青春のアイアン・メイデン

道願

青春のアイアン・メイデン


 アイアン・メイデンとは女性の形をしており中は空洞、前面に左右に開く扉がありその内側に内側に向けた針がある鉄製の拷問器具である。

 実際に中に入らなければどんな痛みが襲うのか分からないが、青春時代を過ごした者にとっては内側の針で心臓を突き刺されるような感覚を味わったことが皆あるはずだ。



 高校入学から10日が過ぎた。俺は登校途中に朝日を見て、カノジョと同じ高校に進学できて輝かしい学園生活が送れることを期待していた。カノジョとは幼稚園から中学まで一緒の学校で、仲良しグループでよくカラオケや遊園地に遊びに行った仲だ。

「ミノル! おはようー」不意に背後からカノジョが声をかけてきた。

「おぅ、リカ おはよう」俺も朝の挨拶をカノジョにした。

「ミノル 部活はどこにするか決めたの?」リカはミノルがどの部活に入るのか気になるようだ。

「いや、まだ決めてない。どうせ前のように走れないんだから文化系の部活にしようと思ってる。」俺は小学校、中学校とサッカー部に所属していたが、中学三年の夏の地区予選で右膝にタックルを受け、右膝靱帯を痛めてから全力で走ることができなくなっていた。

「えー、早い子は体験入部してる子もいるよー。早く決めちゃいなー」リカは右膝を痛め、もうサッカーが出来なくなりって気落ちしていた俺を気遣い、高校は他の部活に入ってガンバレと言ってるみたいだ。

「今日の放課後、気になる部活があるから行ってみるよ」

「ミノル新しい部活でもガッバッテね」

「気が早いっつーの」いつしか二人は高校に着いていた。校門を通り校舎まで歩いている途中でリカは同じ中学から進学した女子を見つけ名前を呼びながらその子に向かって走っていった。

 眩しく光るカノジョの後ろ姿を目で追いながらミノルは高校一年の夏休みの終わりまでにリカとセックスをすると心に決めていた。

「俺の初めての相手はリカしかいない。リカの初めての相手に俺はなりたい」ミノルは心の中でつぶやいた。



 翌朝ミノルはギターを背負って家を出た。しばらくするとリカが声をかけてきた。

「ミノルおはよー。部活、軽音楽部にきめたの?」

「あぁ、今日から練習だよ。それもいきなりバンド練習だからなぁ。昨日渡された楽譜をTAB譜に起こしてたから昨夜は寝るのが遅かったんだ」

「ミノル楽譜読めたんだー。意外ー」

「なんだよそれー、バカにしてんのかー」

「ウフフ。ライブとかいつやるの?」

「連休明けの土曜日の事業が終わった午後、体育館で軽音部のライヴがあるよ。リカ、見に来るだろ?」

「うん、もちろん行くよ。ミノルがミスるところ見逃さないんだからー」笑いながらリカは走り出した。

「コイツー」ミノルはミカを追いかけて走り出した。ふたりは学校までの通学路をじゃれ合いながら登校した。



「台車があってよかった〜」今日は待ち望んでいた軽音楽部のライヴ当日だ。ミノルはギターアンプとベースアンプを軽音楽部の同級生と一緒に体育館に運んでいた。他の部員もそれぞれ楽器や機材を運んでいる。

 運び込んだ楽器や機材のセッティングとサウンドチェックが終わると体育館を開場した。体育館に見学する学生が入ってきた。ミノルは舞台の影からリカが来ているか確認する。

「来てる、来てる」ミノルはリカがいる場所を確認すると、リカにカッコイイ自分を見せてやろうと気がはやってきた。



 ライヴは大成功だった。ミノルたちが演奏したのは古い洋楽ロックの定番曲、みんな聞いたことのある曲だったのでみんな盛り上がっていた。中にはヘドバンする女の子もいた。リカは何か言いながら右手を何回も突き上げていた。



 ライヴの終了後はリカと待ち合わせして一緒に帰った。

「初ライブ成功おめでとう。ミノル、カッコよかったよ」

「応援ありがとう、もー緊張しまくりだったよ」

「レフティーのギタリストカッコイイって言ってた女の子もいたよ。もしかしたらミノルのファンクラブできるかもね」

「そんなのあるわけねーだろ」

 ミノルはリカと手を繋ぎたかったが、ギターを背負った上、両手に鞄とエフェクターボードを持っているから無理なので諦めた。

 今日はリカとの距離を縮めるチャンスだとライヴ前から思っていたが、もう家の近くまで来ていた。

「夏休みまでチャンスは何回もあるからいいや」ミノルは独り言を言った。



「イテッ!」ギターの弦を交換している時、ミノルはギターの弦でほほを切った。ギター初心者あるあるだが、ギターの弦を緩めずにペンチで弦を切るとギターの弦は弾ける。その時顔が近くにあると間違いなく顔にケガをする。当たりどころが悪かったようで傷口から血が出て止まらなかった。

「医務室行ってこい」部長に言われてミノルは医務室に行った。

 医務室に着いて、ドアを開けようとすると中から男女がじゃれ合う声が聞こえてきた。

「保健室でHかよ! ベタなことするなー」と思いながらミノルはその場を立ち去ろうとした時、体が凍りつき足が止まった。女の声に聞き覚えがあった。間違いなくリカの声だった。

「初めてだから優しくしてね」

「あぁ、わかってるよ」

 そのうちパイプベッドがギシギシ鳴る音が聞こえてきた。

「痛いッ、もっと優しくして」変わらずベットの鳴る音が聞こえている。

 ミノルはドアを隔てた向こうで、リカが処女を捧げている間、ただ立っていることしかできなかった。ミノルの中で何か大切なものが失われ、それとともに得体の知れない針が胸を深く突き刺す痛みがあった。この初めての感覚に戸惑い、ミノルは廊下の反対側の壁に寄りかかった。ミノルはしばらくの間放心状態でボーッとしていた。

「ガチャ」ドアが開く音でミノルは正気に戻った。保健室のドアからリカと男が出てきた。男は女に手が早いことで評判の悪い三年の行方なめかただった。

制服のリボンを直すため下を向いていたリカが俺に気づいて顔を上げた。リカと目が合った。リカの表情に変化はなかった。

「普通、男子にこんな場面で顔を見られたら恥じらいとか、バツが悪いとかの表情するだろ。俺は男じゃないってことか?」心の中でそう思ったミノルの胸にまた針が刺さった。

「なんでこんな男と」そうミノルが思っていた時、行方なめかたがミノルの胸ぐらをつかみ・・・・

「誰にも言うんじゃねーぞ」と言ってきた。その時ミノルの中で何かが弾けた。行方なめかたにヘッドバットをくらわせた後すかさず腹に膝蹴りを入れた。倒れ込んだ行方の後頭部めがけてサッカーのインステップキックを放った。行方は気を失い倒れたままになった。

「ミノル、もうやめて!」リカの声に我に返り、急いでその場を離れた。



音楽室に戻ったミノルは、ヤケになってギターを弾いた。体はギターを弾いているが、心の中には様々な思いがわき上がってきた。

「俺はリカの彼氏じゃなかった!」

「俺はリカの初めての男になれなかった!」

「リカは俺を男と思っていなかった!」

「俺はお友達と言う生き物でしかなかった!」

「リカはもう純潔じゃない! 汚れちまった!」

リカに自分を全否定された事実はミノルの心を凍らせた。胸には無数の針が刺さったままでいる。



 夏休みに入っても、部活は休みではない。ほぼ毎日登校し、一心不乱にギターの練習をした。ギターの練習をする事で現実から逃げているのか、現実を受け止めているのか自分でもわからなかった。

「ずいぶん上達したわねぇ。もう初心者じゃなくて中級者ね」三年でミノルがいるバンドのベースを担当している下口絵美から褒められた。

「みんなより練習時間多いから・・・・」練習時間が多い理由は誰にも言えなかった。

「今度うち来ない? 洋楽のCD沢山あるから聴きにおいでよ。次にバンドで演奏する曲の参考になるから」

「行きます行きます。下口先輩のオススメCDとか聴きたいです」ミノルはギターの練習曲を探していたので、下口先輩の誘いを受けた。

「じゃあ明日でどう? 用事ある?」

「明日ですね。用事なんか有りません。行きます。」下口先輩の誘いは嬉しかった。



 ミノルは下口先輩の家の最寄駅で電車を降りた。駅の改札を出ると下口先輩が普段着で待っていた。私服の下口先輩は制服を着ている時よりも大人っぽく見えた。下口先輩はカワイイと言うより美人という言葉がピッタリの人で、スリムな体型なのに胸は大きい。世の中にはこんな美人が少なからずいるのになぜ俺には・・・・

 下口先輩の家に入ると誰もいなかった。

「今日は家に誰もいないんですか?」

「両親は共働きだし、兄貴は八月から夏休みに入ったから毎日遊び呆けてるわよ」

「そうなんですか」ミノルは相槌を打つ。

「早く私の部屋に行こうよ」ミノルは下口先輩の後を着いて行った。

 下口先輩の部屋はCDラックに囲まれていてラックにはCDがギッシリ入っていた。

「じゃあ、私のおすすめ曲を順番に流すわね」ミノルは聞いたこともない曲を聞けて興奮していた。

「どのバンドが気に入った?」

「アイアン・メイデンがいいです。特に(撃墜王の憂鬱)のリフがカコイイです。次はこの曲やってみたいです」

「ノリのいい曲よねー。私もこの曲好き」下口先輩がそう言うと、先輩の顔がミノルの顔に近づいてきて、先輩の唇がミノルの唇に合わさった。それから2人の舌が絡み合った。舌が絡み合いながら下口先輩は自分の敏感なスポットにミノルの指を導いた・・・・


 ミノルは自身の分身を下口先輩の中に挿入した。下口先輩は経験済みだった。ちょっと寂しさを覚え、同時にこんな美人の初めての男になれた奴に嫉妬した。また、自分も将来誰かの初めての男になりたいと言う願望が芽生えた。

「大きい」下口先輩は言いながら笑みを浮かべていた。 

 すると、下口先輩の顔にリカの顔が重なって見えた気がした。リカの顔を払い除けようと下口先輩にキスをして腰の動きを速めた。

「あ、当たってる」下口先輩の口から喜びの声が漏れた。しかし、リカの顔は消えなかった。

 ミノルは下口先輩と三回した。美人の下口先輩が初めての相手だったことに対する喜びはあった。しかし、リカが初めての相手だったらと思う気持ちが心の中に残っていることへの嫌悪感は拭いされなかった。心の中に葛藤はあったが、ミノルは下口先輩と付き合う事になった。



二学期の期末試験が近づいてきた頃、

「保科リカが退学になったらしいぞ」クラスメイトの噂話にミノルは反応した。

「退学理由はなんだよ」

「妊娠したんだって。相手は三年の行方なめかた先輩らしいぞ」

「行方って女にすぐ手を出す評判の悪い奴だろ。保科も悪い男に引っかかったなぁ」

「当然、行方なめかたも退学だって。いい気味だよなぁ」

「保科の親は、行方なめかたの親にリカが十八歳になったら結婚させろって、結婚しなかったら訴えるっていってるらしい」

「十八歳で結婚しても、二人とも中卒扱いになる訳だし、十代にして人生詰んだって事だろ? 二人とも自業自得だよなぁ」

 クラスメイトの話を聞いていた直後のミノルの胸に針が刺さった痛みが甦った。そしてミノルの心に色々な思いがあふれ出てきた。

「なぜあんなクズ男の子供を妊娠するんだよ!」

「子供を堕ろさなかったって事はあのクズ男の子供が欲しかったってことかよ!」

「あんなクズ男に抱かれなければ人生詰むことなんてなかったんだよ!」

「・・・・ザマーミロ」リカへの怒りが違った方向に向かって行った。

「リカ、お前は俺を選んどけばよかったんだよ!」

「俺を選べば、この若さで人生が詰むこともなかったんだよ!」

「あのクソ男と不幸のどん底に落ちやがれ。ザマーミロ! バカヤロウ!」ミノルは心の中で泣きそうになりながら、叫んでいた。

 ミノルの胸にまた針が刺さった。



 下口先輩が卒業したあと、二人の交際は自然消滅した。その後ミノルは高校在学中に複数の女子高生や女子中学生と交際し、その子達のほとんどはミノルが最初の男になった。ミノルは自信にあふれ、高校生活を楽しんだ。しかし、保科リカのことが心の片隅に微かに残っていた。



ミノルは大学生になり就職活動を始めた頃、高校の同級生と飲みに行った。

「同じ高校に通ってた保科リカって覚えてるか?」

「あぁ覚えてるよ。 妊娠して退学になった子だろ」

「その保科リカがソープに落ちたってよ」

「え!何で?」

「旦那の行方なめかたが借金作って、その肩代わりに保科がソープで金を稼ぐらしいぜ」

「ミノル、お前高校入学したての頃、保科と仲良かったけど結局やらせてもらってなかったんだろ? ソープ行ってくれば?」

「保科よりカワイイ彼女がいるんだぜ。行くわけねーだろ」表面上は友人の提案を拒否した。

 ミノルはリカを抱きたいという思い、リカに会ってその身の上を思いっきり罵倒してやりたい思いが湧き上がった。

 三次会まで付き合った帰り道、リカの身の上を聞いた直後の思いとは違う思いが芽生えてきた。

「リカがまた汚れていく。 俺のリカが汚れていく」

 ミノルの胸にまた針が刺さった。



 ミノルが大手電機メーカーに就職し、入社から二年が過ぎた頃、ミノルは複数の女性と同時に交際していた。その中の一人とベッドをともにしてピロートークを楽しんでいた時、

「私、ミノルの赤ちゃんが欲しいな」女が突然大胆なことを言った。

「えっ! 何で?」ミノルは彼女が言った言葉の真意がわからなかった。

「妊娠すればミノルを独占できるかも知れないでしょ?」彼女の言葉にミノルはハッっとし、昔の出来事を思い出した。

 ミノルはホテルを出て一人で帰路に着いた時、彼女のさっきの言葉を思い返していた。

「あの時のリカは、行方なめかたを独占したくてわざと妊娠したんじゃないか?」

「行方は女に手が速く、女にだらしがなかったからリカ以外の複数の女子と同時に付き合ってた可能性は十分にある」

「リカ、お前はなんてバカなことをしたんだ!」

行方なめかたなんてクズ男は独占する価値のない男だぞ!」

「何で自分の体を大切にしなかったんだ!」

「あのクズ男のせいで毎日好きでもない男に抱かれる生活を送ってるんだぞ!」

 ミノルはあの時、リカが取った行動の理由を認めたくなかった。

 針の痛みの理由が一つ分かったような気がした。




 ミノルは高校卒業十周年を記念して企画された同窓会に出席した。十年ぶりに会う旧友と、お互いの変わった姿をあれこれ言って笑い合った。楽しい時間を過ごした後、気の合う仲間で二次会に行った。

「一年の時に妊娠して退学になった保科リカっていたろ。今入院してるってよ」

「何で入院してるんだ?」

「B型肝炎だって。あいつソープで働いていただろ。多分客に移されたんだと思う」

「B型肝炎で入院てことは劇症肝炎になってるってことだろ? 致死率70%じゃねーかよ」

「あぁ、荒れた生活送ってたんだろ? 身体が耐えられないんじゃねーか? いつまで生きていられるやら」

 ミノルは三次会に誘われたがテキトーな理由を言って誘いを断った。家に帰る道すがらリカのことが頭から離れなかった。

「リカ。ウソだろ、本当に死ぬのか?」

「リカ。お前に幸せな時はあったのか?」

「リカ。お前の人生、後悔することばかりだっただろ? 俺はそうでも思わなきゃ・・・・心がバラバラになりそうだ」

 ミノルの胸に凍った針が突き刺さった。



 リカの入院を知った二ヶ月後、リカからミノルの実家に連絡が来た。病院で会って話したいと。親からこの話を聞いた時、病院に行くか否か考えたが、結局行く事にした。

 病院で会ったリカには十五歳ごろの面影が微かに残っていた。病院服の隙間から見えた新旧の打撲痕はリカが行方から頻繁にDVを受けていたことを示していた。

「ミノル君お久しぶり。懐かしいわ」

「あぁ。で、話って何?」ミノルはわざとぶっきらぼうに話した。

「私ね、もうすぐ死ぬの」

「あぁ。そうらしいな。噂で聞いてたよ」ミノルはわざと冷たい言い方をした。

「私が死んだ後、娘が心配なの。」

「・・・・」

「私が死んだあと娘をお願いします。もう頼れる人はあなただけなの」彼女の言葉から察するに娘のことをお願いした相手はミノルの前に何人もいた事がわかる。リカにとって大事な娘を託す人の序列の最下位に自分がいる事にミノルは怒りを覚えると共に死ぬ間際のリカから適当に扱われている事に絶望した。

「俺は君の幼馴染だったけど、君の彼氏でもなかったし、君から男として扱われた覚えもない。娘をお願いと言われても迷惑だよ」リカは泣き出した。

「結局、行方なめかたみたいなクズ男を選んだからみすぼらしい人生を歩んできたんだろ? 他の男を選べばもっと違った人生が送れたはずだよ。君の人生は幸せだったのかい?」

「幸せだったわ。彼は私にだけは優しかったから。彼を愛しているわ」ミノルにはリカの言ってることが理解できなかった。高校で妊娠させられ退学、借金の肩代わりでソープに落ち、日常的にDVされ、もうすぐ死ぬ。これらの原因を作った男を愛してるなんて理解できるはずもなかった。

 ミノルは無言で病室から立ち去った。リカの行動が愛ゆえのものだとは受け入れ難い。でも事実それは存在した。リカの中に。

「いろんな女が俺を選んできたのに、なぜリカだけ俺を選ばなかったのか? 俺を選んでくれる女はったった一人で十分だったのに・・・・」ミノルは声のない鳴き声をあげていた。

 ミノルの胸にまた針が刺さった。


 ミノルは納骨堂の前に立っていた。リカの遺体は親でさえ引き取らなかった。リカは無縁仏になり、遺体を焼いた後、納骨堂に遺灰が撒かれた。リカの人生の最後はこんな惨めな終わり方をした。ミノルは理由があって納骨堂に来ている。リカに対する思いをぶちまける為に。

「君は俺がいない世界で幸せな人生を歩んでいたんだな。君が死ぬ間際まで持ち続けた愛の形は俺には理解できないけど」

「俺には君の死で失った事が多すぎるよ」

「リカ。俺は君に男と認めてもらう機会を永遠に失った」

「リカ。俺は君に愛される機会を永遠に失った」

「リカ。俺は君を抱く機会を永遠に失った」

「リカ。俺は君と幸せな家庭を築く機会を永遠に失った」

「リカ。俺は君が産んだ俺の子供をこの手で抱く機会を永遠に失った」

「リカ。俺は君に看取られながら死にたかった」

「リカ。最後に言わせてもらうよ。こんな死に方をしてザマーミロー!」ミノルは泣きながら叫んだ。この言葉を言わなければ自分の心が形を保てず崩れて無くなってしまいそうだったから。

 ミノルはアイアン・メイデンの中に入ってしまった。



 リカの眠っている納骨堂に老人が少女を連れてやってきた。

「君が亡くなってから五十年経った。その間いろんな愛を経験してきた。人にはそれぞれ愛の形があるんだって事も分かったよ」

「君の愛も長い年月のうちに理解できるようになった。でもそんな愛はごめんこうむりたいけどね」

「そしてずっと考えてきたんだよ」

「私が君の恋人になれなかったのは、どこで何を間違ったのか五十年考え続けたけど結局わからなかったよ」

「二人が結ばれなかったのは運命だ。なんて、そんなのあり得ないだろ。だって二人はこの人生で出逢えたんだし。結ばれるチャンスは無数にあったはずだと思うけど・・・・チャンスを不意にした自分がもどかしい」

「でも後数年もすれば、そんな思いも消えてなくなるんだ」

「数年前からボケが始まってしまった。後何日君のことを覚えているかさえ私には分からない」

「今は自分の死より、君を忘れて生きていく方が怖い」

「だからここに来るのも今日で最後だ。さよなら」老人の目に涙が滲んでいた。

「ヒトミ。お祖母さんに手を合わせなさい。ここにヒトミのお婆さんの遺灰が入ってるんだよ」

老人は少女に手を引かれてお寺をあとにした。老人の左手薬指には指輪ははめていないし、指輪の跡も無かった。






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