第11話 眷属

食堂に現れたのは、先程退室したメイド長。

その傍らには、彼女と同じ衣装を着た女性が2人いた。



「シルヴィー様、そんなに動かないで下さい」


「えー!

だって、ボクこれ付けるの嫌い~!」



メイド長が手にしているのはチョーカー、というよりも見た目的には首輪と言ったほうが良いかもしれない。

彼女は、お洒落なアクセサリーには到底見えないその禍々しいデザインの首輪をシルヴィーにつけようとしていた。



「えっと…

シルヴィーがもの凄く嫌がってるんだけど…

一体何をしようとしてるの?」


「あぁ、いつものことです。

ご主人様は気にしなくても大丈夫ですよ」


「いや、でも~

確かに、これから外に行こうって話にはなってるけど、わざわざ首輪をつける必要なんてあるの?

散歩に行く犬じゃないんだから…」


って、そういえば犬か…

いや、実は狼だったな…

…じゃなくて、獣人だよね!


「そういえば、この町のことについてはまだ話しとらんかったのぅ」


「ん?町?」


「ご主人様、ここはマルクス辺境伯が治めるシエルスの町なんです」


「シエルスの町っていうと、オレの作品の中だとアリシアちゃんがメイドをしながら生活してた町だよね?」


「仰る通りです。

そして、このお屋敷もご主人様の作品の中に出てきた辺境伯の別荘なんです」


「へぇ~、ここってそうだったんだね」


てか、オレこんな家の内装とか全く設定した記憶ないんだけど…

…となると、やっぱり大まかな設定はオレの作品の影響が出てるみたいだけど、実質はオレの全く知らない異世界ってことか。


「ですけど、この世界のシエルスはご主人様が知っているものとはちょっと事情が違います。

これも、おそらくルーデシアの影響なんでしょうが、ヒューマン以外の種族はこの町では受け入れられておりません。

ですので、私は普段エルフの耳を隠して生活をしているのですが、シルヴィーはそういった魔法が使えませんので…」


「獣人がこの町を出歩くには、奴隷としての姿でないと都合が悪いというわけじゃ」


「じゃあ…もしかして、あれっていわゆる隷属の首輪ってやつ…なのか?」


「もちろんあの首輪は、見た目だけを本物に似せて作ったレプリカなので、そういった隷属の効果なんてありませんのでご安心下さい!」


「そっか、ならちょっと安心した」


てか、本物もあるんだ…

怖ぇな、この世界…


「さて、我が君よ。

そろそろ出掛けるとしようかのぅ」



エレオノーラはそう呟くと腰を上げる。



「メイド長よ」


「かしこまりました、マイレディー」



エレオノーラの呼びかけに返答したメイド長は傍にいたメイドたちに目配せをする。

すると2人は無言で頷き、シルヴィーの席を囲むような配置につくと、彼女の両脇をしっかりと抱えて立ち上がらせた。

必死で抵抗しようと暴れるシルヴィーであったが、3人の紅く光る瞳の前では為す術なく、強制的に首輪を装着させられてしまった。



これがエレオノーラ様の力の一端を与えられた眷属の力か。

確かに、常人離れしたパワーだな。

いくらシルヴィーが覚醒前の獣人の子供とはいえ、設定上だと、こうも簡単に普通のヒューマンが獣人を押さえつけることなんてあり得ない。

って、そういえば…

よく考えてみたら、エレオノーラ様の眷属って、まだ誰も登場させてなかったんだよなぁ。

物語の終盤まで書いてたけど、志半ばでオレ死んでしまったらしいし。

…ん?

いや、エレオノーラ様の従者的な眷属は誰もいなかったけど、親族という意味での眷属だと勇者に寝返った妹がいたよなぁ…



「もう~コレ、首元がなんだかムズムズするからヤだぁ~」


「ワガママ言わないで下さい、シルヴィー。

首輪を外したまま外に出たら、また大騒ぎになりますから」


「え~でも~ヤなもんはヤだも~ん!」


「なんじゃ、シルヴィーよ。

また、そなたの勝手な振る舞いのために我の手を煩わせるつもりか?」


「あ…ごめんなさい、エレノア」



紅色の瞳に変わったエレオノーラがそう言うと、シルヴィーは駄々をこねるのを止め大人しくなった。

おそらくだが、これは決して敵わない、或いはボスと認めた存在に対しては従順な行動をとるという動物の本能に近いものなのだろう。

そういう意味において、悪い言い方をすればアリシアはシルヴィーに舐められていると言えよう。



「じゃあ、準備も整ったことですし。

みんなで外に行きましょう」



アリシアがそう言うと、皆で屋敷の玄関まで移動する。

そして、スラッシュたちが外に出ようとした時であった。



「あの…恐れながら…

ほんの少しだけ、お時間を頂いてもよろしいでしょうか、マイロード」


そう声を掛け跪いたのはメイド長であった。

残りの2人もその動作を見てすぐに真似る。



マイロード?


「ああ、そういえば、すっかり忘れておったわい。

我が君よ、あやつらに名を与えてやってはもらえぬか?」


「え?オレが?」


「そういう約束をしてたからのぅ」


「そういう約束をしてたって…

じゃあ、ずっと名無しだったってことか?

てか、眷属になる前の名前でいいんじゃないのか?」


「我も最初はそう思っておったのじゃが、どうやらそういうわけにもいかんらしくてのぅ」


「どういうこと?」


「はい。

以前の名前で呼ばれる、或いは自分自身がその名であると認識しようとすると、耐え難い頭痛が襲ってくるのです」


「マジで?

じゃあ、眷属になってからはどうしてたの?」


「私は皆様からメイド長という役職で呼ばれております。

ただ、マイレディーから直接お声がかかるのは私だけで…」



そこまで言うと、残りのメイドたちがそれぞれに口を開く。



「アリシア様からはメイドさん1号、シルヴィー様からは1号ちゃん、と呼ばれております」


「私はメイドさん2号、2号ちゃんと…」



なんだか雑だな!

お~い、リアさんや~い。


<お呼びですか、マスター>


あのさ、彼女たちの頭が痛くなる現象ってなんなのかわかるか?


<簡単に言えば、世界がそれを拒んでいるということです。

一度誕生した生物が、その存命中に種族が変わるというのは節理から外れますので。

種族が変わってしまったのであれば、それはもう別の個体として認識せざるを得ません。

ですから、ヴァンパイアによって眷属にされた者は稀有なケースであり、基本的にはノーネーム。

その主もまた、何か特別な扱いをする対象でない限り、眷属の名前には拘らないのが一般的なようです>



「まぁ、事情はわかったけどさ。

本当にオレが名前を付けちゃってもいいの?」


「もちろんです、マイロード」


「さっきも言ってたけど、マイロードって、やっぱりオレのこと?」


「何を言っておる?

我が君は、我の主なのだから当然じゃろう」


「なるほど…そういう感じなのか。

ま、いいや。

じゃあ~えっと、名前だけど…

黒い髪のメイド長はアルファ

青い髪のメイドさんはベータ

白い髪のメイドさんはガンマ

…ってのはどう?」


やっぱり、記号とかの名前ってアニメやラノベに出てくるキャラっぽくていいよね~

…でも、さすがにこの名前はベタ過ぎたかなぁ…

よくよく考えてみれば、メイドさん1号とか2号ちゃんとあまり変わらないような気がしないでもない…



「ありがとうございます、マイロード!

その名、有難く頂戴致します!」



スラッシュが名付けをするとメイドたち3人はとても嬉しそうな顔をしながら深く頭を下げた。

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