四、その疑問に確信はない

 気付けば二人とも葬憶隊中部支部内の医療施設で寝ていた。

 先に目を醒ました蛍は泣きそうになりながら、呼びかける代わりに、眠っている時雨の手や顔をべたべた触る。他にどうしたらいいかわからなかった。

 彼が起きて開口一番「うるせぇ」と顔をくしゃくしゃさせて笑ったときは、心底ほっとした。


 そのあと分隊長、つまり二人の保護者でもある萩森はぎもり鳴虎めいこが、見舞いがてら話を聞きにきた。

 ところが時雨はこう報告した――「なんかすげぇ強い音念ノイズだった」と。


 蛍は彼の手を取って、ふるふる首を振るしかない。違う、あれは音念じゃない、騒念クラマーだと、端末を使って筆談までした。

 しかし時雨は頭をぽりぽり掻いて首を傾げる。


「そりゃねえよ。だったらオレら死んでるだろ」

「二人だけで倒せる相手じゃないしね。いい蛍、わかってると思うけど、騒念ってのはただ強いんじゃなくて――」

「……」


 もちろん理解している。その上で納得がいかないのだ。

 阿修羅のような姿、複数の感情を放射する声。年齢も性別もバラバラだった。あの混沌を一人の思念が生んだとは考えにくい。

 ……ということをうまく説明できない蛍に、鳴虎はあやすようにぽんぽんと頭を撫でる。


「怖かったのよね。よしよし」

「……」


 一人前の隊員なので、小動物のような扱いは止めていただきたいのですが。


「で時雨、一応聞くけどそいつにちゃんとトドメ刺した?」

「ん~……多分? 斬ってすぐ天井が落ちてきて、生き埋めになってっからさぁ。確認はしてねぇ」

「もー、上に報告するあたしの立場も考えてよ。……まあ、とくに新しい被害報告は出てないし、大丈夫だと思うけど」

「それより蛍は大丈夫かよ? ……つか、あん時ちょっと遅くなってごめんな。あの要救助者おばさん途中で眼ェ醒ましちゃってさぁ、すっげぇ動揺してて離してくんなくて」

「言い訳すんな。しかも他の女の話とはいい度胸だね?」

「えっなんで? 何? めー姐はオレをどーしたいの、いや、ってか、オレとほた……、っでッ!!!

 なぜにそこでオレを叩くの蛍!? ヤダうちの女ども凶暴〜」


 不愉快な茶化し方ではあったが、お互い怪我人であることを考えるとこれ以上暴れないほうがいいだろう。

 聞こえないのをいいことに口許を布団に隠して「しぐれちゃんのばか」と呟く。半ば八つ当たりである自覚はあった。

 時雨も蛍が何かボヤいた気配だけは感じたのか、やや胡乱げな視線を寄越した。


 鳴虎はそんな二人を横目に報告書を書きながら、隠しもせずニヤニヤ笑う。

 親代わりとはいえ歳はさほど離れておらず、時雨からの呼称も『めー姐』……つまり母というより姉に近い感覚だ。だからか知らないが、弟分と彼に懐いている少女の関係を何かにつけて面白がっている。

 玩具にされるのは楽しくないけれど、かわいがってもらっているのは間違いないので、蛍も文句は言わない。……言いたくても言えないけれど、物理的に。


「しっかしあんたら、うどん屋でデートって色気なさすぎじゃないの?」

「るっせ、蛍の要望リクだっつの。つーか結局食ってねーんだよな。なー蛍ぅ、退院したら出直すか」

「……」

「え、今なんて?」


 蛍はふいっと顔を逸らす。……デートじゃないでしょ、って言ったの、本当はちゃんと読めたくせに。



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