第15話 黒髪の2人

「にしても、立派な教会だなぁ。

若い頃、友達の結婚式に呼ばれて、式場にあるチャペルには入ったことはあるけど。

本物の教会ってどんな感じなんだろう…」



前世では、世間で言うところの「オタク」であったスラッシュ。

だがそれは晩年の話であり、彼がまだ若い頃はどちらかと言えばむしろ活発なほうで、それなりに友人もいた。

そんな彼の独り言に反応したのはエレオノーラであった。



「我が君よ、そんなに気になるのであれば中に入ってみてはどうじゃ?」


「いや、別にそこまでは気になってないけど。

それに、中に入るって…

そんな簡単に入れるものなのか?

そもそもオレは宗教自体には全く興味無いんだけど、大丈夫?

絶対に勧誘とかされるだろ…」


「問題ない、我に任せるがよい。

アリシア、シルヴィー、我が君と我は教会の中を見てくるゆえ、そなたらはここで待っておれ」


「エレノアさんだけご主人様と2人きりだなんて、なんかズルくないですか?」


「ボクもそう思う!」


「そう言われてものぅ…

まず、そもそもお主は獣人じゃから中には入れぬじゃろうて。

それにアリシアよ。

シルヴィーだけを残して我らが教会の中に入ってしまったら、面倒なことになるのは明白じゃぞ」


「それなら、私とご主人様が教会の中を見てきますので、2人はここで待っていて下さい」


「まぁ、我はそれでも構わぬが…

それで、そなたはどのようにしてあの門番を説得して中に入るつもりじゃ?」


「それは…えっと…

頑張ってお願いしてみます!」


「で、中に入れると…?」


「…ご主人様、申し訳ございません。

私とシルヴィーはここで待っております」


「…だそうじゃ」



エレオノーラはそう言うと、スラッシュの腕を組み教会の正門へと向かう。

そして、その2人を見送っているアリシアとシルヴィーは拗ねたような表情を見せていた。



「これはこれは、エレノア様。

お久しぶりでございます。

お体のほうの調子はよろしいのですか?」



門番らしき男が、教会に近づいてきたエレオノーラに言う。



「ああ、今日は調子が良いみたいでのぅ。

なので、久々にこうやって外に出て散歩しておる」


そういえば、静養中って設定だったよな。


「それで、今回のご用向きとは?」


「我が君が教会の中を見てみたいと言っておってのぅ。

すまぬが、少し見せてはもらえぬだろうか?」


「我が君…ですか…

なるほど、エレノア様の旦那様が希望されるのであれば。

ささ、中へどうぞ」


旦那様?



門番をしていた男はそう告げると、2人を教会の中へと案内した。



オレの知ってるチャペルと、そんなに変わりないな。

なんていうか…イメージ通りって感じ。

ただ、やっぱりアレが気にはなるよな…


「どうじゃ、我が君よ。

簡単に中に入れたであろう」


「ホントすんなりと入れたよな。

アリシアちゃんは諦めたってのに。

一体どうなってるんだ?」


「単純な話よ。

辺境伯はルーデシアに莫大な寄付をしておるから、やつらにとってはお得意様じゃ。

我はその遠縁ということで、静養のためこの町に来ていて、その別荘に住んでおる。

そして、我が君と我は同じ黒髪。

しかも、腕も組んでおったから我の夫だと思うとるはずじゃ。

それに、我らは2人ともリディアスの特徴を持っておるから、きっと大商人や大富豪のような存在であると勘違いしているのであろう。

であれば、無碍な扱いはできんじゃろうて」


黒髪か。

そういや、この大陸じゃ黒髪の人間は珍しいっていう設定だったな。



【リディアス】


トラキア大陸の東に位置する島々の総称。

それぞれが島単位で独立しているが、どれも国家という規模ではない。

鉱山資源が豊富で、その中でも金山や銀山から採掘される金や銀は、大陸において特に重宝されている。


諸島で暮らしているヒューマンたちは皆同じ民族であり、交流も盛んなため航海技術が発展している。

そのため、大陸に渡り金銀を元手に商売を始めた商人が意外に多く存在する。

そんな彼らの最たる特徴は黒髪であるということ。



【ヒューマン】


身体的スペックはいわゆる普通の人間。

ただ、作中においては、魔法やスキルといった特殊な能力を扱うことができる者が多数存在する。

また、髪や瞳の色は多種多様であるが、黒髪だけはリディアスの血を引いている者のみが持つ。



「なるほどね。

…あっ!そういえば!

さっきは勇者が復活してるかも、って話が出たから完全に飛んでしまってたけどさ…

…もしかして、辺境伯とかユリアってさっきの家にいたのか?」


「辺境伯やその妻、従者などは誰もおらぬが、ユリアなら一緒に暮らしておるぞ」


は?!

どういう状況だよ!


「いや…でもオレ、ユリアを見た記憶ないけど」


「今日は我が君が復活する日だとわかっておったからのぅ。

あのわっぱは騒がしいので、予め魔法で眠らせておいた。

…と言っても、夜にはその効力も切れ、目を覚ますじゃろうがな。

それより、我が君よ。

せっかく教会の中に入ったのに、我とこのような話をしていても良いのか?」


「ああ、中は大体予想してた通りだったからな。

もういいよ、そろそろ外に出ようか。

アリシアとシルヴィーの2人を長く待たせるのも悪いし」



早々に教会を後にしたスラッシュとエレオノーラ。

2人が噴水のある広場に戻ってみると、屈強な男達に囲まれているアリシアとシルヴィーの姿があった。

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