第31話 初夜

食堂の奥、一番目立つ場所にある大きな置時計の針は9時過ぎを示していた。



まだ、9時過ぎなのになんだか眠くなってきたなぁ。

異世界初日だから緊張してたのか?それともただ単に食べ過ぎたのか?

まだ子供のユリアでも元気に喋ってる時間なのに…



「なぁ、みんな。

今日はちょっと疲れたみたいだから、早めに寝てもいいかな?」


「もちろんじゃとも。

ならば、ベータ、ガンマ。

我が君を寝室まで案内し、その際に採寸をして参れ。

結果はアルファに報告せよ」


「かしこまりました、マイレディー」


「じゃあ、私もお風呂に入って来ようかしら」


「では、我も書庫で本でも読んだ後、休むとしようかのぅ」


「シルヴィーちゃん、あたしのお部屋でお話の続きしましょ!」


「うん!」



こうしてスラッシュの異世界初日の晩餐はお開きになった。




-スラッシュの寝室-




「少し失礼致します、マイロード」



白髪の美人メイドがスラッシュと体が互いに触れ合う距離でそう告げる。

ベータが寝巻を部屋の中にあるチェストから取り出している間、ガンマは巻尺を使って彼の身長や腕の長さなどを測定していた。



こうやって間近で見ると、ガンマの髪の毛ってホント綺麗だよなぁ。



「どうかされましたか?マイロード」


「いや、なんだかオレの体を測るのに慣れてる感じがするなぁって思って。

それにベータもオレの服とか下着がある場所がすぐにわかるってのが…さすがメイドさんだなぁって」


「恐れ入ります。

これはアリシア様が私どもに与えて下さっていた仕事ですので」


「アリシアちゃんが?」


「はい。

基本的にマイレディーはアルファにしか命令を下されなかったもので…

それに、大抵のことは彼女1人でこなせてしまうものが多かったですから」


「それでオレの身体測定?」


「はい。

1年程前に初めてお見かけした時はまだ赤ん坊でしたが、その成長速度は著しく衣服を調達するために必要なことでしたので」


そういえば、オレってたった1年ちょっとの間に赤ちゃんから今の姿になったって言ってたもんな。

なぁ、リア。

それってどういう理屈?

てか、今思ったけど、その間オレってずっと眠ってたんだよな?

食事とかはどうしてたんだよ?


<成長スピードに関しても、食事を一切取らずにいられた理由もわかりません。

ただ、神の御業としか>


また神の御業か…

ま、こうして無事に目覚めることができたから、いっか。

どうせ考えてもわからないだろうし。


「採寸は終わりました。

明日にでもアルファに結果を報告しておきます」


「マイロード、寝間着などはベッドの上のご用意しておきましたので、後はアリシア様にお任せ致します」


「ああ、ありがとう」


って、なんでアリシアちゃん?

あ…そういえば、朝もオレの服を着替えさせようとしてたな…

てことは、そうなる前に自分で着替えておかないと。


「ところでさ、そのマイロードっていう呼び方、なんだか慣れないんだよね。

普通にスラッシュって名前で呼んでくれてもいいんだけど」


「そういう訳にはいきません。

マイロードはマイレディーの主君であり、かつ私どもに名を与えて下さったお方ですので」


「それに、マイレディーが私どもがそうお呼びすることをお許しなられるかどうか…」


まぁ、そう考えるのもわからなくもないけど…

そもそもマイロードとかマイレディーってそんなに頻繁に会話に出てくる言葉なのかな?

何か命令を下された際に「イエス、マイロード」的なことを言ってる場面はアニメとかでよく見かけたけど、それ以外の場面ってあまり記憶にないんだよな。


「ま、この件に関してはオレからエレオノーラ様に言っておくよ。

それに、これから身分を隠して旅をする予定なのに、町中とかでそんな呼び方されたら目立つと思うし」


「旅?でございますか?」


そういや、2人とも晩御飯の準備でキッチンにいたから知らないのか?


「それについては明日にでもエレオノーラ様から話があると思うよ…多分…」


「左様でございますか」


「うん。

というわけで、もう2人とも下がっていいよ。

お疲れ様」



スラッシュがそう告げると、彼女たちは礼をして部屋から出て行った。

そして、それを見送った彼はベッドの上にバタンと倒れ込むかのようにダイブする。



ああ…マジで眠い…

誰もいなくなって気が抜けたからか…

…ん?

よく考えてみたら、なんでこんなに眠い?

そもそも1年くらい眠り続けてたわけだろ?

リア、その辺はどうなってるのかわかるか?


<現状、マスターを激しく襲っている睡魔の原因はスキルを発動させたままでいることかと>


スキル?

そう言われても、パッシブスキルって自動的に発動するもんだろ?


<パッシブスキルではなく、通常スキルの鑑定のことです>


あ、そういえば!

なんとなくエレオノーラ様たちにバレないようにしようと思って、解除してなかったんだった。


「鑑定解除」


とりあえずスキルは解除してみたけど、全然眠気が止まらないのは?


<スキルを使用すると精神的な面で疲労しますので、仕方がないことかと>


疲労か…

でも、オレのHPって∞だったはずだよな?


<マスターが言っているのは体力的な面でのことですので、精神疲労とはまた異なるということです>


つまり、フィジカルとメンタルの違いってことか。

でも、そんなステータスなんて無かったと思うんだけど。

【MP】はあったけど、それって魔法用だろ?

オレのイメージだと、普通さ、スキルなら【SP】とかがあっても良さそうなもんだと思うんだけどなぁ。


<ここは完全なゲームの世界ではありませんので、そういったことが理由かと推測します>


つまり、なぜか体力的に疲労することはないけど、今みたいに精神的に疲れることは普通にあって、それが蓄積されると眠くなるってことか。

ということは、スキルを使うってことは、精神力を消耗するってことなんだろうな。


<今の話の流れとは異なるかもしれませんが、私の推測だと、生物として活動している以上、睡眠は必要なものだから女神様も敢えてそうされたと考えます。

ですので、おそらく何もスキルを使用しない日があっても、一定の活動時間が過ぎると眠くなるであろう、というのが私の予想です>


確かに極端に睡眠時間が短い生物が存在するらしいけど、全く眠らない生き物がいるなんて聞いたことがないもんな。

それに、そもそも眠らないと1日が終わった気分というか、リフレッシュというか、なんとなく心がリセットされた気分にもならないだろうし。

…というわけで、オレは本能に従って、まだ時間が早いかもしれないけど寝ることにするよ。

おやすみ、リア。


<おやすみなさい、マスター>


………

……


「…ん?」



寝室の時計が12時の針を指す頃、眠っていたスラッシュが目を覚ます。



「…え?…アリシア…ちゃん…?」



目を覚ました彼の隣には同じベッドで添い寝をしていたアリシアがいた。



「申し訳ございません。

起こしてしまったようですね。

ぐっすりと眠られていたので、できるだけ起こさないようにしようとは思っていたのですが…」


「…ああ…うん…

…うん?

え?

なんで?!」



寝起きだった彼が今置かれている状況に気付き、少し距離を空けようとすると彼女はその手を両手で掴み自分の胸元へと押し当てた。



え?なに?

めちゃくちゃ柔らかいんですけど…

もしかして…

何も着てない?!


「ご主人様、私のことがお嫌いですか?」


「え?

いやいや、そんなことあるわけないよ」


「でしたら…

以前のようにまた私を可愛がってもらってもよろしいですか?」


「以前のように???

…もしかして、それって前の世界でフィギュアだった時のこと?」


「はい。

あの時はよく私の胸やお尻を撫で回してくれていたではありませんか。

ですから…

ご主人様が復活してくれただけではなく、せっかく私もこのような体を手に入れることができましたので…

それに私…

その…ご主人様のことが…大好き…なんです」


「アリシアちゃん…」


「こうやって想いを伝えることができたのも、奇跡だと思っています…

だけど、それなのに、もっと欲が出てきてしまって…

その、もしご主人様さえ迷惑でなければ…」


「迷惑なんかじゃないよ。

それに、前の世界でオレがこのまま死ぬんだろうな?って思いながら最期に見たのは…」



彼の知らぬ間にほとんどの灯りが消されていた薄暗い部屋。

その空間の中で唯一光を放つのは、ベッドの傍に置かれた燭台の灯。

静寂の中、互いがその瞳を見つめ合ったまま顔が近づき、そのまま唇が触れ合った。



「もちろん、オレもアリシアちゃんのことが好きだよ」



優しい口調の言葉を耳にしたアリシアの目が潤む。

その直後、彼らは何度も互いの唇を重ねあう。

そしてその日の夜、彼女は生娘ではなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る