第24話:鳴りやまぬ『喝采』

『スパイさんの晩ごはん。』

第二章:味噌ほど美味いものは無い。

第十話:鳴りやまぬ『喝采』


あらすじ:パン運びを黄な粉豆の少女たちに押し付けた。

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「そろそろ帰るッス。」


ホットドックは食べ終わり、紅茶も残り少ない。黄な粉豆の少女たちも『勇者の雲』を挟んだパンに満足したのか、うつらうつらと船をこぎ始めていた。


幸せそうに眠る少女たちには悪いが、『旅のウサギ屋』の娘、シャロットの邪魔になる。私とチキン先輩で眠そうに目をこする少女たちを起こしていると、シャロットが近寄ってきてもじもじと体を揺すり始めた。


「どうしたッスか?」


「あのね。ひとつ。お願いがあるんだけど。」


シャロットは顔を赤らめてずっしりと重そうな大きな袋を差し出す。中身に期待した黄な粉豆の少女たちは目を輝かせて奪い合うので、チキン先輩が代表して受け取って中を見た。


「ま、豆…大豆…ッスか?」


袋の中身が大豆だと解った時点で少女たちはガッカリと興味を失ったようだ。まあ、黄な粉を扱う彼女たちにとっては毎日見飽きているものだろう。


「これを黄な粉にして欲しいの。」


私から黄な粉を使ったパンを作ったら美味しそうだと聞いてから、シャロットは試作品を作りたいと考えていたそうだ。当然、黄な粉を混ぜるには大豆を粉にする必要がある。


魔道具の石臼を使えば放っておいても黄な粉を作れる。だが、小麦を作る間に違うものを挽こうとすれば石臼を分解して清掃し、組み立て直して大豆を挽き、挽き終わったら同じように石臼の清掃をしないとなければならい。


パンの売り上げが予想外に伸びてしまって小麦を挽く時間さえ足りてない中で、とてもじゃないが魔道具の石臼を大豆に使う時間はなかった。


「それで、昔使っていた普通の石臼を使いたいんだけど…。」


「もう、こんな時間ッスね。自分は彼女たちを送って行かなきゃならないんで、後は頼んだッス。」

「あたしたちは邪魔になるわね。」

「男の人の方が頼りになるからねしょうがないわよね。」

「シャロットのパンおいしかったよ!」


チキン先輩は大豆の入った袋を私に渡すと、黄な粉豆売りの少女たちの手を引いて一目散に逃げて行ってしまった。黄な粉売りの少女たちも実に協力的で、まるで予め打ち合わせをしていたように、一切の無駄も無く出て行く様は芸術的でさえあった。


「お願いできるかしら?」


私も続こうとしたのだが、シャロットに二の腕を両手でしっかりと絡め捕られて逃げられない。いや、元から彼女は標的を私に絞っていたのかもしれない。童顔でもチキン先輩の方が力はあるのに。


「…石臼はどこだ?」


黄な粉をまぶしたパンも美味そうだと、シャロットの興味を引いてしまったのは自分だし、休日のたびに50本ものパンを作って貰った恩もある。彼女の助けになるならと覚悟を決めた。明日は筋肉痛になって王宮の先輩たちに怒られるかもしれないが…。


石臼は店の裏にあるというので赴くと、ガラクタであふれた大きな倉庫に案内されて影も見当たらない。


「たぶん、あっちの奥の方にあると思うんだけど。」


シャロットの示した方向には痛んだテーブルや椅子が積み重ねられていて、間にも古くなったカゴやトレイが隙間なく詰め込まれている。風雨に晒されるテラス席で使っていた物や、傷が増えて使えなくなった物らしく、そのうち薪に変えて使う予定だったそうだ。


どうやら、この荷物の山から石臼を探すところから始めないとならないらしい。


「今日中に探し出せると思うか?」


「難しいかな?」


「絶望的だ。」


倉庫の前にはほとんど場所がないので、之だけの荷物を外に出す場所がない。豆を挽くだけでも一苦労なのに、これだけ沢山の椅子やテーブルを遠くに運ぶとなると、私独りでは手が回らない。チキン先輩たちがいれば手伝ってもらえたのだが。


「どうにかならないかな?」


上目遣いの瞳に涙を浮かべられると私は困る。何か使える物が無いかとキョロキョロと辺りを見回して、こんなに手間になるのなら、黄な粉豆の少女を帰してしまうのでは無かったと後悔した。


彼女の家になら黄な粉を粉にする石臼が置いてあるだろうし、作業の合間に借りれば掃除の心配が無かっただろう。今から彼女の家に行った方が早いかと思案していると、ちょうど良さそうなものが目に入った。


「それは使えないか?」


倉庫の隅に片付けられていた大きな陶器のすり鉢。大聖女オヨネ様が伝えた逸品で、内側に縦横無尽に溝が掘られていて、中に粉にしたいものを入れてすりこ木という木の棒で潰す仕組みだ。


陶器なので石臼よりも軽く少しの量を潰すのに便利なので、今ではどの家庭にも置かれている。私は使ったことは無いが、シャロットが持っていた大豆の量なら何とかなるかもしれない。少なくとも、倉庫を片付けて石臼を探すよりは現実的に思える。


「使えると思うけど、大丈夫?」


「やってみるしかない。」


シャロットに大豆を炒ってもらっている間に、私は古くなった椅子を壊してすりこ木を削り出す。すり鉢といっしょに丁寧に水で洗い、水の魔法を使って一滴の水分も残らないように乾かすと、テラス席のテーブルをどかしてゴザを引いて、浄化の魔法をかけると靴を脱いで裸足で乗った。


今日もからりと天気がいい。


ゴザの上に胡坐をかいてすり鉢を足の裏で支えると、シャロットが炒りあがったばかりの大豆を入れた。軽くすりこ木で押し付けるとパリパリと薄皮が剥けるので、風の魔法の渦を作って集める。多少は通りに零れてしまうのは仕方ない。そのためにわざわざ外に出てやっているのだから。


だがなぜか、私の周りに見物客が集まっているのは気のせいか。すり鉢など珍しくも無いだろうに。


薄皮を取り除き終わったら、いよいよ本格的に大豆を潰し始める。少しずつ丁寧に叩くと、コンコンという音でまた人の興味を引く。大豆を増やしてゴリゴリと擦る頃には人だかりができていた。


見世物では無いというのに。


汗が噴き出てきたので風の魔法で涼をとりながら、流れる汗が黄な粉に落ちないように水の魔法で集めてゴザに流した。


粉になった大豆を篩にかけて粒を馴らすと、黄な粉特有の香ばしい匂いが広まる。観客の中の何人かが物欲しそうな顔をしているが、私は素知らぬ顔で篩に残った荒い粒をすり鉢に戻し、大豆を追加して作業を繰り返した。


「できた?」


「ああ、希望に応えられていると思うぞ。」


店の中から様子を窺いに来たシャロットに出来上がったばかりの黄な粉を渡す。篩にかける作業は面倒だったが、粉の粒は整えられた。シャロットは出来上がった黄な粉をひとなめすると、満足そうに頷いて、新しい大豆の入った袋を渡してきた。


「ありがとう。この袋もよろしくね。」


一度にフライパンに入れられる量が決まっているとは言え、彼女が必要とする量を確保するには何回も繰り返す必要がある。すでに私の手足はパンパンだ。すりこ木を操っている腕はもちろんだが両足もすり鉢を支えていて、それらをつなぐ腰から背中もと全身を使っているのである。


黄な粉豆の少女の家ではこれを毎日やっているのか?いや、彼女らの家ならば、石臼を使っているに違いない。石臼ならば臼の重さを使えるので、もう少し楽にできるだろう。


代わって欲しいとシャロットに目で訴えかけたが、彼女は出来上がった黄な粉を持っていそいそと店の中に戻ってしまった。


私でも大変なのだから、腕の細い彼女に頼るのは間違っているのかもしれない。まあ、観客の何人かがシャロットに続いて店に入って行ったので私を見続ける目の数が減ったのが救いだ。


ゴリゴリと同じ作業を一心不乱にしていると、減ったはずの観客がいつの間にか増えていた。


開け放たれた『旅のうさぎ屋』のドアから黄な粉と小麦の焼ける良い香りが流れてくる。観客の何人かはまたふらふらと店に入り、そして、満足そうに出て行った。


「できたわよ。」


「私もだ。」


私が全ての大豆を粉にし終えた時、焼きたてのパンの匂いをまとったシャロットが2つの木のトレイを持って出てきた。観客は盛大な拍手をしてシャロットを迎える。


トレイには冷たく淹れた紅茶と、出来上がったばかりの黄な粉を練り込んだパンと糖蜜をかけたパンが置かれている。糖蜜をかけたパンをすり鉢に入れると黄な粉のまぶされたパンが出来上がる。


私は冷たい紅茶で喉を潤すと、糖蜜をかけて黄な粉をまぶしたパンを口に手を伸ばす。黄な粉の粉っぽさが疲れた喉には辛いが、小麦と大豆の共演は素晴らしく、疲れた体に甘い糖蜜が体に染みる。


「美味い。」


なぜか、観客から喝采が上がる


次に、黄な粉を練り込んだパンを口に運ぶ。小麦に混じって素朴な黄な粉の香りが漂う。当たり前だが黄な粉をまぶしたものより香りが弱いが、ほんのりとした甘味に独特の懐かしさを感じて体に何かが溢れてきた気がする。


「美味い。」


なぜか、私が美味いという言うたびに観客から喝采が上がる


「さあ、出来上がったばかりの試作品よ。少ししかないから味わって食べてね!」


シャロットがもうひとつのトレイに残ったパンを一口大に切り分けて観客に振舞うと、喝采はひときわ大きく鳴り響いた。やる事を終えた私はゴザの上に寝転んで、からりと晴れた青い空にため息を吐いた。



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次回:シャロットの『招待』


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