第32話 異世界生活2日目

優しい陽が差し込む室内。

大きなベッドの傍らにある椅子に座っていたメイドが声を掛ける。



「お目覚めになられましたか?ご主人様」


「…あ…うん…

おはよう、アリシアちゃん」


「おはようございます、ご主人様」



スラッシュは、まだ半分寝ているような状態で朝の挨拶を済ませると室内を見回す。

置時計の針は丁度11時頃を指していた。


「…え…もうこんな時間…?

そろそろ起きないと…」


「では、お着替えをさせて頂きましょうか?」


「あ、それはいいよ。

子供じゃないし、自分でできるから」


「そう言われると思ってました。

なので、お召し物はこちらにご用意しております」



アリシアが示す先、椅子のすぐ隣にある小さなテーブルの上には、綺麗に折りたたまれた衣服が用意されていた。



「ありがとう。

…本当にメイドさんって感じなんだね」


「本当にメイドさんですよ。

ご主人様専属の、ですけれど。

…では、私は部屋の外でお待ちしておりますので、お着替えが終わったらお声をかけて下さい」


「…あ…うん…」


なんか…アリシアちゃん…普通だよなぁ…

てか、普通過ぎるよなぁ…

もしかして…昨日のアレって夢だったとか…?

いやいや…そんなわけはないと思うんだけど…



「あの…アリシアちゃん」



一礼をした後、寝室を去って行こうとするアリシアをスラッシュは引き止める。

振り返った彼女は、ボーっとしている彼の顔を見ると、ニコっと笑みを浮かべ再び彼のもとまでやって来た。



「お寝坊なご主人様ですね。

みんなが待っていますから、できるだけ早くして下さいね」



彼女は小さな声でそう言うと、彼の頬に軽くキスをした後、部屋から出て行った。



おし!

昨日のは夢じゃなかったてことだな!

若い彼女ゲット!

しかも美少女エルフ!

マジでテンション上がるわ~!

…って…ん?

…昨日の出来事が夢じゃないってことは、ここが異世界だってのも夢じゃない…てことも確定したわけか…?

…試しに1回リアでも呼んでみるか。

おーい、リアさーん。


<お呼びでしょうか?マスター>


やっぱり夢じゃなかったかぁ…


<マスターにとっては残念なことかもしれませんが、昨日も言ったようにこれは夢ではありません>


残念…ねぇ…

確かに、前の世界が良かったといえば良かったけど…めちゃ便利だし…

ただ、オレはぼっちだったし、楽しみもアニメ、ラノベ、フィギュア、ゲーム、ネットくらいで…

まぁ、自分の中じゃそれなりに満足した生活を送ってたけど、それが充実してたかって言われると微妙なんだよな。

だから、前の世界に戻りたいか?って聞かれると、う~ん…って感じ。

てか、昨日の話が本当だったとしたら、もう地球って存在してないのか…

なら、やっぱりこの世界で生きていくしか選択肢がないわけか。

…めちゃ不安…



スラッシュは着替えを終えると寝室のドアを開ける。

そして、そのままアリシアとともに食堂へと向かった。



「ちょっとあんた!

今何時だと思ってんのよ!

もうお昼よ!

お・ひ・る!」



彼らが扉を開け、真っ先に反応したのはユリアであった。



「ごめんね、ユリアちゃん」


「まぁ、素直に謝ったことに免じて、寛大なあたしだから許してあげるわ…って…

ごめんなさい、スラッシュ様。

あたしが調子に乗っておりました」


ん?なんだ急に?

もしかして、ユリアって情緒不安定な子なのか?

あとで、アリシアちゃんにこっそり聞いて…

あ…察し。

満面の笑みを浮かべながら、ユリアを見てるじゃん…

目で殺すってこういうこと?

…多分、意味違うけど…



「相変わらず騒がしい童じゃのぅ。

少しは静かにできぬのか?」


「またあたしのこと童って言ったわね!」



ユリアとエレオノーラが戯れ合っている中、シルヴィーが彼らのところへやって来た。



「おはよー主ー!」


「おはよう、シルヴィー」



スラッシュは挨拶をしに来たシルヴィーの頭を撫でると、どうやら彼女に夢中になってしまったようである。

その様はまるで犬を溺愛している飼い主のように頭や耳を触り続けていた。



「そういや、みんなオレを待ってたみたいだけど?

もう昼食の時間なのか?」


「いや、そうではない。

朝っぱらから我が君に判断を仰がねばならぬ事案が発生してのぅ」



エレオノーラの返事を聞き、スラッシュはシルヴィーから手を離して席に着こうとする。

それを見たシルヴィーはユリアの隣に。

アリシアは主人が座るべき上座へと案内、椅子を引いて彼を着席させると、定位置になっているのであろう自分の椅子に腰かけた。



「それで、オレの判断が必要な事案って?」


「実は今朝、冒険者ギルドの者達が傘下に入りたいと申し出てきおってのぅ。

こうなることはわかっておったが、予想よりも早かったということと、昨晩は今後の我らの方針を決めただけで、あやつらの処遇については何も決めておらなんだからのぅ」


「だから、どうするべきか?ってことか。

それで、その冒険者達は?」


「まだ眠っている我が君を起こすのも悪いと思い、あやつらには夕方再び訪れるよう伝え、一旦帰らせておる」


う~ん…冒険者か…

オレとしては、これまで通り普通に冒険者やってくれてて良かったんだけどなぁ…多分、弱いし。

でもまぁ、エレオノーラ様が従ったほうが身のためだぞ、みたいなこと言ってしまってた手前、部下にして何かしらの仕事を与えておいた方が良いのか…

それなら…

町の聖騎士を全滅させてしまったから、その代わりに治安部隊として任せるとか?

いや…それを守るべき冒険者自身が風紀を乱していそうな気がしないでもないな…

それに、オレが眠ってた1年の間に闇ギルドとはズブズブの関係みたいだし、やっぱりこの案は却下か。

ってなると…


「この屋敷の警備兵にでもしとくか?

メイドの3人がいたら問題はないだろうけど、日中は建物の中、しかも陽の当たらない部屋とか暗い場所でしか行動できないし。

そもそも昨日見た感じだと、正門とか敷地内の庭とか、がら空きだろ。

とりあえずは傘下に入れて警備兵でもやってもらうことにするか。

って言っても、もちろんどんなやつらなのか?を判断する必要はあるけど。

…どうかな?

てか、エレオノーラ様とかユリアちゃんはどう考えてる?」


「我は我が君の言う処遇で構わぬと思うが」


「あたしもそれでいいわよ。

でも、スラッシュ様が言ってたように、どういう人達なのか?にもよるけどね」


「なら、冒険者の対応についてはとりあえずのところこれで決まりだな。

夕方にもう1回来てくれるんだっけ?

その時に直接会ってみて最終的な判断を下すってことで」



スラッシュの話を聞き、皆が頷く。



「我が君よ。

せっかく皆が集まったのじゃ。

今後どうしていくのか?具体的な話をせぬか?」


「今の一件があって、オレもそれ思った。

みんなはどう?」



彼の問いに対し、皆は先程と同様、首を縦に振る。



「じゃあ、まずは…」



こうして冒険者ギルドの者達が屋敷を訪れるまでの間、昼食を挟みつつ彼らの話合いは続くことになる。

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