と遭遇しやすい危険なスポットだ。
匂いの先にいたのはハンマーヘッドではなく、三人組の冒険者だった。
「やっぱ、からあげだよな!」
「あぁ! すごい大物だった!」
「他にもいるんじゃないか?」
三人はたき火に鍋をかけ、何かを揚げていた。今にもよだれが出そうな、香ばしい匂いが漂ってくる。
(美味そうな匂いだなぁ。何作ってんだろ?)
やがて、三人は揚げていたものを鍋から引き上げた。
……それは、大きなサメ型のからあげだった。目にあたる部分の衣にヒビが入り、傷のようになっている。
途端に、トラフが恐怖で震え上がった。
「あ、あ、あ……」
「どうした?」
「あれ……ハンマーヘッドだ」
🦈
冒険者達はハンマーヘッドのからあげを美味そうに食べている。
俺も人間だったら、
「ねぇ! そのからあげ、ちょっと分けてくんない?!」
と、突撃していただろう。
サメになっている今じゃ、恐怖の光景でしかない。
「北方がやられたらしいな」
「西と南もいよいよ危ないらしいぞ。勇者が行方不明になって、もうじき一年……魔王軍の勢いは増すばかりだな」
「どうする? 魔王退治。俺達も誘われてるけど」
「ないない! ちまちま依頼こなしたほうが、安全に稼げるって!」
「だよなー」
行方不明の勇者、進軍を続ける魔王、諦めムードの冒険者達……サメ界と同じく、地上も厳しいらしい。
とはいえ、魔王に立ち向かうやる気がないだけで、実力は十分あるらしい。ふいに、三人のうちの一人がからあげをくわえたまま、こちらを振り向いた。
「なぁ。あそこにいるの、サメじゃね?」
「あ、ホントだ」
「捕まえて保存食にしようぜ!」
「やばっ」
「早く潜って!」
俺達を見つけてからの冒険者三人組の動きは早かった。
一人が範囲魔法を使い、俺とトラフを拘束。一人が水面を走って近距離、もう一人が弓を引き、遠距離から攻撃をしかける。
「あぁもう! ハンマーヘッドがからあげにされている時点で気づくべきだった! 変幻自在のイマジナリーシャークを捕まえるなんて、並の冒険者じゃない!」
「くそッ! 俺が人間だったら、狙われずに済むのに!」
その言葉に、トラフがハッとした。
「そ……それだー!」
🦈
俺は人間に変身し、叫んだ。
「やめろ! 俺はサメじゃない!」
「え?」「ん?」「は?」
三人の動きが一斉に止まる。その隙に、トラフは逃げていった。
「なんだよ、紛らわしいなぁ」
「海水浴のシーズンでもないだろうに」
「早く上がったほうがいいぞ。そのへん、さっきまでサメがいたから」
「へ、へぇー。おっかないっすねー」
何も知らないフリをしつつ、浜へ近づく。
しばらく歩いていなかったからか、思うように足が動かない。腕を使い、這うようにして上陸した。
すると、三人は俺の足を指差し、叫んだ。
「人魚だ!」
「え?」
見ると、下半身だけサメのままだった。
どうやら、自分の姿を想像だけで再現するのは、無理があったらしい。顔や上半身は毎朝鏡で見ていたので覚えていたが、下半身は印象が薄く、想像しきれなかった。
「違う! 俺は人魚なんかじゃ……」
俺は否定しようとしたが、冒険者達は聞く耳を持たなかった。
魔法使いまで武器を取り、嬉々として襲いかかってきた。
「人魚だと?! 指定SSレート食材じゃねーか!」
「売ったら、いくらになるかな?!」
「ハンティング再開だぜえぇぇー!」
「ぎゃあぁぁぁ!!! 誰か助けてくれーッ!」
「お待ちなさい」
シンと静まり、冒険者達の動きが止まる。
波の音すらも聞こえない。時が止まっているのだ。動けるのは、俺のほかにもう一人……音もなく現れた、白装束の女だけだった。
女は俺に手を差し伸べ、にっこりと微笑んだ。
「危ないところでしたね、ジンベエ」
「どうして、俺の名前を?」
女は落胆した様子で、ため息をついた。
「……やはり、記憶を失っていましたか。勇者ジョージ」
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