第34話:どこにでもいる『クソジジイ』

『スパイさんの晩ごはん。』

第三章:ツーク・ツワンクの老人たち。

第六話:どこにでもいる『クソジジイ』


あらすじ:仕事は終わった。

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『ツーク・ツワンク』で運命の出会いをしてから少し時間が立つ。


あれから私は休みのたびに店の二階に訪れている。


観察していると、この店には食事よりもゲームを愛好する者が集まっているのが判る。老将軍と同じように引退した貴族や、『旅のうさぎ屋』のオニオンのような近所の住人。どうやって知り合えたのか解らないような、貧相な姿の老人もいる。


二階に上がるには誰かの紹介が必要なので、顔触れはいつも変わらない。家から追い出され暇を持て余した老人ばかりだ。


アパートからも仕事場からもこの店は少し遠いが、必ずしも老将軍が居るわけでは無い。というよりも、行っても老将軍に会える機会は少なかった。屋敷に軟禁されているはずの老将軍なのに、どこをほっつき歩いているのか。ほとんどの場合は見ず知らずの老人たちが、私の相手を請け負った。


「最後にこのカードを伏せてワシのターンは終了じゃ。」

「ほれ若造!オマエの番じゃぞ。まあ、その残りのライフではどうしょうもないじゃろうがな。ふっふっふ。」

「くっくっく。今日のデッキは凶悪じゃぞ。」


勝ち誇った老人たちの顔から目を逸らし、私は自分のライフを示す青い石に目を落とす。言われなくても少ないのは解っている。


似たよう状況になったことはある。故郷でもクソジジイに連れられて同じような場所に通わされたことがあるのだ。もっとも、『ツーク・ツワンク』ほどゲームの数は多く無かったが。


クソジジイの友人たちは私が行くと喜び菓子をくれ、あれやこれやと手ほどきを授けてくれた。小さな子供が一生懸命駒を動かすのを見ていて楽しかったのだろう。


そして、『ツーク・ツワンク』の老人たちもまた、私が行くと喜んで新しいゲームを教えてくれた。いや、覚えさせられた。


「『骨鎧の重戦士』を守備表示。『隻腕の剣士』で特攻。」


「ふふ。自棄になりやがって!リバースカード『竹の鳴子』をオープン。」


私が『隻腕の剣士』に重ねたカードと共に攻撃表示にすると、仕立ての良い服を着た老人が待っていたとばかりに、喜んで伏せていた札を開いた。


「『竹の鳴子』の効果で山札の中から騎士を3枚召喚。そして、守備表示の騎士と併せて5枚で『特防騎士団』に成長。ふっ。これで終わりじゃ!」

「やはり、戦いは数だよ。兄貴。」

「やった、『騎士団コンボ』が発動したぞ!!マートンを潰すんじゃ!」


まったく。私は数日前にルールが書かれた冊子を渡されただけの初心者なのだから、もう少し手加減してくれても良いと思うのだよ。


このゲームは覚えることが多くて、何かと面倒だ。そう言えば、故郷のクソジジイ共も私が慣れてくると、まったく手加減をしてくれなくなったものだ。


どこの国でもジジイは同じだ。


「私もそう思う。『隻腕の剣士』に付与した『仕込み腕』を発動。山札から『王援の狼煙』を選択。」


「何じゃと!!武器カードでは無かったのか?」

「まずいぞ、『特防騎士団』では『近衛兵団』に勝てん。」

「くっ、ここまでか…。」


「さて、ライフを支払ってもらおうか。」


「ちくしょう!ワシの負けじゃ!!」


カードをテーブルに乱暴に投げつける老人に眉をひそめながら、私は丁寧にカードを集める。借り物のデッキは丁寧に扱わなければ後から何を言われるか判らない。


「まったく、年寄り相手なんじゃから、もう少し手加減してくれても良かろう?」

「そうじゃ、そうじゃ、最近の若者は優しさが足らん!」

「鬼か悪魔の化身じゃな。」


優しさと言うならば、初めてやるカードゲームに強制的に参加させた老人たちの方が優しさが足らないのではないだろうか。チェスでも将棋でも他のゲームでも勝てないからといって、数度しか見たことの無い複雑なゲームでは辛勝するだけでも一苦労だ。


なので、小うるさい老人たちに耳を貸さず、私は軽く手を挙げて給仕の少年を呼んだ。


今や私が『ツーク・ツワンク』に来る目的は、老将軍でもゲームでも無い。


「いつものを。代金はこちらの老体につけてくれ。」


「かしこまりました。」


自分で投げ出したカードをトボトボと集める老人を一瞥して給仕の少年に注文をする。儀式のように何度も繰り返しているので給仕の少年は快い返事を返して去った。ここでの賭けは珍しくない。もっとも、現金を賭けることはほとんど無く、大抵はここの料理や酒なのだが。


時間を置かずに賞品が運ばれてくる。


金緑で飾られた真っ白な皿に映える透き通る薄紅色。広い皿に三枚しか無いが、それだけの価値がある。丁寧に一枚を摘まんで開けば向こう側が透けて見えるほど薄い。


あの日出会った運命の料理、『生ハム』。


「そんな物ばかり食ってると血がしょっぱくなるぞ。」

「それで頭の血管が切れるんじゃ。」

「おお、怖い怖い。」


老人たちが負け惜しみのように口々に私の恐怖を煽るが、これも儀式のように毎度の事になっているので、私はニヤリと笑むと摘まみ上げた生ハムを空に掲げた。


透ける肉の向こうから陽が射す。


あの日、老将軍との勝負を終えた私は、暇を持て余した老人たちに勝負を誂まれた。連れ合いがいるのでと断ったが、老将軍も勧めるので、一局だけと。


代わりに賭けをした。


そして得た運命の出会い。


最初に老人たちから勝ち取った時は紙のように薄い肉にがっかりしたものだが、口に入れて見れば、これでもかと凝縮された肉の旨味に驚かずにはいられなかった。ステーキやベーコンとは違う、生肉のような野性味がねっとりと舌に絡みつく。


美味い。


老人たちは薄く削がれた生ハムをパンや果物に巻き付けて食べるが、私はそのまま口に入れるのを好む。いや、他の物と併せて食べていては、せっかくの肉の旨味がぼやけてしまうではないか。


塩辛くなった口に辛い酒がよく合う。


最初に食べた日は、延々と生ハムを食べ続けるために老人たちが泣くまで繰り返し勝ち続けてしまった。今では少しだけ反省している。おかげで、こうして只で生ハムが食えるが、あの日以来、老人たちは私を負かす事だけを考えて勝負を仕掛けてくるようになってしまったのだから。


「ほれ、ちゃんと野菜も食わんかい!」

「そんなにしょっぱいものばかりでは健康に悪いぞ。」

「さっさと、嫁さんを貰わんとのぉ。」


故郷のクソジジイ共もそうだった。何かにつけて嫁を貰えと催促してくる。子供を見たいとねだってくる。


人の色恋が彼らの好物なのだ。


私は余計なお世話だと目を逸らし、水に晒した玉ねぎを二枚目の生ハムに巻いて口に運ぶ。いや、老人たちに言われて健康に気を使ったのではなく、これはこれでうまいのだ。ほら、味噌だって色々な物と併せて食べるだろう。


「それで、どっちが本命なのじゃ?」


老人が欠けた月のような目で覗き込んてくる。私がぶほっと咽ると、巻いていた玉ねぎがいっちょくせんに飛んで老人の顔を汚した。生ハムまで飛ばなくて良かった。いや、飛んで行ったとしても洗って食べるのだが。もちろん玉ねぎも。


「そりゃ、もちろんシャロットじゃろう。なかなかの器量よしだし、『旅のうさぎ屋』を繁盛させた才媛じゃ。」


父親のオニオンはパン作りには熱心な職人だったが、商売には向いていなかったらしい。何度かチェスの盤を囲った事はあるが、黙々と静かに駒を動かしているばかりで口は達者ではない。商売には向いていなさそうだ。


「大家の娘はターニップと言ったか。あの子もなかなかかわいかったのぉ。ウチの孫の嫁に来てもらいたいものだ。」

「なにを言ってる。おまえのトコの孫はまだ四歳じゃねえか。」

「どちらも女の貌をしていたのぉ。お前さんが押せばすぐにでも祝言が上げられるんじゃねえか?」


私は平静を装いつつ、浄化の魔法をかけた水に玉ねぎを口に入れる。老人たちはその間も口々に下らない予想をして、私の未来を勝手に妄想している。


確かに二人とも妙に肌に触れてきた気がする。特に、『ツーク・ツワンク』に通うようになったあの日は、両の二の腕に柔らかい感触があった。いやいやいや、有りえない。私は逃げるように酒を呷った。


「どちらでも無いかもしれんのぅ。」

「というと?」

「黄な粉売りの娘の線もある!」


カッ!と目を見開いて老人がのたまうから、私はブッと酒を噴き出す。シャロットもターニップも若いが、黄な粉豆の少女たちは更に若い。人によっては犯罪だと騒ぐものもいるかも知れない。


「なるほど、『ろりこん』と言う奴じゃな。」

「なんじゃそりゃ?」

「少女嗜好のことじゃよ。」


私はそれ以上の話を聞きたく無くて、椅子を蹴って席を立った。もちろん、最後の生ハムは口に入れて。


「勝ち逃げはずるいぞぉ!」


私が耳を貸す必要は無いだろう。クソジジイの妄言に付き合っていたら切りが無いのは学習済みだ。



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次回︰『花街』の優しいうどん




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