第23話:『少女たち』と。
『スパイさんの晩ごはん。』
第二章:味噌ほど美味いものは無い。
第九話:『少女たち』と。
今年もよろしくお願いします。
あらすじ:パン屋ツアーになった。
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結論から言えば、私が買えるパンの数は減らされた。
パン屋である『旅のうさぎ屋』でシャロットから買っていたバゲットの数は50本。
私が朝食用として買う分もあるが、パンの美味さがターニップから広がってしまったのでアパートや近所の住人の分がほとんどだ。私は彼らから金を受け取って出かけられる休日にバケットを袋に入れて帰っていたわけだが、1人の男の背中に50本のバケットは多すぎる。
商売をやっている様子もない男の背負う袋が通るたびに大きくなる。
それは黄な粉豆の少女のいる通りの女将たちの興味を引いた。
女将たちは私が懇意にしていた黄な粉豆の少女に袋の中身を聞かせた。もちろん、私も隠す必要も無いのでただの雑談として答えたわけだが、『休日ごとに50本も買い求める男がいるパンはどれだけ美味いのか?』と、私の背中の荷物は話題になったそうだ。
つまり、私は知らぬ間に『旅のうさぎ屋』の歩く看板になっていて、先日の『女たちの買い出しツアー』に至った。
私が50本を買うだけでも大変だったのに、女将たちの購入でシャーロットは更なる増産を求められた。人気が出てパンが売れるのは好ましいが、『旅のウサギ屋』には魔道具の石臼は1つしかない。石臼を増やそうにも魔道具は高価で、今の石臼も老将軍に貸与されてやっと得たものだ。
『旅のうさぎ屋』は職人も少なく、急な増産は難しい。それに、私がこれからも休日のたびに50本のパンを背負っていると、更に客が増えてしまうかも知れない。
私は自分の分しかパンが買えなくなった。
代わりと言っては何だが、バケットを運ぶ役割は黄な粉豆の少女と彼女の友人たちに委ねられた。
『旅のウサギ屋』の負担が大きいのは、私が50本のバケットを買いに行ける日。つまり、私の休日だ。どうせ食べるのにも時間がかかるわけであるし、まとめて作っていた分を私が王宮に出勤している日にも生産を分散させれば1日の負担は減り魔道具の魔石にも余裕ができる。
黄な粉豆などを売って稼いでいた彼女たちなら、毎日でも『旅のうさぎ屋』に通う事ができたし、彼女たちも安定した小遣いを得られる上に、黄な粉豆を売る場所も広がる。
配達先はターニップが買っていた近所のパン屋と、果物屋の女将がパンを買っていたパン屋と、パン屋だけに限定した。黄な粉豆の少女たちに購入希望者の家を回らせるのは大変だし、家庭の都合で買い取ってもらえない日ができると少女たちの負担になる。
少女たちが配達するパン屋は、ターニップたちが『旅のうさぎ屋』からパンを買うようになったので、売り上げが落ちている。彼らにも多少の利益を分けることで反感を和らげられるし、パン屋ならパンの扱いに長けていると考えたのだ。
客足が減っているのを肌で感じていたのか、両方のパン屋で思った以上にすんなりと話が進んで、驚いたのはこちらの方だったが。
『旅のうさぎ屋』のパンはもともと高いのに、パンを運んだ少女と販売するパン屋にも利益を渡すのでさらに高くなる。『旅のうさぎ屋』のパンが売り切れていたり高いと感じたなら、店に置いてあるパンを選択する。店に来る客が減るくらいなら、彼らは残ったチャンスを生かすそうだ。
客はパンの選択肢が増えるし、客離れ起こしかけていたパン屋も置くだけで多少の収益は得られる。黄な粉豆の少女たちも新しい収入源が増えて、シャロットも私が来る日だけ50本多く作るという面倒から、毎日数本ずつと負担を分散させられる。そして、私も休日の自由を取り戻せる。
思った以上に、上手く収まったと自画自賛したい気分である。
「いや~疲れたっス。」
色々な根回しを終えて、『旅のうさぎ屋』に戻った私達にシャロットが紅茶を淹れてくれた。先輩と私にはホットドック。小さな少女たちには『勇者の雲』がたっぷりと塗られた柔らかいパンのおまけつきである。
「先輩のおかげで助かった。」
いくら王都だとは言え、戦争の影響で巡回する衛兵は減り、いろいろな人間の出入りもあって治安が悪化している。両親や知り合いの多い商店街ならいざ知らず、少女たちに裏通りを含む長い道を歩かせるには危険が伴う。
なので、少女たちを配達屋のチキン先輩に雇ってもらった。
チキン先輩は王都のあちこちに足を運ぶ仕事柄、顔が広い。私達は少女たちを連れて『旅のうさぎ屋』のパンを置いてくれるパン屋と、その道中にある数軒の店を巡り、彼女たちが困っていたら助けてもらえるように根回しをして回ったのだ。
その結果、増々パンに興味を引く者が増えてしまったのだが。
「ここのパンは本当に美味いッス。知らなかったのが不思議なくらいッス。苦労する価値はあるッス。」
チキン先輩がホットドックを噛み千切るとソーセージがパリッと音を立てる。この店は総菜にも拘っていてソーセージはもちろん総菜にも力を入れていた。ホットドックは私も気に入っていて、赤いトマトのソースは味付けにマスタードのピリッとした辛さが味の薄さを感じさせない。
「そりゃそうよ。父さんが若いころから研究して小麦の味を最大限に引き出しているんだもの。そこらの『勇者パン』にかまけてばかりの店には負けないわ。」
シャロットの父親であるオニオンとも何度も顔を会わせているが、そんなに繊細な仕事をする人物だと思わなかった。彼と会うと趣味だというチェスに一局付き合わされるのだが、いつも賭けのような手を打ってくる、どちらかと言えば豪快な雰囲気があるのだが。
「『勇者パン』ってなんスか?」
「知らないの?勇者アマネがこの世界に来た時に貧しい武器屋に身を寄せることになったの。彼女は糊口を凌ぐために、パンにソーセージを挟んだホットドックを作って売り出した。それ以来、彼女は色々な惣菜を挟んだパンを作ったから、総菜パンを『勇者パン』なんて呼んだりするのよ。」
勇者アマネが名を馳せた後、ホットドックで一財を築いたという話が広まってから、パン屋はいかに珍しい物をパンに挟むかの競争で激化したらしい。
「へぇ、ひとつ勉強になったッス。」
なるほど、交渉したパン屋が喜んで了承したのは、シンプルな何も挟んでいないパンだったのも理由の一つだったのかもしれない。何も挟んで無いパンに自分の店の自慢の総菜を挟んだパンが負けるわけがないと。
「シンプルなパンなら父さんが負けるわけないわ。」
オニオンは『勇者パン』の時流に逆らって自分のパンを目指した。小麦を挽いたからと言って香りの良いパンができるわけではないそうで、適切に作らないと膨みすらしないらしい。なので、たとえ他のパン屋が魔道具の石臼を手に入れても、同じ味にならないそうだ。
シャロットにも彼女の勝算があったのだ。
「でも、助かったわ。配達していた所まで回ってくれるから、私も店の方に集中できるもの。」
「ほんとうにスプラウト伯爵の家はいいッスか?そこだけなら自分が行ってもいいッスよ。」
私達がこの面倒な配達の仕事を引き受けたのも、あわよくば老将軍とお近づきになるためである。巧くチキン先輩が老将軍の邸宅に通えるようになったなら、彼と顔を会わせる事もあるかもしれないと。
「あの方だけはね。魔道具の石臼の話もしなきゃならないし、他の人に任せられないの。」
だが、シャロットはこちらの思惑には乗ってくれず、きっぱりと断られた。魔道具の石臼の報告なんて月に一回もすれば多い方だと思うし、朝食に間に合わせるためには朝早くから時間を割かねばならないのに。
「そッスね。貴族は難しい人も多いっすからね。」
チキン先輩の最後のあがきも空振りに終わったが、ここは大人しく引き下がるしかない。私達の目的が老将軍であることを知られてしまえば、警戒されて難しくなる。
「あら、スプラウト様は気さくな方よ。自分で魔道具の石臼を持ってきて下さるくらいにはね。」
私も先輩たちも色々と手を尽くしているのに、その気さくな老人に会うことすら叶っていない。
私は心の中でため息を漏らした。
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次回:鳴りやまぬ『喝采』
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