第27話:閑話前編:ターニップの『誤算』
『スパイさんの晩ごはん。』
第二章:味噌ほど美味いものは無い。
閑話前編:ターニップの『誤算』
あらすじ:マートンが黄な粉豆の少女達にバン運びを引き継いだ後日譚のターニップ視点。
------------------------------
からりと晴れた日に、私はいつも通り店番をしながらかぎ針をせかせかと動かしていた。マートンさんが来た雨季の終わりからだいぶ日が経った。そろそろ暑くなる。
だから、編んでいるのは薄手の靴下。
本当は涼しげなカーディガンとか、レースの手袋や帽子なんかも編みたいんだけれどね。生憎とうちは雑貨屋で、服屋さんじゃない。颯田な商品が並ぶ棚に置き場所はないし、季節の変わり目に売れ残りを仕舞う倉庫も無い。どう頑張っても服屋さんに勝てる見込みがない。
それに、昔に比べて服は売れない。
戦争が起きてから派手な服を控える風潮になったのもあるけれど、働き手を取られた家や、難民として逃げてきた人はそもそもお金が無い。服にお金をかける余裕があるなら、万が一の時のために貯金をしたり、いつか帰郷した時に家を立て直す費用に当てる。
だから安い服が売れるのだけど、安い服は糸が太いんだよね。細い糸より作りやすいし、編み目の数も減らせるから。糸が太ければ丈夫だし、そんな服を買う人は時間がない。洗濯をしないで、浄化の魔法で済ませるから、余計に長持ちになる。雑貨屋の出番なんて無いの。
その点、靴下はそこそこ売れる。
靴を履く時にはは靴下は必要だし、足の裏で体重を支えるから擦り切れるのが早いの。お金が無い人ほど重たい物を運ぶし、長く歩く。サンダルを履いたり靴を何足も用意したりできれば、靴下を履かなかったり太い糸を使ったりできるけどね。
何より、高価な服を着れない風潮とはいえ乙女心。ちょっとはお洒落をしたいじゃい。下着や肌着は見せられなくてつまらないから、目立たずに遊べて安く買える靴下は格好の小物なの。
もちろん自分で編む人もいるけど、足の裏に敷く都合上、網目を均一にしないと歩き難くなるし、細い糸を使うから網目が増えて面倒くさい。買って済ませる人も多いのよ。
私の編む靴下は端切れや古い布を解いた糸も使っているから、安くて可愛いと評判なのよ。編んでいる途中でもお客さんからの注文を受け付けるしね。
私にとっては雑貨屋の片隅に置けて、店番の合間に手軽に編める。売れ行きもそこそこあるので良い商品だ。
向かいに座って詰将棋を指していたルバーブさんとの他愛ない会話も途切れて、私はリズム良く靴下を編む。
マートンさんにはどんな靴下が似合うかしら?
彼には悪いことをしてしまった。お土産に貰ったパンが美味しかったから、また買ってきて欲しいとねだってしまったの。彼との共通の話題にもなると思っていた。
それがあんな大変なことになるなんて。
私が美味しいとマートンさんの手柄を自慢したせいでもあるけど、いつの間にかマートンさんは50本ものパンを運ぶようになってしまっていた。
いつでも断ってくれて良かったのに、彼は黙々と運んでくれた。治安の悪い道を、50本のパンを見てヨダレを垂らす裏通りの孤児に安い炒り豆を分けながら。言わないから気づくのに時間がかかった。
それはパンの重さも。軽いとたかをくくっていたパンも50本も集まると、4歳の男の子くらいになってしまう。近所の奥さんとふざけて量った時は血の気が引いたわよ。
パンを受取って近所の人に配る役目を引き受けたから会話は増えたけど、事務的な内容ばかりになってしまったし、彼が休日のたびに出かけてるから、ゆっくり話す機会が減った。
進展が無いの。
何かしなければ変わらない。靴下を贈ることができれば身に付けて貰えるし、お礼にまた食事に誘ってもらえたり!
きゃっ!
カバンひとつだけで引っ越して来たマートンさんは季節の衣装なんて持ってないわよね。持っていたとしても、靴下なんて何足あっても困らない。
スカートを履く女の子と違って、男の人はズボンに隠れてしまいがちだけど、歩く時にチラッと見えた靴下にセンスがあると格好いいじゃない。
そこに少し私の想いを込めてもいいよね。単一の色にして陰影で花柄を編み込む。そうすれば目立たないし花言葉の意味を持たせることもできるのよ。
でも、プレゼントにはぴったりだけど、渡す理由が思いつかない。50本のパンを運んでもらっていたお礼はしてしまったし、あまり意味も無くプレゼントをすると、他の店子さんと差ができて父さんに悟られてしまう。
どうしょうかと悩みながら手を動かしていると、元気に歩く少女が近づいてきた。
「こんにちわ!ターニップ。」
この子は黄な粉豆売りの女の子で、私より4つも年下で、背も頭一つ低い。
「こんにちは、レンティルちゃん。今日はお友達は一緒じゃ無いの?」
友達と3人でマートンさんからパンを運ぶ仕事を引き継いでくれて、いつも2人以上でこの先のパン屋に来る。彼から彼女たちが困っていたら手を貸して欲しいと言われているので、通るたびにお茶やお菓子をあげていたら懐いてくれた。
「キドニーは体調が悪そうだったし、チックピースは手が離せなかったから独りで来たの。」
彼女たちが運ぶパンは10本程なので、マートンさんが運んでいた時ほど重くない。それでも2人以上で運んていたのは、戦争のせいで衛兵さんか減り治安が悪くなっているからで、マートンさんは彼女達が事件に巻き込まれないように細心の注意を払っていた。
運送屋のチキンに雇わせたり、いざという時に助けを求められる場所を作ったり。うちもそのひとつ。ぎっくり腰持ちの父さんでは心許ないから、フライパンを用意しているの。1枚は暴漢に襲われたレンティルちゃんを助けるために凹ませたから新しいのを3つ。武器にもなるし売り物にもなるから増やしちゃった。
「危ないからダメよ!」
フライパンを持った私でさえ怖くて遠くまで行けないの。マートンさんがスリに遭ったのは記憶に新しいし、そうでなくとも腕力の無い女性や子供は狙われやすくて、奪われる物が多い。
ただでさえ小さな裏道に入ると腕や足が無い人が座っていたりするし、痩せ細った子が物乞いなんてしていたりしたら見ていられない。
「慣れたから平気よ!」
「慣れ始めが一番怖いのよ。」
私はマートンさんの好意を無駄にしないようにと、雑貨屋の仕事を手伝い始めた頃の失敗を例に話し始めようとしたけれど、レンティルちゃんはそわそわとして聞く耳を持たなかった。大事な話なのに。
「おじちゃんはいないの?」
そっぽを向くレンティルちゃんの気持ちも解らなくないので、私はお小言を止めることにした。彼女が私を頼りにできなくなる方が危険だと判断したの。チキンに伝えて言い含めてもらおうと考えながら私はため息を吐いた、
「今日は休日出勤だって。」
なんでも、王宮に突然のお客さんが来たらしくて、マートンさんも駆り出さたの。せっかくの休みなのに。
「レンティルちゃんがパン運びを代わってくれて無かったら大変なことになっていたって、感謝してたわよ。」
「そっかぁ。せっかくお土産を持ってきたのに居ないのかあ。」
かわいくふくれるレンティルちゃんが手編みの可愛らしいポシェットから包を取り出した。これがマートンさんへのお土産だったらしく、中身は曲がったお爺さんの指のようなお菓子。
「カリントウ…かしら?」
でも、私の知っているカリントウよりも色が薄い。私の知ってるの黒糖を溶かして絡めるので真っ黒だけど、レンティルちゃんが開いた包のはミルクティーのように淡い茶色だ。
「キャラメルカリントウっていうの。最近の私のお気に入りなの!」
レンティルちゃんが持って来たカリントウは黒糖の代わりにキャラメルを絡めているそうで、砂糖を焦がした深く甘い匂いが鼻をくすぐる。
「美味しそうね。」
不格好なお菓子から香る私の心を揺さぶる匂い。カリントウもキャラメルも別々に知っているけれど、合わさったらどんな味がするのかしら。
「せっかくだから食べる?」
「いいの?」
「あはっ、ターニップにはいつも助けてもらってるし。」
私はすぐに机と椅子を出した。王宮の門番をしているゴードの時は父さん達が使っている机を借りたけど、レンティルちゃん達が来るようになって私自由に使える机を用意したの。ティーセットを置いておけるしマートンさんも座ってくれるしね。
レンティルちゃんも店の隅に置かれた小さな焜炉に慣れた手付きで炭を入れ、魔法で火をつけた。あれよあれよと言う間に、お茶の支度は整い席に座る。
「いただきます。」
「召し上がれ!」
歪に曲がったキャラメルカリントウを口に入れると、レンティルちゃんはにやにやと覗き込んできた。
「どう?」
「美味しい!」
口の中にミルクをゆっくりと丁寧に炊いたキャラメルの味が広がり、噛み砕くとザクザクと楽しい音がする。
そこにはカリントウの黒糖のクドさも、キャラメルの柔らかくて歯にくっつく不快感も無い。
ただ、組み合わせを変えただけなのに、これほどまで変わるとは思わなかった。
「でしょ!」
私の感想に満足したレンティルちゃんもキャラメルカリントウに手を伸ばし、満面の笑みを浮かべた。
これからしばらくは女の子だけのティータイム。私は小さな友達と新しい味を楽しむの。
マートンさんもいれば最高だったけどね!
------------------------------
次回:ターニップの『嫉妬』
まだパソコンは買えていませんが更新します。なんとか思い出して書くことができましたので。
細かい所は違うと思いますし、スマホで書いているのでレイアウト違いとか誤字チェックが甘いとか見苦しいかもしれませんが、お目溢しを願いします。
できればこのまま再開したいですが、スマホでの作業は不便で目が疲れました。更新できなかったらお察し下さい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます