第21話 ヴァンパイア
-1年程前 シエルスの町近郊-
夜道を走る1台の幌馬車。
その御者は黒髪の女性、後のアルファである。
「あ、ようやく見えてきましたよ。
あれがシエルスの町です」
遠くの方に見える集落の灯りを見たアリシアが言う。
「ほう、あれがシエルスか。
思っていたよりかは大きな町じゃのぅ」
「如何なさいますか?マイレディー。
このまま町の中に?」
「いや、まずは中の様子を見てからじゃな。
一旦馬車を止め、お主たちは我の影の中に入っておれ」
「かしこまりました」
眷属たちはエレオノーラの命令に素直に従う。
アルファは馬車を止めると、ベータ、ガンマに続いて主人の影の中に入った。
「アリシアよ。
辺境伯の屋敷は町の中央広場から、まっすぐ奥に進んだところで間違いないのじゃな?」
「はい。
ただ、町の中が私の知っている通りに反映されていれば、の話になりますけど…」
「ふむ。
まぁ、もしそうでなければ慎重に行動せねばならんということじゃ。
とにかく、馬車は目立たぬ場所に移動させて待機しておれ。
夜が明けるまでには戻ってくるでのぅ。
あと、シルヴィーよ。
残っている食料は全て食べても構わぬから、とにかく大人しくしておるのじゃぞ」
「え!
これ全部食べていいのー?!
わかった!
ボクじっとしとくー!」
エレオノーラはシルヴィーの言葉を確認すると、凄いスピードで町へと向かって行った。
その黒髪と黒ベースの服装の影響もあってか、まるで闇に溶け込んで消えてしまったかのようである。
そして、彼女の姿を見届けたアリシアは、空席となった御者台まで移動して手綱を握ると、町へと繋がる道から逸れた場所に向かって馬車を走らせた。
-シエルスの町 冒険者ギルド-
「我が君よ。
町の中を見て回るつもりじゃったが、予定とは少し違った形になってしもうたのぅ。
とりあえず、今日のところはもう屋敷に戻らぬか?」
「…まぁ、それもそうだな。
こうなってしまったからには、これからのこともみんなと話し合わないといけないし…」
スラッシュの返答を聞いたエレオノーラが再び指を鳴らす。
そして、ギルド内にいる者達に向かってこう告げた。
「結界は解除しておいた。
逃げたい者は逃げればよい。
従う者には近い将来、今までよりも良い暮らしを約束しよう。
そして最後に…
我らに敵対するのであれば死が待っているものと知れ」
エレオノーラは言い終えるとギルドの扉に手をかける。
「…では我が君よ。
そろそろ戻るとするかのぅ」
え?
この状況放置ですかい?!
「あの…ご主人様、まだここで何かやり残したことが?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど…」
「じゃあ、一緒に屋敷に戻りましょう。
あと、シルヴィー。
いつまでもヒューマンのお肉食べてないで、行きますよ」
「うん、わかったー!」
シルヴィーは元気よく返事をすると、まだ手を付けていなかった亡骸の腕を肩からごっそりと引きちぎり、それを手にしたまま彼らの後ろを付いて行く。
返り血で赤く染まった服、明らかに人の腕だとわかるものを食べながら歩く彼女の口の周りには赤いソースがべったりと付いていた。
当然、すれ違う町の者達はその尋常ではない姿を見て恐怖する。
そんな獣人の娘と一緒に平然とした顔で大通りを歩いているのは、本来この町では受け入れられていないエルフ。
そして、そのメイド服の美少女が仕えている領主の遠縁だという少女と、同じ黒髪を持つ青年の4人であった。
-夕方 辺境伯の屋敷-
昼間、ギルドでの一件があり屋敷に戻ってきた4人。
スラッシュはすぐに今後のことについて皆で話し合おうとしたのだが、それは夜へと持ち越されていた。
そのため、彼はそれまでの時間、寝室で独り、自分の能力について色々と調べているところである。
だいぶ部屋が暗くなってきたな。
もう夜か…
にしても…もっと早い時間に聖騎士団が来ると思ってたけど、まだ来てないのか。
話し合いが夜になった理由の1つは、途中で聖騎士団の邪魔が入る可能性が高いからである。
もしそうなれば、それに対応した結果を踏まえた上で、更にまた今後の方針を決めなければならないという二度手間になるからだ。
となると、夜襲でも考えてるのか?
例えば、夜中オレたちが寝てる隙を狙って屋敷に火を放つとか?
まぁ、エレオノーラ様が結界を張ってくれてるから問題はないだろうけど。
それに、そもそも普通に考えたら、ヴァンパイア相手に敢えて夜に襲っては来ないか。
…そういや、エレオノーラ様、何か調べものがあるとか言ってたけど、何調べてんだろ?
ま、オレの場合は調べるのは調べてみたけど、わからないことは全然わからないままだな。
それでもまぁ、ある程度は自分の能力のこともわかったつもりだし、ちょっと気分転換に食堂にでも行ってみるか。
スラッシュが部屋のドアを開けると、そこにはアリシアが立っていた。
「え?!
びっくりしたぁ~…
アリシアちゃん、こんなとこで何してんの?」
「何…と言われましても。
私はご主人様の専属メイドですので、いつ呼ばれてもすぐに対応できるようここで待機していました」
「マジで…
てことは、昼間オレと一緒に部屋の前まで来た後、ずっとここに居たってこと?」
「はい、もちろんです」
「いやいや、そりゃダメでしょ」
「申し訳ございません。
ご迷惑でしたか?」
「いや、そうじゃなくて。
立ちっぱなしだったら疲れるでしょ。
丁度、食堂に行こうかと思ってたところだし、ちょっと一緒に休憩しない?」
食堂に向かい2人で廊下を歩いている途中、アリシアが急に立ち止まった。
「この感じ…
ご主人様、どうやらやっと来たようです」
「来たって…聖騎士団のこと?」
「はい、間違いないと思います。
とりあえずは私が対応しますので、ご主人様は食堂でゆっくりと休憩なさって下さい」
「いやいやいや。
そういうわけにはいかないでしょ。
オレも一緒に行くよ」
スラッシュとアリシアが玄関の扉を開けると、そこにはすでにエレオノーラの姿があった。
「ようやく来たか、我が君よ」
「で、今ってどういう状況?
ものすごい数の聖騎士達に囲まれてるみたいだけど」
「なに、心配はいらぬ。
先程から様子を見ておるが、誰1人として我の張った結界の中に入って来れる者がおらん。
その時点で話にもならぬな」
「そりゃ、エレオノーラ様の敵じゃないってことはわかってるけどさぁ。
本当に話ができないんじゃ、向こうが何を言いたいのか、わからなくない?」
「しかし、我が君よ。
雑魚とはいえ、あれだけの軍勢を引き連れて来ておるのじゃぞ。
少なくとも我らに好意を抱いていないことは確かじゃ。
であれば、こちらの取る手段は1つしかないと思うのだがのぅ」
「う~ん、でも一応聞くだけ聞いてみない?
もしかしたら、エレオノーラ様の力にビビッて、騎士団全員あなたの配下になります、みたいな展開になるかも?」
「本当にそう思っておるのか?」
「あ、いや…全然思ってないです。
すみません」
「クフフ…
我が君は本当に甘いお方よのぅ。
まぁ、良い。
我が君がそう望むのなら、それに応えてみようではないか」
エレオノーラはそう言うと指をパチンと鳴らす。
それは屋敷の敷地全体に張られていた結界を解くものであった。
そして、突然無くなってしまった障壁に聖騎士達は戸惑う。
「あ、あれ…さっきまであった結界が消えたぞ」
「団長!結界が消えたようです!どうされますか?!」
「そんなの決まっているではないか!全員突撃ー!」
騎士団長が号令を掛けると、屋敷を囲んでいた聖騎士達が一斉に襲い掛かってきた。
が、その攻撃は彼らにも届かなければ、屋敷の中に侵入することもできなかった。
つまり、彼女は結界を二重三重の張り巡らしていたのだ。
「我が君よ。
これがヒューマンという種族の本質じゃ」
「………」
「アルファ、ベータ、ガンマ!」
エレオノーラが眷属たちの名前を呼ぶと、彼女の影から3人が出てきた。
「お呼びでございますか、マイレディー」
「状況は見ての通りじゃ。
お主らに命じる。
あれらを皆殺しにせよ」
「かしこまりました、マイレディー。
一度だけではなく二度も、私どもにこのような機会を授けて下さる慈悲深さに感謝致します」
アルファが主人にそう伝えると、3人は跪きその頭を深く垂れる。
そして、彼女たちが再び顔を上げた直後、虐殺は始まった。
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