策士

 ときは五月の終わり。

 そして、文化祭の出し物を決めるホームルームの時間。


 進行および取りまとめ役として教壇に立つクラス委員長の俺は、クラス展を何とかして映画館にするべく、その微々たる権力を遺憾なく発揮していた。


 なぜ俺がそこまでの努力をしていたかといえば、レンタルショップで借りてきた映画ソフトを壁にちょこっとだけ飾り付けを施し椅子を適当に並べた教室で垂れ流すだけの映画館――とは名ばかりの休憩所――ならば、準備も当日もすごく楽だったから。

 それだけかよと思われそうだが、クラス委員長が自動的に文化祭の実行委員を務めるというなシステムが採用されている我が校においては、俺自身の安寧の為にとても重要なことなのだ。

 クラスの男子どもにはあらかじめ根回しをしてある。

 黒板には他にも候補として、喫茶店とお化け屋敷が映画館よりも少し小さく薄い字で書かれている。

 票が割れることの予想されるこれらが最後まで候補として残っているのも、俺が労を取った結果だった。


「多数決を採ります。ではまず喫茶店がいいと思う人は挙手お願いします」

 もうひとりの進行役である舞の発言に数人の女子生徒が手を上げる。

 俺はその人数を『ひいふうみい』と数え、黒板に正の字を二つばかり書きながら人知れずほくそ笑む。

 うちのクラスは男女比がほぼ一対一で四十人程なので、この時点で残りの女子生徒が全員お化け屋敷を選んだとしても、男子生徒たちの組織票によって映画館の圧勝が確定していた。

「では次に、お化け屋敷がいいと思う人は挙手して下さい」


 三十秒後――。


「以上の結果、クラスの出し物はお化け屋敷に決定しました」

 残りの女子生徒全員および男子生徒半数以上の協賛により、我がクラスの出し物はお化け屋敷に決定した。

 造反者の中には今朝まで「文化祭の出し物ってマジでダリぃ」と漏らしていた聖の姿までもがあった。

 状況が飲み込めないままに震える手で正の字を板書していると、教室の後ろでその様子を眺めていた小池先生が机の間を通って教卓の横に立つ。

「では早速、今日の放課後から準備に取り掛かりたいので、今から具体的な計画を考えましょう。とりあえず班で話し合ってどういった形の出店にするか、大枠を紙にまとめて下さい」


 席に戻った俺は、やはり目の前に着席したばかりの舞の肩をポンポンと叩く。

 振り返った彼女の悪戯な笑みを見て、俺はすべてを察した。

「……どういうトリック?」

「どうって、イツキが男子にしていたのと同じことを全員にやっただけだけど?」


 彼女の説明によれば、俺が早くから男子生徒に根回しをしているのを聖が南海にうっかりと漏らしたことからすべては始まったらしい。

 まずは南海が聖を説得どうかつし、彼を介して一定数の男子生徒を味方につけた。

 南海はあれでも男子に人気があるので、彼女の名前を出しただけでも効果は十分にあったのだろう。

 次に舞が小池先生に話をつけ、先生から各部の顧問に『うちのクラスはちょっと手の混んだことをやりたいので準備期間中、少し子供らを借りたいんですが』と、部活動不参加の便宜を図ったそうだ。

 それで『部活に出るよりは』と考える男子生徒が全員寝返った。

 これはもう敵ながら天晴としか言いようがない。

「文化祭は今年と来年のあと二回しかないんだよ? 楽しまなきゃ!」

 舞とはまだ一月半ほどの付き合いだったが、彼女がこういった狡猾で享楽的な一面を覗かせたことはこれまでも何度かあった。

 ただそれはすべてのケースで今回のように学校生活を楽しむためであったり、声の小さいたちばのよわいクラスメイトを庇うシーンであったりと、決して利己的に発揮されたようなことはなかったように記憶している。

 要は勝つべきが勝ち、負けるべきが負けた。

 それだけのことだったのだろう。


「それでは今決まった通りに今日の放課後からお願いしますね。何かあれば実行委員の二人に指示を受けて下さい」

 小池先生は「よっしゃオレの仕事は終わったぜわーい」と心の声をだだ漏らしながら教室を出ていく。

 大会が近いなどの理由でどうしても部活を優先したい、という数人を除けば皆に何かしらの役割が与えられており、その部活組も時間が取れる日にはフリーランスとして協力してくれるそうだ。

 実行委員の俺と舞には、全体の監理と予算の管理が任された。


「最高の思い出になるように一緒にがんばろうね!」

 そう言って笑ってみせた彼女の表情は先ほどの悪魔のそれとは真逆に、まるで神託を受けた巫女のよう――というのは大袈裟だが、その瞳は星空のようにキラキラと輝いていた。

 こうなってしまったからには俺も腹を括る他ないようだ。

「こちらこそよろしく」

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