【短編賞創作フェス全お題】異世界サメ転生〈イマジナリーシャークの逆襲〉

緋色 刹那

第1話「スタート」🏃‍♂️→🦈

「位置について、よーい……スタート!」


 号令と同時に、飛び出す。慣れないヒレを使い、泳ぐ。

 真横で、魚群が残像のように通り過ぎていく。前世ではこんな速く泳げたことはなかった。


(俺もなかなかのスピードじゃないか?)


 得意になっていたのは、一瞬だった。

 魚雷かと思うほどの勢いで、対戦相手が俺を抜き去っていった。


「おう、どうした?! オメーの実力はそんなもんかぁ?!」


 対戦相手はニヤリと笑い、俺をあおる。

 目に傷がある、大型のサメだ。前世だったら、とっくに食べられていただろう。


「がんばれ、ジンベエ! 君なら勝てる!」

「勝てるものか。相手は、あのハンマーヘッドだぞ?」

「そうそう。この世界で彼に勝てるサメなどいやしないさ」

「さぁ、両者一斉にスタートしました! 解説のネコザメさん、ぶっちゃけどちらが勝つと思いますか?」

「やはり、ハンマーヘッド選手ですね。なんていったって、ボスですから」


 俺を応援しているのもサメ、他の観客もサメ、レースを実況しているのもサメ、解説しているのもサメ……完全にサメに取り囲まれていた。

 俺の名はジンベエ。

 新参者のサメとして異世界へ転生し……どういうわけか、ボスザメのハンマーヘッドと一対一の海中レースの真っ最中にある。


 🦈


 海釣り中、どこからともなくサメが飛んできた。

 逃げる間もなくサメに食われ、気がつくと海中を一人漂っていた。


「おーい! 誰かいないのかー!」

「いるよー!」


 応えたのは、一匹のサメだった。


「うわっ! サメだ!」

「なにいってんの。君だってサメじゃないか」


 サメはケラケラ笑った。

 この時、初めて自分がサメになっていると気づいた。鏡を見たわけじゃないが、サメにでもなっていなきゃ、サメの言葉が分かるはずがない。


「僕はトラフ! 君は?」

「ジンベエだ。ジンベエ・イソガイ」

「見かけない顔だね。どこの海から来たの?」

「日本海……かな?」

「ニホンカイ? 聞いたことない海だなぁ」

「世界規模で見れば小さいからな。ここは太平洋か大西洋か?」

「ううん。オーシャーク海だよ」


 聞いたことのない海だった。

 よくよく周りを見ると、太刀を持っている魚や火を吹いているタコなど、いるはずのない生物がうじゃうじゃいる。


(まさか……ここは、異世界の海? 俺は死んで、異世界のサメに生まれ変わっちまったのか?)


 混乱する俺をよそに、トラフは質問をつづけた。


「ところで君、全世界サメランキングは何位?」

「なんだ、そのトンチキなランキングは」

「トンチキなんかじゃないよ! 僕らサメにとって、何よりも大事なランキングじゃないか! 全世界サメランキングも知らないなんて、ニホンカイって相当な田舎なんだね……」


 トラフは憐れみの眼差しを向けつつ、教えてくれた。

 全世界サメランキングとは、世界中のサメを身体能力順にランキング化したもので、ランクごとにナワバリの広さや取っていいエサの量が決まっているらしい。

 新参者である俺は、もちろん最下位。このままでは飢え死に確定だった。


「僕が相手してあげたいんだけど、この前チャレンジしたばかりだしなー。どこかに良さそうなサメは……」

「だったら、俺様が相手になってやろう」


 そこへ、片目に傷のある大型のサメが子分のサメを引き連れ、現れた。

 いかにもワルって感じのサメで、俺とトラフはたちまち子分に取り囲まれた。


「俺様に勝ったら、あっという間にトップだぞ? どうだ?」

「うーん。どうっすかなー」


 トラフは「やめときなよ!」と、俺を止めた。


「あいつは、ランキング一位のハンマーヘッド! 『イマジナリーシャーク』っていう特殊なサメで、空を飛んだり、光ったり、想像しだいでどんな姿も能力も手に入れる、チートザメさ! 小ズルい手段で一位になって、トップになってからも君のような新人を痛めつけて楽しんでる! 絶対、勝てっこない!」

「ひどい言われようだなァ」


 ハンマーヘッドはケラケラと笑う。よほどの自信があるのだろう。

 結局、逃げることもできず、俺はハンマーヘッドと勝負することになった。


(ま、やってみなくちゃ分からないしな。もしかしたら、ものすごく泳ぎが速いサメに転生したかもしれないし)


 🦈


「おっせぇ〜! その程度なら、能力も使わずに勝っちまうぜ!」

「くっそー!」


 期待とは裏腹に、俺は遅かった。

 観戦していたトラフによれば「中の下くらいの速さ」らしい。サメ界の中の下ってなんだ? マグロと並ぶくらいか?

 

(あーあ! 俺もそのなんたらシャークだったらなー! スクリューエンジン搭載型メカシャークに変身して、圧勝してやるのにな!)


 ……そのとき、ジンベエの身に不思議なことが起こった。

 ジンベエの体が虹色に光り輝いたかと思うと、ヒレというヒレが小型のスクリューエンジンに変形した。さらに、全身が水流による抵抗を受け流す超軽量素材に覆われ、全体的にシャープになった。

 ジンベエは望みどおり、メカシャークへと変形を遂げたのである。


(ん? なんか体が軽くなった?)


 ジンベエが変形を自覚しないまま、ヒレのスクリューが稼働する。

 次の瞬間、ジンベエは猛スピードでハンマーヘッドを追い抜き、ゴールしていた。


「ゴォォォル! 勝者、ジンベエ・イソガイ!」

「何だ、あのスピードは?!」

「銀色の塊が飛んでいったぞ?!」


 会場中のサメがどよめく。ハンマーヘッドも、何が起こったのか理解できず、大きな口をあんぐりと開けている。

 誰もが呆気に取られる中、トラフは「すごいや!」と目を輝かせた。


「ジンベエもハンマーヘッドと同じ、イマジナリーシャークだったんだ! ジンベエのやつ、レースでも想像力でもハンマーヘッドに勝っちゃった!」


 残念なことに、俺は会場の様子もハンマーヘッドのマヌケ面も拝めなかった。ゴールした後もスクリューが止まらず、そのまま泳ぎ続けていたからだ。

 力尽き、元の体に戻った頃には、見知らぬ海域で一人漂っていた。

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