第20話 魔王誕生

「ご主人様~!

お怪我はありませんか?!

お体は大丈夫ですか?!」



シルヴィーの頭を撫でているスラッシュのもとにアリシアとエレオノーラがやって来た。



「ああ、心配しなくても全然平気だよ」


「あの…もしかして…なんですけど…

私がいつも絡まれて迷惑してたから、あの人達を倒すためにわざわざギルドまで足を運んでくれた…とかでしょうか?

…エレノアさんがさっきそのようなことをチラッと言ってましたので…」


「え?

いや、別にそういうわけじゃ…」


って否定しようと思ったけど、アリシアちゃんをガッカリさせるのも悪いしなぁ…


「ないこともないかなぁ…なんて…」


「やっぱり、そうだったんですね!

ご主人様!

私、もの凄く嬉しいです!」



いつの間にかエルフの耳に戻っていたアリシアはそう言うと、スラッシュに抱きついた。



「…にしても、なんでこうなった?

なかなか大変な状況になってるし…」


「なぜか…とな?

それは無論、我が君が直々に己に敵意を向けていたヒューマンを粛正したからじゃ。

であれば、その同類も敵と見なし、しもべである我らが残りの者達も始末する、という行為は当然のことだと思うのじゃが?」


あ~…そういう感じの流れでこうなってしまったわけね…


「いやまぁ、それはいいとして…

ちょっと派手にやり過ぎたんじゃないか?

この状況、どうすんだ?」


「それは我が君次第じゃ。

そなたはこれからどうするつもりなのじゃ?」


「どうする…とは?」


「まずは足がかりとしてこの町を支配し、ここを拠点に世界を征服をするのか?それとも今回の件は何事も無かったことにして、今しばし様子を見るのか?

ということじゃ」


「いやいや…世界征服って…」


「え?

でも、ご主人様はこの世界の管理者…ということになっているんですよね?」


「えっと、まぁ、一応はそうみたいだけど」


「でしたら、大陸全土を支配下に置いたほうが、どう考えても管理しやすいと思うのですが…

あ!

すみません!

ご主人様のことですから、他に何か深いお考えがあるのかもしれませんね…

出過ぎた発言でした」


ごめん、アリシアちゃん…

正直、深い考えどころか、浅い考えすらも持ち合わせてないんだよね…


「なぁ、エレオノーラ様。

もし、何事も無かったことにするとしたら、この状況をどう解決するつもりなんだ?」


「簡単なことよ。

まずは念の為、口封じのためここに生き残っておる者達を全員始末、それから建物に火を放てば良い。

それだけのことじゃよ」



これまでは静まり返っていたギルド内が少しざわつく。

彼らは決して大きな声で会話をしているわけではないが、その内容は生存者達に筒抜けであったためだ。



「さすがにそれはやり過ぎじゃないか?

別にギルドにもこの人達にも全く恨みなんてないし」


「であれば、とりあえずこの町を支配して拠点にするとしようかのぅ。

我らも正体も明かしてしまったことじゃし。

…正直なところ、この1年アリシアもシルヴィーも我慢してきたからのぅ。

わざわざヒューマンに偽装し、魔法をほとんど使わずに生活してきたアリシア。

外に出る際は首輪をつけて奴隷を演じなければならなかったシルヴィー。

それに、我とてヒューマンごときに気を遣わなければならぬ生活は苦痛じゃったわい」


「それは本当に悪いことをしたな…

なんか…辛い思いをさせてたみたいで…ごめん」


「そんな、ご主人様が謝られるようなことではありません!

頭を上げて下さい!

…女神様からは予め試練と伺っていましたし、みんなそれを承知の上でやってきたことですので。

ご主人様が気にされることは何もございません!」


「そうだよ、主ー!

だって、1年くらいちょっとガマンしてきただけで主がこうやって復活したんだよー!

それって、最高のご褒美だよー!」


「我らにとって我が君の復活以上に喜ばしいことは無かったからのぅ。

しかも、この体を得ることができ直接そなたと触れ合える。

その代償としてのこの1年間の我慢など些細なことよ」


「にしても、なんでヒューマンを演じてまでこの町で生活を?」


「ふむ、それにはいくつかの理由があるのじゃが…

まず、大精霊の森から一番近かったこと。

それと、アリシアにとって見知った町であったこと。

あとは、仮に襲撃されたとしても、相手が脆弱なヒューマンであれば赤子であったそなたを守りつつ簡単に対応できること。

そしてなにより、我らは我が君がヒューマンであると思い込んでおったことじゃな。

まぁ、そのあたりがこの町を選んだ大きな理由じゃ」


「なるほどね。

てか、それよりも…

よく1年間もエレオノーラ様がこの町で暮らすことができたことに驚いてるよ。

オレの設定上だと、特にヒューマンが嫌いっていう設定だったのに」


「仕方あるまい。

試練ということじゃったしのぅ」


「それでも私は凄いことだと思いますよ!

だって、エレノアさんって魔王軍の幹部でしょ!

しかも魔王の右腕って呼ばれてた四天王がヒューマン相手に対等な関係で1年も普通に生活できるなんて!

正直に言うと私、最初は絶対に無理だと思ってましたし」


「我を見くびるでない。

我が君のためなら、この身を賭する覚悟くらいできておるわ」



この会話が一区切りし、ほんの少しの間が空いたところで周囲が再びザワザワする。



「やかましいぞ、貴様ら。

我らは我が君と会話中じゃ、少し静かにしておれ。

あと忠告しておくが、3度目は無いということをしっかり覚えておくことじゃな」


「まぁまぁ、エレオノーラ様。

いくら嫌いなヒューマンだからといっても、一応はこれから支配下に置くんだろ?」


「ですよね。

それに、私もご主人様に歯向かわないなら、ヒューマンは好きですからね」


「ボクもヒューマン好きだよー!

お肉おいしいし!」


いや…シルヴィー…

アリシアちゃんが言ってるのは、そういう意味じゃないんだよ…



スラッシュは彼女たち3人から、ギルド内の生存者達に視線を移す。



「とまぁ、そういうわけで…

一応、今からこの町をオレの支配下に置くことになったんで、皆さんよろしくお願いします」


「…あの…えっと…

俺達は…助けてもらえる…ってこと…でしょうか?」


「別に害がないのに殺す必要もないでしょ。

あと、オレの支配下になるのが嫌な人達は町から出て行ってもいいよ。

見ての通り、仲間にはヴァンパイア、エルフ、獣人もいるからね。

ルーデシア教だっけ、ヒューマン至上主義の人達には苦痛だと思うし、それに居てもらってもこっちが迷惑だからね」


「じゃ…じゃあ…

俺達が別の町に行こうとしても、殺さないで見逃してくれる…と…?」


「まさか…とは思いますけど…

ご主人様がそうすると言っているのに、それを疑っているのですか?」


「い…いえ…

ちょっと…ただ確認してみたかっただけ…です」


「まぁ、貴様ら逃げるのは勝手じゃが、我が君は近い将来ルーデシアを滅ぼすぞ。

なにせヒューマン至上主義というのが嫌いなようじゃからのぅ。

ただ、我とは違って我が君はヒューマンという種族自体を嫌っているわけではない。

であれば、まだ完全に洗脳されておらぬ理性ある者は、今のうちから我らに恭順しておいた方が身のためだと思うのじゃが」



エレオノーラがそのように告げると、生存者の中の1人がスッと右手をまっすぐに上げた。

ギルドで受付をしていた女性である。



「ほう、なかなか殊勝な心掛けじゃ。

許可も出していないのに、べらべらと話しかけてくる者達とは大違いじゃな。

よかろう、発言を許可する」


「あ…ありがとうございます。

えっと…いくつか質問させて頂きたいことがあるのですが…

エレノア様がヒューマンではなく、ヴァンパイアということはわかったのですが…

先程されていた会話が私達の耳にも入ってきていまして…

その…もしかして…なのですが…

エレノア様ってあの伝説の魔人、エレノア・マキャヴェリ様…なのでしょうか?」


「ほう、よく知っているではないか。

さすがはギルドの受付嬢といったところじゃな。

お主の言うとおり、我がその魔人じゃ。

この世界での我は667年前に死んだことになっておるみたいじゃがのぅ」


「ということは…そのエレノア様が我が君と言っておられるそちらの方というのは…

魔王…様…ということでよろしいのでしょうか?」



受付嬢の質問を聞き、一瞬だけ驚いたような表情を見せたエレオノーラ。

だが、すぐに悪そうな笑みを浮かべ、こう返答した。



「…その通りじゃ…

このお方…

つまり、我が君こそがこの世界に復活された魔王である!」



え?!

ちょっ!!!

エレオノーラ様!

何言いだしてんだよ!!!

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