二、パステルカラーの至福

 一方の蛍はというと、黙ってまっすぐ自分の席に向かった。

 もとい、一応口では『おはよう』と辺りに声をかけて回っていたけれど。……口元を見ていない人はたぶん気づいてない。


「おはよう、清川さん」


 それでも返事をくれる人がいて、蛍はにっこり微笑んで手を振った。


「二週間ぶりくらい? ホント大変だね」

「……」

「あっ清川ちゃん来てる! おはよおひさ~!」

「おはようございます」


 なんとなく馴染みの面子というものがある。

 恐らくは真面目な性格ゆえに、はみ出し者感のある蛍を気に掛けてくれる人たち。あとは葬憶隊ミューターでもとくに少ない女子隊員が物珍しいのだろう。

 たまに登校できたときはいつもこの子たちが声をかけてくれる。なかなか会えないせいで、蛍はまだ三人の名前もきちんと覚えられていないけれど。


 何にせよ、時雨以外と話すのは緊張する。

 うまく伝わるだろうか? 身振り手振りだけでは不安だけれど、端末やメモ帳を使って筆談をするのはまどろっこしいと思われないか?


(……私も声が出たらいいのにな)


 本当は、自分から話し掛けたいのに。



 未成年の葬憶隊員は、訓練や任務に追われて学校に通いづらい代わりに、自宅や寮で通信教育を受けられる仕組みになっている。

 とはいえ戦ったあとはクタクタでそんな余裕はない。結局こうしてたまに登校できたところで、まったく授業についていけず、チンプンカンプンなまま時間だけが過ぎた。

 どうせ蛍も時雨も大学進学は望まないからいいけれど。こんなご時世だし、高校に籍を置かせてもらえるだけで御の字だ。


 幸い緊急通報もなく――もしかしたら鳴虎のはからいで他班が優先的に出てくれたのかもしれない――平和に一日が終わった。

 蛍が帰り支度をしていると、また三人組がやってくる。


「ねぇ清川さん、よければ一緒に帰らない?」

「でさ、ちょーっと寄り道しよ! 駅前に美味しいクレープ屋さんがあんの~」

「買い食いは校則違反ですけど、もちろんご内密に」

「!」


 ほら、と三人の中でもとくに派手な髪飾りを着けたちょっぴりギャルっぽい娘が、携帯端末の画面を見せてきた。

 可愛らしいパステル調の背景に、色とりどりのクレープの写真が並んでいる。鮮やかなフルーツやふわふわのクリームに蛍の眼も輝いた。

 頷きたいのを一旦堪え、時雨を見る。


 朝と同じく学友たちに囲まれていた時雨は、しかし蛍の視線にすぐ気がついて、ひょこひょこと歩いてきた。遠目からでは唇が読めない。

 この三人と一緒に帰りたい、と告げたところでまだこちらに向いていたディスプレイを一瞥し、時雨は頷く「良いじゃん。いいよ、行ってこい」。


 ……。許可が欲しかったんじゃないんだけど。

 とりあえず『しぐれちゃん、くる?』と聞いてみたものの、それには肩をすくめられた。


「オレはいいや。ともかく蛍は『オトモダチと友好ゆーこーを深めておいでなさい』、めー姉風~。

 今日なんかだし、このまま通報ないといいよなー。じゃ、またあとで」

「……」

「おー。楽しんでこいよー」


 とりあえずそういうことになったので、蛍は三人組とともに教室を出る。


 残った時雨は他の男子たちから

「なんで断るんだよ勿体ね~」

「ついでに俺らも誘う流れに持っていってくれるやつだと思ったのに……! 貴重な青春チャンスを棒に振りやがってふざけんなよ」

 などと詰られていた。


「でもどのみち駅方面には行くわな、女子がいようといまいと」

「あーな。空蝉も来るだろ?」

「や……オレ用あるから。じゃあな~」


 ひらひら手を振って去っていく時雨を見送りながら、クラスメイトはぽつりと呟く。――あいつ意外と付き合い悪いよな、と。

 お喋りな蝉がいなくなった教室内は、急にしんと静まりかえったようだった。



 *♪*



「空蝉くんて、清川ちゃんの彼氏?」

「ッ!?」


 件のクレープ屋は小さな雑居ビルに入っている。駅前とはいえ閑散として人通りは少なく、ビル自体もテナントの大半は空床らしい。

 店内のイートインスペースにも十分な空きがあって、経営は大丈夫かと心配になるほどだが、応対した店員は努めて明るい表情だ。


 店頭にて夢いっぱいのメニュー表を吟味していたところでギャル子ちゃんにブッこまれ、蛍は噴き出した。

 弁明しようにも筆談には時間がかかる。端末を取り出してわたわたする間も、


「確かにいつも一緒だし、清川さん何かと空蝉くんにお伺い立ててるしね」

「空蝉さんも清川さんを気にかけてるみたいですしねぇ。……ふふ、清川さん顔が赤いですよ」

「『幼馴染みでミューターの仲間』? ホントにそれだけ~?」


 ニヤニヤする三人組に、続けて返す。

『任務はいのちがけ だからお互い 意思疎通が大事

 私は口で話せないから 気を遣ってもらってる』


「ふーん、そういうもんなんだ。ミューターの入隊応募って十歳とかだっけ?」

「十二歳じゃありませんでした? 確か」

「よくやろうと思ったよね。私には無理だわ……あ、カスタードプリンバナナチョコください」

「ねー。学校も全然来ないし。うちストロベリースペシャル。清川ちゃんは決まった?」

「お悩みならダブルチョコレートブーケがおすすめですよ。あ、私はシナモンアップルキャラメルでお願いします」


 自分では決めきれなかったので、提案された品を素直に注文する。目の前で筆談を見ていたからか、無言でメニュー表を示すだけの蛍に対し、店員はとくに奇妙な顔をしたりはしなかった。

 些細なことだが、少しホッとしてしまう。

 しばらくして渡されたクレープは焼き立てで温かく、チョコレートがとろけて甘い香りがした。


 薄焼きの生地を噛むパリパリという心地いい音を楽しみながら、蛍は筆談で、少しばかり葬憶隊についての補足をする。


 ――戦闘訓練は八歳から参加できる。見習いの準隊員として登録されるのは十二歳から。

 最初は任務に出ても先輩の仕事を見学するだけ。

 だんだん少しずつ戦闘を手伝って慣らし、初めて一人で〈音念ノイズ〉を倒したら、晴れて正規隊員になる。


「ねぇ〈音念〉ってどんな感じ?グロい?」

『黒っぽい もやもやしてる』

「清川さんはどうしてミューターになったの?」

『時雨ちゃんと一緒に訓練してたから 流れで自然に』

「ちゃん付けしてんの!?」

『変かな』

「や、なんか意外~」


 クレープをむしゃつきながらの雑談は和やかに弾んだ。



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