第33話:食えない『デザート』

『スパイさんの晩ごはん。』

第三章:ツーク・ツワンクの老人たち。

第五話:食えない『デザート』


あらすじ:増えた。

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老将軍の後について私は階段を登る。ゆっくりと食後の余韻に浸る間もない。


ターニップとシャロット、黄な粉豆の少女たちは、好きなデザートを注文する権利を老将軍から貰うと、私を見捨てた。


今は次のデザートを選ぶのに夢中である。


先ほど豪勢なランチと檸檬ケーキを食べたばかりなのに、その細身の体のどこに入るのやら。


ワイワイと頭を寄せ合う彼女たちは、老将軍に引かれていく行く私に目もくれなかった。私もこの食えない老人の相手をするのなら、彼女たちの間に入っていたかったのに。


彼女たちを先に帰すのは無責任なので、デザートを食べた後は『旅のうさぎ屋』で持つように言ったのだが、聞こえてい無いかもしれない。給仕の男に頼んだので伝えてくれると思うが。


階段を登りきると、チェスの駒の意匠を彫った衝立を越える。


前に訪れた時は階段を登ってすぐの個室に通されたので、この奥は初めてである。衝立の奥は貴族を迎えるために一層豪華な作りになっているのだろうと気構えていたのが、そこには不要な調度品はなかった。


使われているテーブルや椅子には高そうな木を使ってはいるが、実用的。広い場所を確保できるように、不要な物を置かないスタイル。


「よお、将軍!」

「遅かったな。」

「そいつは誰じゃ?」


想定通りに貴族もいくらかいるが、それに混じって街人の格好をしている者がいる。貴族も街人も全てが、引退をしたような白髪の混じった男ばかりなのだが、一階と違って身分の違う彼らが同じテーブルを囲っていた。


老人たちのテーブルには遊具。


チェスに囲碁に将棋、麻雀。勇者アマネが伝えたという最新のリバーシ。カードゲームは見慣れたものから見慣れない手書きのカードまで。壁に寄り添う棚に遊戯の数々が詰め込まれているので、ここで借りて遊ぶことができるのだろう。


小料理や飲物を片手に、参加している者も見ているだけの者といるが、皆が何かしらの遊戯に関わっている。


「オマエもそうとうにできるんだろ?オニオンから聞いてるぜ。」


キャロットの父親、『旅のうさぎ屋』の店主のオニオンには、何度もチェスの相手をさせられている。バケットを50本に増やしてもらう時にも、増やす本数を賭けて対局をしたものだ。


「遊びに来いとは文字通りの意味だったのか…。」


まさか、本当に遊びに来いという意味だとは思わなかった。『ツーク・ツワンク』はレストランなのだから料理を食べに来いという意味に捉えるのが普通だろう。


「聞いてなかったか?サロンってほど洒落た場所じゃねえが、好き者が集まってる。」


老将軍が将軍職を辞した後で、暇に任せて作った場所が『ツーク・ツワンク』だそうだ。つまり、二階は彼が引退した老人たちを集めて、ゲームを楽しむための場所だったのだ。


「引退したと言えば聞こえは良いが、実際には追い出されたが正解だ。」


「追い出された?」


「ああ、追い出されたんだ。オマエも王宮に務めているなら聞いたことないか?」


「いや、ほとんど。」


任務の都合も有ったが、老将軍はオックスを始めとした同志が、まったく情報を掴めていなかった存在だ。興味を持たないわけがない。


仕事場や食堂や厠と、噂の立ちそうな場所で聞き耳を立てたが、老将軍の噂は耳にできなかった。それどころか、私が老将軍の名前を出すと、浮足立っていたようにさえ感じていた。英雄と呼ばれていたのにどういうことなのかと不思議に思ってはいたのだが。


「ふん。セコイ真似をしやがる。」


先の戦争で奮迅の働きをした老将軍は英雄として称えられると同時に、王宮の中に敵も作っていた。


味方のはずの貴族に妬まれたのだ。


自分でも同じことが、いや、もっと上手にできるのに、彼に活躍の場を奪われたと妬む者がいたのだ。老将軍が称えられれば称えられるほど、功績が影に埋もれる者がいる。 そう思い込む者がいる。


老将軍は詳しく語らなかったが、だいたいそんなところだろう。どこの世界も同じだ。


「それで、王宮内の調和を保つためにと引退を勧められた。まぁ、オレも年だから、後継を育てるためと快く受け入れたんだが。」


将軍職を退いたとしても、次代の将軍や隊長たち相談役になったり、後人の教育といくつもの仕事がある。だが、引継ぎもろくにできずに軍を追われたそうだ。


王宮で老将軍の噂もできないのはそのためだろう。彼を称える声どころか残り香まで消すように、みな口を噤んでいた。だから、老将軍の痕跡が王宮には残っていなかった。


王宮を追われた彼は今ではこの『ツーク・ツワンク』で遊ぶくらいしか楽しみが無いそうだ。


「残りの話は打ちながらにしよう。」


そこまで語った老将軍は、囃す老人たちのテーブルを乱暴に空けて、チェスの盤を置いて誘う。


「暇つぶしに付き合ってくれ。」


この一局のために小細工をし、六人前の料理を用意したと思うとバカバカしく思う。しかし、これが英雄と称えられた人間の末路かと思うと同情もしてしまう。


「それとも、いっしょにいた嬢ちゃん達が気になるのか?」


「なんじゃ、女連れか?」

「いっしょに連れてくれば良いのに。」

「バカ!こんなむさ苦しい所に連れてきても退屈じゃろう。」


観客の老人たちを巻き込んだ安い挑発に私はため息を吐き、黒い駒を並べた。


老将軍が言っていたように『旅のうさぎ屋』の店主オニオンに付き合あえる程度の多少の心得はある。昔はよく暇をもて余したクソジジイたちの相手をさせられたものだ。


嬉しそうに目尻を下げる老将軍を尻目に、適当に黒い駒を動かす。


「付き合ってもらう手前すまんが、野暮用であさから食って無くてな。食事をさせてもらうぞ。」


たかがゲームを食事を時間も惜しいほど楽しみにしてたらしい。白のポーンを動かしながら、給仕を呼んで「いつもの」と料理を注文する。


破天荒な見た目とは裏腹にしばらくは定石どおりに駒は動きそうだ。片手間に食事を摂る暇はあるだろう。私は奇をてらう事を考えずに次の黒い駒を進める。


老将軍にアヒルのローストにパンが添えられた皿が届く。たぶん、老将軍の好物なのだろう。だから最上級の饗しに振る舞った。


「ターニップたちも喜んていた。感謝する。」


「気に入ってくれたなら良かったよ。」


老将軍は腰の無骨なナイフを抜いて一閃すると、アヒルのローストは音も無く解体される。


「良い切れ味だ。」


「はっはっは、コイツは何十年も連れ添った相棒だ。機嫌を損ねていたらオレは死んでいた。」


老将軍はそのままナイフを使いパンにバターとマスタードをたっぷりと塗った。分厚く切ったアヒルのローストと生野菜といっしょに挟んで口に運び、また白い駒を動かす。


「まぁ、アイツ等の気持ちも分からなくない。」


引退を受け容れた老将軍は、若い者たちの活躍の場を奪う気は無いらしい。彼が王宮に残ったままだと、人々は実績の無い若者よりも、英雄を頼りにしてしまう。


「けどよ、体を張って頑張ったんだから、もう少し信頼してくれても良いと思うけどな。」


老将軍を追い出した者は彼が自由になることを恐れているそうだ。自業自得だが。


追い出したとなれば、老将軍が離反する可能性を疑わねばならないだろう。英雄を慕う者はそれなりにいるだろうから、彼が立てば追従する者がきっと出る。老将軍にその気が無くとも、英雄と謳われる彼を担ぎ出す者がいるかもしれない。


だが、老将軍を王宮から追い出すことはできても、この世から追い出すことはできないだろう。英雄の名声のある老将軍が居なくなると、色々な所に影響が出る。特に、戦争をしている今は。


実際に、今も老将軍の屋敷は見張られていて、外出時には尾行が付くそうだ。


飼い殺し。


彼の屋敷の庭に草木が無いのは、老将軍の策略でもなんでも無く、ただ彼を見張りやすくするためだった。厳重に封印して怪物が出てこないように。


「おかげでオレは窮屈な隠居暮らしさ。」


尾行を気にせず楽しむために『ツーク・ツワンク』の客たちも老将軍に厳選された者たちなのだそうだ。二階に上げる客を選ぶためにドアボーイを置いている。


オックスたちが情報を手に入れられないのも無理はない。老将軍が自ら気配を消していると思い込んでいたのに、実際には彼の痕跡を消そうとしていた存在がいたのだ。その存在に気付けなかったから情報をつかむことができなかったと言う訳だ。


私は肩の力が抜けた。結局のところ、老将軍にはすでに王宮へも戦場へも影響力が無くなっていそうなのだ。私達が手を下さなくても、怪物はすでに檻の中に入れられている。


私の仕事はこれで終わりだ。


無暗に藪を突つく必要は無い。彼の封印を破らなければ脅威にならないのだ。


私は弱く発泡する林檎酒を頼んだ。


コツコツと単調なリズムの序盤戦が終わると打ち筋が変わった。幽閉されているとは思えないほど大胆に、老齢に見合わず力強く。


さすが音に聞こえた英雄。私は次第に老将軍の打ち筋に惹かれていった。



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次回︰どこにでもいる『クソジジイ』


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