第23話 信じない者

-時は少し遡り 冒険者ギルド-




スラッシュたちが引き起こした事件から1時間程が経過した後、10人程の聖騎士達がギルドを訪れていた。



ルーデシアから派遣された中小規模の聖騎士団の役割は大きく2つ。

担当地域の治安維持と外敵、つまり町を襲ってくる魔物の撃退である。

そのため、余程のことがない限り、現場の騎士が内政などに関して口を挟むことはない。

仮にあったとしても、それは一度本部を通して対応してもらうことになる。

そして、その流れは冒険者ギルドにも該当する。


冒険者ギルドとは、ほとんどの場合が、商人個人或いは団体の出資によって成り立っている組織である。

これが普通の組織であれば、例えば、治安を乱すような犯罪組織などと判断した場合においては騎士団の独断で介入できるのだが、ギルドに関してはそうはいかない。

これらの組織は大陸全土に多数点在し、横の繋がりも強い。

更に言えば、ヒューマンの国だけではなく、ルーデシアが排除しようとしているエルフや獣人が治める国にも存在する。

そのため、誤った対応をしてしまうと、それこそ大陸全土を巻き込む大戦に発展してしまう可能性があるからだ。

また、ヒューマンが治める国に関して言えば、ギルドを運営している商人達が多額の寄付金を納めているということも大きく影響している。



ギルド内での惨劇は、その場に居合わせた者達が外に出たことにより、瞬く間に広まった。

更に、人の肉を食べながら歩く獣人、そして、この町にいるはずのないエルフが堂々と大通りを歩いているという通報が、当時現場にいなかった一般の者達からも相次いだため、聖騎士団は動かざるを得なかったのである。



「…という流れがあって、こういう状況になってしまいました…」



ギルドの受付嬢は事の顛末を、団長らしき男に伝えた。



「…なるほど…つまり…

若い男の格好をした魔王が冒険者と喧嘩になり殺してしまった。

それで、一緒に来ていた獣人の少女が暴れだして、その冒険者の仲間も殺してしまった。

で、巻き込まれたくないと思った他の冒険者達が外に逃げようとしたら、エレノア様がヴァンパイアになっていて外に出ることができなった。

更にはそのメイドもエルフだった…

ということですか?」


「…はい…」


「…フッ……フハハ…

…おっと…失礼。

お嬢さん、どうせ嘘を吐くならもっとマシな嘘を言ったほうがよろしいのでは?」


「…ウソ…?

いえ!

嘘なんかではありません!」


「そう言われましてもねぇ…

真実味が全くないんですよ」


「確かに、嘘みたいな話ではありますけど、これは本当のことです!

では、この惨状はなんだと言うのですか?!」


「まぁ、あまり言いたくはありませんが…

どうせ冒険者ギルドで起きたことです。

なにか危ない魔物でも生け捕りにして連れ帰ってはきたものの、突然暴れだしたのではないですか?

そして、それを始末するために多くの冒険者が命を落としてしまった…といったところでしょうか。

ここの地下には、魔物を閉じ込めておく牢があるという話を聞いたことがありますので、我々が来る前に死体はそこに隠しておいた…

というのが、私の推測なのですが」


「そんな…」


「そもそもお嬢さんの話には無理があります。

まず、魔王は魔族、普通の青年の格好をしているとは思えませんし、魔王は600年以上も前に…今の神聖歴に変わる時に滅びたんですよ」


「それはそうみたいですけど…

ですが、勇者が復活したっていう噂があるくらいなので、もしかしたら魔王も…」


「ああ、そんな噂が流れてるみたいですね。

ですが、聖騎士団の団長である私にさえ、そういった事実があったなんてことは本部からは一切知らされておりませんよ」


「………」


「それにです、大型の獣人なら理解できますが、それがまだ幼いメスだというのは無理があります。

しかも、腕力の強い獣ではなく、犬の獣人だそうじゃないですか。

…まぁ、エルフに関しては確かに信憑性がありますね。

フリーデン王国と接するこの地域なら、町に紛れ込んでいたとしてもおかしくはないですが…

ただ、それがエレノア様の従者だというのがね…

伝説の魔人だかなんだか知りませんが、偶然名前が一緒だっただけですよね。

一度、外を見てみなさい。

まだ陽があるのにヴァンパイアが現れるなんてことあり得ませんよ。

ただ、私があなた方に言いたいのは…」


「…団長、少しよろしいですか?」


「なんだ、イレーネ」



受付嬢の話を全く信じない団長に声を掛ける者がいた。

彼らと同じ白い鎧を装備している彼女は、昼間アリシアと親しげに会話をしていた騎士である。



「確かに私も聞いていて、団長の推理のほうがまだ納得できそうな気がしないでもないのですが…

ただ、町にいた者達からの、シルヴィーちゃん…ではなく、獣人の少女が人の腕を食べながら歩いていた、という目撃情報と繋がらないのでは?」


「それは…奴隷だから腹が減っていたのだろう…

どさくさに紛れて、冒険者の死体を拾った…とか…」


「だとしたら、魔人でもないエレノア様が、そんな獣人を引き連れて平気な顔で町を歩いていた…と?

しかも、エルフまで一緒にですか?」


「…うっ…

…おい!

イレーネ!

ちょっと話がある!

…お前達はここで待っていろ!」



団長は部下達にそう告げると、彼女をギルドの隅のほうへと連れていく。



「話とはなんでしょう?」


「あまり大きい声を出すな。

…今から私がする話は口外するなよ…」


「………」


「お前は元冒険者でその腕を買われて聖騎士団に入った。

それは安定した収入を得たかったからだ。

愛する夫と子供達のために。

間違いないな?」


「はい、そうですが。

それがどうしたのですか?

なぜ急に改まってそんなことを」


「つまりだ…

お前も金が欲しいということだろ?

今回わざわざギルドに来たのは、魔王復活とか下らん噂を流したギルドを脅すためだ。

さすがに、こんなたちの悪い噂を流したとあっては、相手がいくら冒険者ギルドだといっても本部が黙認するはずがない。

だから、黙っていて欲しければ…という流れにしようと思っている。

…お前も乗らないか?

なかなか良い話だろ」


「せっかくのお誘いですが、お断りします。

そんなことよりも、ギルドや町の人達の証言が本当に事実なのかどうか?というのをまず最初にきちんと確認することが、私達がすべきことだと思うのですが」


「…堅物め…

団長である私の誘いを断ったんだ、どうなるかわかっているんだろうな…

ん?

いや、待てよ…

証言か…

そうだな、イレーネ、お前の言う通りだ」



団長は何かを思いつくと1人で部下達のいる場所へと戻る。



「お嬢さん、もう一度確認しておきたいことがあるのですが」


「えっと…はい、なんでしょうか?」


「エレノア様は自分が魔人であるということを、自らの口で仰られたのですよね?

それに間違いはありませんか?」


「もちろんです。

他の冒険者達も聞いておりましたし」


「おい、お前達も今の話は聞いたな。

エレノア様…いや、エレノアは魔王を崇拝する邪教徒であると本人が宣言したのだ。

これはルーデシアに対する宣戦布告。

よって、私達聖騎士団は教えに従い、これを排除することにする!」



聖騎士団長は高らかにそう宣言すると、部下を引き連れて冒険者ギルドを去ろうとする。

そんな彼に対し、再びイレーネが声を掛けた。



「一体何を考えているのですか?」


「純粋にルーデシアの教えに従っているだけだよ。

…まぁ、マルクス邸は戦場になるだろうけど。

ということは、当然戦利品が手に入るかもしれない、というだけの話だ」


「…もし、セシリア…受付嬢の話が事実だったら、どうするつもりで?」


「万が一に備え、準備を整えてから全軍で向かう。

魔王とヴァンパイアの存在などあり得ないが、エルフがいる可能性は高いからな。

ただ、仮にエルフが本当にいたとしても、魔法にさえ注意すれば問題ないはず。

気を付けないといけないのは獣人だろうが、それってエレノアが飼ってるという犬のメスガキのことだろ。

そんな連中が聖騎士数十名の相手になるとでも?

…18時に中央広場まで来い。

その30分後には突撃を開始する。

イレーネ、これが最後のチャンスだ」



彼はそう言い残すとギルドから出て行った。

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