第13話:閑話前編:ターニップの『乙女心』
『スパイさんの晩ごはん。』
第一章:敵の国でも腹は減る。
閑話前編:ターニップの『乙女心』
あらすじ:『夜のアパートの仁王』の前のターニップ視点。
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私、ターニップは怒っていた。
新しく入居した人が返ってこないの。
先週、結婚式を挙げたプンタレッラが新居に移り出て行ったのが2日前。部屋を清掃して念入りに浄化の魔法をかけたのが一昨日で、昨日は新しい人に貸すために商業ギルドに行こうと思っていた矢先に、配達屋のチキンが珍しく困った様子で現れた。
チキンには普段から世話になっている。雑貨の配達はもちろん、父さんが腰を患っているので、買い付けに行っても多くを持っては帰れないの。
馬車を持てば解決するのだけど、税金はかかるし、馬の世話をする場所も無いし、飼い葉の用意も大変なのよね。そもそも、直接売りに来る作家さんもいるから、馬車を用立て無ければならないほどの量を買い付けるのは滅多にない。
そこで、チキンの出番になる。
童顔な彼だけど、一人で木箱を3箱も運んでしまうし、面倒見がいいので顔が広く、足りなければいくらでも人足を増やしてくれる。もちろん必要なら馬車も。王都どころか周辺の地図をすべて頭に入れているので、私達は彼に引き取り先の店の名前を告げるだけで商品が届くの。
まあ、その分、しっかりとお金は取られるけど。
だから、困っている時はお互い様、とは言うものの顔の広いチキンが困る事は珍しい。我が家に相談に来る前に自力で解決している場合がほとんどで、どちらかと言うと我が家の方が一方的に困っていることが多いくらい。まあ、だからこそ仕事が成り立つんだろうけれどね。
『部屋は空いてないッスよねえ?』
聞けば、知り合いを回って部屋を探しているそうだけど、あちこちで断られてしまったそうだ。うちのアパートの人気は知っていたから、空いているとは思っていなかったそうで、商業ギルドに行く前に最後の心当たりとしてダメもとで来たらしい。
最近は独り暮らし、あるいは少人数の小さなアパートの需要が高い。
戦争のせいで。
戦争で手柄を得て一旗揚げようと王都に来る人や、武器や防具なんかの戦争に関連する商売のために王都に来る人もいる。けど、小さなアパートが好まれるのは、それよりも大きな理由がある。
戦争で男の人たちが死んでいるからだ。
残った家族には恩賞が出るけれど、稼ぎ頭を失って家を手放なさなければならなくなった人。旦那さんと暮らした家に未練があっても、生活や子育てができなければ仕方がない。
命からがら逃げてきた難民も問題になるくらいに増えているわね。ほとんどの財産を捨ててきたから、大きな家は借りられない。それに、戦える男手は家族を送り出した後に家や畑を守るために残ることも多い。残れればの話だけど。
あとは、息子さんを失った老夫婦。彼らも持ち家を売って安いアパートに入ることがしばしばある。子供との思い出が残る家にいると辛いという理由もあるけれど、息子さんの稼ぎを期待していて老後の資産が足りない人もいる。
逆に、資産はふんだんにあっても、それを譲渡できる子供をすべて失ってしまった悲しい話もある。無気力になった彼らは仕事を辞めて家を売り、残りの人生を小さなアパートに移って暮らすそうだ。
『運が良いわね。ちょうど空いた部屋があるのよ。』
私はすぐに部屋が空いている事をチキンに告げた。困った時はお互い様。というのもあるけれど、実はちゃんと打算もある。
商業ギルドを通して借主を探すと手間賃を取られるし、チキンが保証してくれるというのも大きな理由よ。彼は捨てられた犬猫をよく拾ってくるけれど、いつもしっかりとした飼い主が見つかるまで世話をするし、いなければ自分で飼う。それは人間でも同じなの。
拾った赤の他人の就職までの世話を何度もしているのよ。犬猫とは違って人間は部屋代を払わないどころか借金を作って夜逃げしたりもしたけれどね。彼はその借金の面倒さえ見てしまったのよ。何年もかけて。
『チキン。その人が朝に言っていた人?』
『そッス。後輩のマートンッス。これから王宮で働くッスよ。』
初めて会った人がどうしてチキンの後輩になるのか解らなかったけど、紹介された人間はきちんとした身なりをしていてまともそうだった。いや、それは、このマートンさんに悪いか。でも、チキンが拾ってきたどこの馬の骨とも知れない人間の可能性だってあったんだからね。
『あら、ちゃんとした仕事の宛てがあるの。私はここの大家の娘、ターニップよ。よろしくね。』
平静を装っていたけれど、内心での私は耳を疑っていた。平民の人間が王宮で働くには高い能力とそれなりの伝手がいる。その代わり高給が約束されているんだけど。うち雑貨屋の常連に王宮の門番がいるんだけど、彼ででさえ、そこいらの男の人より貰っているのよ。
内勤のマートンさんが安いわけが無い。
それに、王宮に出仕していれば貴族や豪商とも顔見知りになれるはずだし、文官だから戦争に取られる可能性も低くて、戦争に出たとしても前線に行かされることは無いはず。
そんな人が未だに残っているなんて!
これはうちのアパートより、良物件なのでは?
いや、うちのアパートもそこそこ有名なのよ。なにせ、部屋を出る理由のほとんどが結婚や出産や昇進だからね。プンタレッラが結婚したのだって、最近では減ってきた幸せな結婚だったのよ。それも、玉の輿。
私たちの住むバスケット王国は、前のピートスワンプ王国との戦争の傷も癒えていないのに、フォージ王国と戦争になっている。向こうでは常備軍だけではなく退役軍人に一般の人までも掻き集めて狂ったように攻めてくるから、こちらも多くの徴兵を強いられて男の人が減っている。
王都に残っている男の人はその徴兵を免除されている人が多い。その中でも多いのは家督や家業を継ぐ人。でも、家を守るためだから、親の縁で早々と所帯を持たされる人がほとんどなの。
だからと言って、恋愛しやすい次男や三男はもっと大変よ。
戦争に行く前の思い出として、形だけの式だけ挙げる人だってたくさんいるの。彼らにとっては結婚さえも別れの儀式のひとつ。そして残された女たちは形だけの式で本当に嫁ぎ先に行くわけにもいかず、そのまま部屋に残る。結婚したからと言って幸せになれるとは限らない。
部屋を出ていけたプンタレッラたちがいたから、うちは幸運のアパートって呼ばれるの。
そして、私だってそろそろ結婚を考えなければならない年頃。
そりゃ、他にも色々な理由で残っている男の人はいるわよ。子供たちだって成長するし、治安を守る兵士も必要。全員が戦争に出たら食料の生産だって儘ならなくなるし子供も生まれなくなるしね。
でも、女たちの競争は確実に激化している。戦争で愛する人を失った未亡人たちに、難民として逃げてきた奥さんに娘たち。男の人の数は減っているのに、結婚を望む女性の数は増えているの。
マートンさんは少し不愛想な感じだけど、顔はそこそこで身長もある。そして、貴族からの紹介状を携えているから身元は保証されているような物で、高給取り確定。だけど、田舎から出てきたばかりで知り合いはチキンだけ。つまり、一緒に来てくれるような彼女も奥さんもいないのよね。
これはお近づきになっていて損は無い。
マートンさんと結ばれることは無くても、王宮で働く彼の同僚の目に止まるかもしれない。もしかすると、うちの雑貨を王宮に納めるなんてこともできるかも。彼がうちの雑貨を使ってくれれば貴族にも商品を見てもらえる。門番の男の子が使っても、せいぜい彼の同僚や下女くらいだったのよね。
だから、父さんと面接をしている時に手作りのスコーンを焼いて乱入したりもしちゃった。
普段はこんなに店子に積極的に行動しないわよ。他の女の子も積極的になっているから、少し大人しい方が好まれるのよね。でも、今回は時間が無い。これだけの良物件ならいつだれに取られてもおかしく無いもの。
その日のうちにデート。
ふたりで並んで歩いてみると、思ったよりもいい感じだったわ。無愛想に思えた彼だけど、私の話はしっかりと聞いてくれるし、訪ねれば必ず応えてくれる。自分から話を切り出す事は少ないけれど、どんな話題でも受け答えできる知識がある。
どうも、自分の訛りが恥ずかしいのか、あまり積極的に喋ろうとして無いだけみたい。時々、思いつめたように怖い顔もするけれど、そんな彼がピザの一件では顔を赤らめていたのも可愛かったし。
おかげで、私は笑いが止まらなくなって困ったわ。その後に地面に落ちたピザを躊躇なく食べたのにはびっくりしたけど。浄化の魔法があるからお腹を壊さないと思うし、お財布を掏られてお金の無い彼には仕方のない事だったのかもしれないわよね。
私は父さんを言いくるめて、笑ってしまったお詫びにとマートンさんを夕食に招待した。まだ恋仲になりたいなんて言えないからね。商売の方でよ。
料理に下心はたっぷりと込めたけど。
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次回:閑話後編 / ターニップの『下心』
思いつきで作ったのに長くなってしまいました。
1話で終わらせるつもりだったのに…。
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