第25話 魔族と魔物

セシリアの周りに集まってきたのは、この時間になってもギルド内に残っていた冒険者達。

先程の彼女の推測が正しければ、彼らは皆上位ランクの実力者であり、かつ、スラッシュたちに従うべきどうか?を真剣に悩んでいる者達ということになる。



「えっと…その…」



なかなか話し始めないセシリアを見てイレーネが尋ねる。



「どうしたの?

…もしかして、他の人達には聞かれたくないような話だった?」


「いえ、そういうわけじゃないんですが…

受付としては、これまでたくさんの人達に接してきましたけど、こんな大勢の前で話すというのは初めてで…

それに、イレーネさんやバルデスに話をしてみようかな、と思ってただけなので…その…上手く伝わるように話せるかどうか…」


「緊張してしまったのね。

でも、大丈夫よ。

この人達が勝手に聞きたいって集まってきただけだし」


「それにもしも、セシリアちゃんの話に野次飛ばすようなヤツがいたら、俺がここからつまみだしてやる」


「まぁ、そう言ってるバルデスは足が震えたままだみたいだし、もし何かあったらその役は私がやってあげるから安心してね」


「イレーネ、余計な茶々入れんじゃねぇよ」



セシリアはクスッと笑い、深呼吸をすると静かに話し始めた。



「えっと…いくつかあるんですが…

まず、ギルドの依頼にもよくありますし…皆さんもご存じの通り、大陸のどこに行っても魔物っていますよね。

でも、魔王はかなり昔に滅んだという話なのに、どうして今でも魔族や魔物がいるのかな?って思ったことはありませんか?

それに、一応、通説では、魔族は魔物を従えてるっていう話になってますけど、魔物って会話ができないのに、どうなってるんだろうな?って。

確かに魔物は魔族だけは襲わないようになっているみたいですけど…

…あと、それとは別になるかもしれないんですけど…

一番不思議に思っているのは、本当に魔王がヒューマンを含めた人類を滅ぼそうとしてるのなら、なぜ村や町、国を襲う魔物は弱いのか?ということです。

あ、ごめんなさい…

弱いというのは少し誤解があったかもしれませんね…

ただ、冒険者や騎士団といった人達が頑張ればなんとか撃退できるレベルだってことが言いたかったんです。

だって、そうじゃありませんか?

人が住んでいない場所やダンジョンの中だと、もっと強い魔物がたくさんいるというのに。

更に言うと、大陸の北の山脈を超えたところにあると噂されている魔人の国。

そこに向かった冒険者が生還できる確率は10%程しかないっていうデータがギルドにはあります。

しかも、そんな危ない依頼を請けるのは腕に自信のあるSランクかAランクの冒険者しかいないんですよ。

…えっと…つまりですね…何が言いたかったかっていうとですね…

もし魔王…いえ、魔族でも構いません。

彼らが本当にヒューマンを滅ぼす存在なのだとしたら、その気になれば、いつでも私達ヒューマンの国なんて簡単に潰せると思うんです。

でも、そんなことは…少なくてもこの667年間はしてない、というのが私が子供の頃から疑問に思っていたことなんです。

あの…上手く伝わったでしょうか…?」



話を聞いていた者達は黙ったまま誰も彼女の問いに反応しない。

だが、それは意図的に無視しているわけではないようだ。

目を閉じている者や腕組みをしている者、顎に手を当て天井を見つめている者など様々であったが、共通しているのは皆それぞれが、何かを思案している様子だからである。



「…確かに…

今まで、そんなこと考えたことも無かったわね…」



沈黙を破り、1人の女性冒険者が呟く。

すると、周囲の視線はその女性へと移った。



「…私達、特にここにいるような冒険者は、これまでそれが普通だと思ってたわよね…

多分だけど、そういう状況が何百年も続いているから、それがまるで空気を吸うかのように当たり前になってたんだろうけどね。

改めて言われてみると、確かにそうだなって思えたわ。

…例えば、地下ダンジョン。

下層に行くほど、出てくる魔物が強くなるわよね。

私達の側からすれば、実力がついたと思ったら腕試しのような感覚で下の階に進んでいくけど…

魔物の立場からすれば、わざわざそんな律義に、私達にとって都合の良い棲み分けをする必要ってあるのかしら?

そもそも、ダンジョンって凄く謎なのよね。

特にダンジョンボスの存在なんかはね」


「確かにダンジョンボスについては私も不思議だと思っていました」


「ですよね」



皆の話題がダンジョンボスになろうとしていたところで、最初にセシリアに声を掛けてきた冒険者の若者が大きな声で言う。



「おい、みんな!

今はその話をしてる時じゃないんじゃないのか?」



彼の声を聞き、確かにそうだ、というような顔をして盛り上がっていた冒険者達が再び黙る。



「お姉さん、魔王とか魔物の話は、オレ…いや、多分ここにいる奴ら全員がわかった…というか、確かに、って思えたよ。

聞かせてくれてありがとう」


「いえ、そんなお礼を言われることなんて…

ただ、なんとなくでも、私の話が伝わっていたのでしたら良かったです」


「それでさぁ、さっきルーデシアのことが気に入らない、みたいな話もしてたよね。

その理由についても、お姉さんの考えを話してもらえないかなぁ?」


「え、でも…」


「お姉さんみたいな人の視点が今は大事なんだよ。

オレ…じゃなくて、今ここにいる全員が、あの化物に従うべきかどうか?で悩んでいるはずだ。

かと言って、バルデスさんやお姉さんのように、すぐに決められることじゃないってことはわかってくれるよね?」


「それは…はい、もちろんです」


「その…オレも上手く表現できないんだけど…

仮に俺達もあの化物達に従うとして…

人類の敵ってことになってる魔王を名乗る存在に従う理由というか、大義名分というか…腹に落ちるものというか、安心感みたいなものが欲しいっていうか…

…まぁ、そういった考えがあって、お姉さんの話を聞きたいって思ったんだよ。

だけど、もし従うってなったら、今度はルーデシアを敵に回すことになるだろ…だから…」


「…皆さんが期待しているような話なのかどうか?はわかりませんけど、それでも良ければ…」



セシリアが言うと、皆が黙って頷いた。




【魔族】


人語を解し、意思疎通が可能な思考能力を有する存在。

ちなみに、魔人というのは、魔族の中に含まれており、ヒューマンに近い容姿をしている者を指す。



【魔物】


魔族とは異なり、知能も低く人語を使用できない存在。

中には、ヒューマンのような姿をした魔物もいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る