第24話 目撃者

「…聖騎士が聞いて呆れるぜ…」



それは少し擦れたような低い声だが力強く、よく通っていた。

団長とのやり取りを終え、聖騎士達がギルドから出て行った後もそこに突っ立ったままでいたイレーネの耳に飛び込んできたのは、その言葉。

彼女はその声の主を探す。



「よぉ、久しぶりだな、イレーネ」



ギルドの隅に近い席で酒を飲んでいた男はイレーネが自分の方を見ると、まるで顔を隠すかのように深く被っていたフードを脱いだ。



「…バルデス?バルデスじゃない!

久しぶりね。

いつ戻ってきたのよ?」


「最近だ、1週間くらい前だな」


「結構日にち経ってるじゃないの。

帰ってきてるんだったら、顔くらい見せに来てくれてもよかったんじゃないの?」


「まぁ、色々とあってな。

…それよりも…

今はそんな話をしてる場合じゃねぇだろ?」


「…!

それもそうね…つい浮かれてしまったわ…

で、その話しぶりからすると、あなたも今の状況をある程度はわかってるみたいね。

どう思う?」


「…ある程度…か…

それだったらホント良かったんだけどな…」



バルデスはそう言うと、木製のジョッキの中に残っていた酒を一気に喉に流し込んだ。



「俺はあの時ここにいた」


「え?!

本当に?!

だったら、実際のところはどういう事件だったのよ?

教えてくれないかしら?」


「どうもこうもねぇよ。

セシリアちゃんが言ってた通り、まんまだよ」


「まんま…って。

あなた少し酔っぱらってない?」


「今の俺の目が酔っ払いの目に見えるか?」


「ごめんなさい…

団長ほどじゃないけど、正直なところ、私もセシリアちゃんの話には腑に落ちない点が多くて…つい…」


「いや、その気持ちはわかる。

俺も当事者じゃなけりゃ、お前と同じ反応をしてただろうしな。

…だけど…あれは本物だ…

俺の本能がそう言ってる…」


「じゃあ…シルヴィーちゃんはそんなに強かったってこと?」


「シルヴィーちゃん?」


「あ、ごめんなさい。

実は私、その4人とは事件が起こる少し前…だと思うんだけど、町の広場で見かけたのよ。

黒髪の青年はその時初めて見たけど、他の3人とは以前から面識があってね。

獣人の少女もそうだけど、特にエルフだったっていうメイドとは結構親しい関係だったから。

だから、セシリアちゃんの話を聞いても何だかピンと来なくてね」


「獣人の娘か…あれは強かったな。

なぁ、イレーネ。

昔、オレとお前、それにディアスとか他の連中を含めた全盛期のパーティーを覚えてるか?」


「もちろんよ。

忘れるわけがないわ」


「俺はあの時のメンバーが今まで組んできた中で最強だったと思ってる。

で、その時の面子、あの頃の若さ、万全の状態で挑んで、なんとか互角に持ち込めれば良いほうだろうな…

ってくらいの強さだと感じてる。

と言っても、あの獣人がさっきみたいに全然本気を出してない状態での話だけどな…」


「そんなに…」


「ああ。

だけど、それよりももっとヤバいのは、あのヴァンパイアだ。

あれは本物の化物だ…

あんなのは絶対に俺達ヒューマンが勝てる相手じゃねぇ…」


「あなたほどの人がそこまで…

でも、セシリアちゃんの話だと、冒険者が逃げないように扉の前に立っていたっていうだけで、彼女が直接冒険者を手にかけたっていうことじゃないんでしょ?」


「ちゃんと話聞いてたのか?

あいつは結界を張りやがったんだぞ。

しかも、指を鳴らしただけで」


「そういえば、そんなことも言っていたわね。

だけど、私魔法使いじゃないから、その結界魔法というのがどのくらい凄いものなのか?がよくわかっていなくて…」


「あのなぁ…普通、結界ってのは…まぁその規模にもよるんだが…

結界を張りたいと思った場所に魔法陣を描く。

それだけでも大変な作業なんだがな…

で、王宮魔術師レベルの術者を数十とか数百人規模で、その陣に何日もかけてひたすら魔力を注いでやっと完成するもんだ。

それを魔法陣もないのに、一瞬でだぞ」


「なるほど…確かにもの凄い魔法を使ったってことはわかったわ…

でも、あなた近接戦タイプでしょ。

だったら、魔法対策さえしっかりすればなんとかなると思うのに、なぜそこまで…」


「…問題なのは魔法とかそういうことじゃねぇ…

会話の流れで結界の話になっただけだ。

…実は、獣人が暴れだした時、咄嗟にそれを止めようと思って、立ち上がろうとしたんだが、その時にアレと目が合ってよ…」



そこまで言うと、バルデスは再びジョッキに手にする。

だが、その中に酒はもう入っていなかった。



「情けない話なんだが…それだけで完全にビビッちまってよ…

あれからもう1時間以上が経つってのに、まだ足の震えが止まらねぇんだよ…

酒でも飲んで気を紛らわせようと思ってるんだが、いくら飲んでも全然酔えねぇ…

…イレーネ…

俺はあいつらに従おうと思ってる…

あんなのと敵対するなんて自殺行為に等しいからな…

悪いことは言わねぇ。

命が惜しいなら、お前もそうするべきだ」



バルデスの忠告を真面目な顔で聞いていたイレーネだが、即答はせず黙ったまま彼の目を見つめている。

そこへギルドの受付嬢がやって来た。



「あの~…すみません」


「セシリアちゃん、どうしたの?」


「盗み聞きするつもりはなかったんですが、いつもみたいに活気がないギルド内だから聞こえてしまいまして」


「別に謝らなくてもいいわよ。

誰かに聞かれて困るような話はしていないですし」


「そうですか?

例えば、聖騎士団なんかに聞かれたらマズい内容だと思うんですけれど」


「一応、私も聖騎士なんですけれど。

と言っても、私の場合はルーデシアを信仰する気なんて一切ありませんが」


「知ってますよ。

言ってみただけです。

あ、ちなみにですけど、騎士団長とイレーネさんの会話もまる聞こえでしたよ」



セシリアはイレーネにそう言うと、持ってきていたジョッキをバルデスの前に置いた。



「はい、バルデスさん」


「さっきから悪いな、セシリアちゃん」


「いえいえ。

ギルドの職員達は私以外全員逃げてしまいましたけど、開店休業みたいなものですから。

それに、バルデスさんにはいつもお世話になっているので、これくらいは」


「確かに。

ここのギルドに呼ばれる時は、いつも厄介な依頼ばかり押し付けられるからな。

これくらいはしてもらって当然か。

…にしても、セシリアちゃんは強いな…」


「強い?私がですか?」


「ああ。

おじさんなんか、未だに足が震えてんだぜ」


「確かに。

あの隻眼のバルデスとまで呼ばれてる人がこんな状態なのは少し笑えるかもしれませんね」


「セシリアちゃんも言うようになったねぇ」



彼らの会話は他の者達にも聞こえていた。



「おい、今、隻眼のバルデスって聞こえなかったか?」


「ああ、オレも聞こえた。さっきからそうじゃないかなぁとは思ってたけど、やっぱり本人だったのか」


「じゃあなにか、あの有名なAランク冒険者がまるで歯が立たないさっきの奴らって…」


「あのバルデスが戦いもしてないのに降参するんだろ。やっぱり、あいつらはオレ達とは次元が違う本物の化物だったってことだろ」


「だったら、もう迷ってないで俺達も降伏したほうが良いんじゃないのか?」



周囲の騒めきと、緊張を解すかのような3人のちょっとした談笑が終わると、セシリアの表情が真剣なものへと変わる。



「冗談はさておき、バルデスさん。

おそらくですけど、ここに残っているのは、あの方達の実力…いえ、恐ろしさと表現した方が良いのかもしれません…それをきちんと理解できた冒険者だけだと思います。

逃げ出したのは皆ランクの低い冒険者ばかりでしたからね。

きっと見た目の恐怖だけで判断したんだと思います。

ですけど、本当にその恐ろしさをわかっているバルデスさんのような人達は、あの方々に従ったほうが良いかもしれない、と本気に迷っているからこそまだここに居るんだと思っています」



「…それはセシリアちゃんも…なのかしら?」


「いえ、私の場合は少し違います。

確かに恐ろしいとは思いましたけど、皆さんのように相手の力を見極める力なんてありませんし。

ただ、私は魔王と呼ばれていたあの黒髪の青年がそんな悪い人には見えなかったからです。

だから、バルデスさんと同じように私もあの方々に従おうと思っています」


「ちょっと待って、セシリアちゃん。

それだけの理由で決める気なの?」


「もちろんそれだけではありません。

細かいことはたくさん有りますが、簡単に言えば、私もルーデシアが気に入らないからです。

そして、あの方々はルーデシアを滅ぼすとも言っていました。

それなら、従うべきだと思ったんです」


「簡単に言うけれど…相手はあのルーデシアなのよ。

普通に考えて、どうにかなる相手じゃないことくらいはわかるでしょ?」


「普通に考えたら確かにそうだと思います。

だけど…ここに残っているランクの高い冒険者達が本気で従うべきかどうか?を悩むほどの方々です。

それに、エレノア様の言っていることが事実であれば、あの青年は魔王。

ルーデシアを相手にできる力は十分あると思うのですが」


「でも、もしそれが事実だとしたら…

セシリアちゃんは魔王に加担するってことなのよ」


「…私…子供の頃からずっと思っていたことがあるんです。

魔王って本当にヒューマンを滅ぼそうとした存在なのかな?って」



セシリアがその続きをしようとした時、3人の冒険者達が彼らの席へ近づいてきた。



「ねぇ、お姉さん。

その話、すっごく興味があるんだ。

オレ達も混ぜてくれないかなぁ」



1人の冒険者がセシリアにそう尋ねると、ギルド内にいた他の冒険者達全員が「オレも私も」と、彼女のもとへと集まってきた。

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