第12話 時の流れ
-1年前 フリーデン王国領内 大精霊の森-
「ぐっすり眠っていてカワイイですね~」
毛布にくるまれた赤ん坊を大事そうに抱え、微笑みながらアリシアが呟く。
「この子が本当にボクたちの主なの?
全然主の匂いがしないよー」
「匂いもなにも、私たちは魂だけの存在でしたから視覚しかなかったはずですよね?」
「でも、なんとなくボクわかるんだ。
前の主の匂いじゃないって」
「じゃがシルヴィーよ。
その理屈で言えば、我らのこの体とて以前のものとは別物じゃろうて」
「それはそうだけどー…」
「まぁ、その話はさておき、アリシアよ。
謎の光から受け取ったその赤子、これからどうするつもりじゃ?」
「どうするって…
放っておくわけないじゃないですか!
もしかして2人とも、この子がご主人様だって信じてないんですか?
どう見ても、ご主人様の魂そのものじゃないですか!」
「だって匂いが~」
「まぁ、匂いの話は別として、どうやら我ら2人には魂の認識ができぬようになっておるみたいじゃ」
「え?そうなんですか?」
「ああ。
じゃが、お主がそう言うのであればそうかもしれぬな。
現状、あの光とその赤子については謎の存在だが、そなたのことは信用しておるからのぅ」
「それで、結局どうするのー?」
「それなんですが…
多分、ここは大精霊の森にある湖だと思いますので…」
「ほう、興味深いことを言うではないか。
なぜそれがわかる?」
「さっきのシルヴィーじゃないですけど、なんとなく…わかるんです」
「なるほど。
我が、目の前にいるそなたとシルヴィーが本物である、と、なんとなくわかるのと同じようなものかもしれぬな。
それで?」
「はい、まずは私が暮らしていた、と言っても、それはご主人様が作られた作品の中での私ですが…
そこに行ってみようかと思います」
「…つまりそなたは、この地は我が君が生前に創作していた作品の中の世界…じゃと言いたいのか?」
………
……
…
-時は戻り マルクス辺境伯領内 シエルスの町-
天候は晴れ、快適な気温と湿度。
時折吹く少し冷たい風が人々に心地良さを与えるような昼下がり。
立派な洋館の正門の前にいるスラッシュたちの目の前には、町の中心部へと続く幅の広い石畳で整備された1本道があった。
なんとなく漠然としたイメージはあったけど…本当よく出来てるなぁ。
まるで文章をアニメ化したみたいだ…すげぇな、異世界!
「ご主人様、まずは人が多い町の中心部に行ってみますか?
この時間の住宅地にはあまり人がおりませんので」
「それもそうだね、まだ昼過ぎだし。
それに、町を知るんだったら、とりあえずは一番活気があるところから見たいよね」
4人が道を歩いていると、すれ違う何人かの人々が彼らに対して軽く会釈をしていた。
どうやらそれが気になった彼がアリシアに問う。
「ねぇ、アリシアちゃん。
この町で、オレたちってどういう扱いになってるの?」
「一応、エレノアさんがマルクス辺境伯の遠縁で、静養のためにこの町に来ている、ということになっています。
私たちはその従者と奴隷という扱いですね」
「そもそも我は外に出るのが、あまり好きではないからのぅ。
特にこのような昼間はな」
そう言われてみれば、エレオノーラ様はヴァンパイアだもんな。
設定上は陽の光の下でも平気ないわゆるデイウォーカーにしてたけど、やっぱり昼間はあまり好きじゃないんだ。
…ああ、だからメイドさんたちは屋敷の外までは見送りに来なかったのか。
眷属程度のレベルだと、灰になってしまうものな。
「エレオノーラ様、1つ聞きたいことがあるんだけど」
「我の知り得ることなら、何でも答えてみせようぞ、我が君よ」
「留守番をしてるメイドさんたちって、昼間移動する時はどうしてるんだ?
さっき聞いた話だと、眷属にしたのは森の中だから、ここに来るまではどうしてたのかな?と思って」
「なんじゃ、そんなことか。
陽があるうちに移動する場合は我の影の中に隠れておる。
この町に来てからは、召喚したままじゃがな」
なんだその設定?
エレオノーラ様はオレの知らない能力まで持ってるのか?
「じゃあ、普段の買い出しとかは誰が?
…てか、そもそもお金とかの金銭面はどうしてるんだ?」
「買い物など外に行かなければならない仕事は私が担当しています。
お金のことに関しては、エレノアさんがシルヴィーに指示を出した時、ユリアちゃんに頼んでいますね」
ユリアちゃん?
「もしかして、辺境伯の娘のユリアのこと?!」
「そうだよー。
いつもはボク、ユリアちゃんと一緒に遊んでるんだよー!
ま、それがボクの仕事だからね!」
【ユリア・マルクス】
種族はヒューマン。
リストリア王国のマルクス辺境伯の一人娘である。
基本的には我儘な性格であるが、一度気にいった者に対してはもの凄く甘い対応をする。
また、幼少期の彼女はかなりの世間知らず。
その性格は遺伝であり、父親であるマルクス辺境伯は愛娘に対して異常なほど寛容。
そういった背景もあり、子供の頃はかなり甘やかされて育つ。
だが、その心根は正義感が人一倍強い少女であった。
とあることがきっかけとなり、成長した彼女は後に名君とまで呼ばれる存在となる。
なるほど…
そりゃ、シルヴィーが頼めばユリアは何でもするだろうな。
それにしても、シルヴィーとユリアがこのタイミングで出会うことになってるとはね…
「ん?ちょっと待って!」
「どうしたんですか、ご主人様?」
「なんか違和感があると思ってたんだけどさぁ。
今って神聖歴667年なんだよね?
で、オレが作った物語のスタートがイース歴777年。
今更だけどさ、辺境伯とかユリアが存在してるってことは、物語が始まる100年くらい前ってわけじゃないってこと?
単純に暦の名称だけが変更されてるだけかと思ってたけど…」
「そのことについては、私たちも困惑しています。
どうやら、ご主人様の作品の中での時間軸がバラバラと言いますか…
そういった詳しい情報はエレノアさんが集めていますね」
「エレオノーラ様、それってどういうことなんだ?」
「我も情報を集めておるところで、まだ詳しくは把握しておらぬ。
じゃが、1つ分かり易い例を挙げるとするなら、勇者アリオスが死亡した年、それが神聖歴元年と言われておる」
「え?!
じゃあ、この世界のアリオスって、とっくの昔に死んでるってこと?!」
「そういうことにはなるんですが…」
「えっ?
なるんですが…って…
アリシアちゃん、まだ他に何かあるの?」
「はい…その勇者アリオスが、去年復活したという話があるんです」
は?!
復活?!
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