第14話:閑話後編:ターニップの『下心』
『スパイさんの晩ごはん。』
第一章:敵の国でも腹は減る。
閑話後編:ターニップの『下心』
あらすじ:マートンさんは良物件。
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そして今朝。
王都までの長い旅路で疲れていたのかマートンさんはお寝坊さんだった。初めての部屋は落ち着かなかっただろうけど、寝ぐせの残る頭が私に気を許してくれているみたいでちょっと嬉しかった。
『おはよう!よく眠れた?』
『ああ、ぐっすりと寝てしまったよ。』
昨日のデートで聞き出したマートンさんの生まれは遠い子爵領の更に山奥で、旅路は野宿もあって大変そうだったし、せっかくの王都なのに昨日も不潔な安宿で済ませたらしい。かび臭い宿屋なんてこの王都に残っていたとは思わなかった。
疲れているだろうところに、私がピカピカに掃除した清潔な部屋と、彼と一緒に買った真新しい寝具。
私もいつか一緒に使う日が来るかもしれないと、気合を入れて選んだからね。マートンさんは暗い色だろうと少しでも安い生地を選ぼうとしていたから、私がちょっと高くても肌触りのいい物を買わせたの。寝具屋の女将さんに『奥さん』って呼ばれて舞い上がっていたのもあるけど。
『今日もお出かけ?』
『仕事が始まる前に、もう少し街の様子を知っておきたくてね。』
『残念ね。今日も私が案内してあげたいけど、父さんが仕入れに行っているの。』
本当は彼の事をもっと知りたかったけれど、父さんが留守だし母さんにも他の用事がある。弟のビーツひとりに頼むのはまだ心許ないので、出かけるというマートンさんを笑顔で見送るしか無かった。仕方なくマートンさんを笑顔で送り出して棚の整理をしながら店番をしていると、一人の常連さんが訪ねてきた。
『やあ、少し話があるから、そこの喫茶店に来てくれ。』
『ごめんなさい。今日は誰も居なくて、店を離れられないの。』
私が断ると彼は不満を漏らしたけれど、店を空けるわけにも父さんのいない部屋に男の人を入れるわけにもいかない。それでも彼は粘るので、店の前でならと、いつも父さんが向かいのルバーブさんと将棋を指す時に使っている机を勧めて、お茶の用意をして彼の前に座った。
本当はお茶請けも用意したんだけど、今日はお土産があると断った彼からリボンで飾った包みを渡された。
将棋盤の上のお皿で陽の光を浴びてキラキラと輝くそれは宝石糖と呼ばれ、南の海のある国から輸入される砂糖と寒天を使った高級なお菓子。見た目が美しくて甘くて美味しいのだけど、私は表面のジャリジャリが苦手。幼い時に転んで口に砂が入った時を思い出すの。
私の代わりに宝石糖をジャリジャリと豪快に噛み砕く彼の名前はゴード。
昨日、マートンさんが王宮に行った時に紹介状を受け取った門番で、うちの雑貨屋の常連さん。本当は部屋も借りたいって言っているんだけどね。少しだけ身の危険を感じて彼には部屋が空いても報せなかった。
理由は簡単で、ゴードは私に気があると思うから。そうじゃなきゃ王宮から彼の家への帰り道でも無い離れた雑貨屋に足しげく通わないでしょ?
門番といっても、一日中、同じ人がやるわけでも無いらしいの。門を守る兵士としての訓練もしなければならないし、街に出て巡回警備もするみたいで、ゴードはその巡回の時に私を見かけて気にするようになってくれたみたい。
でも、私としては少し苦手な人。
見た目は悪くないし王宮で働ける程度にはコネもある。お給金も高いと自慢していた。私には優しくしてくれるけれど、無意識だろうけど他人を見下す言葉を使ったり、他人に横暴な態度を見ていると結婚した後が不安なの。私が老いて醜くなった時、彼は同じような態度をとるかもって。
あと、過剰に自分を無駄にカッコよく見せようとするところとか。自慢話ばかりする所とか。私によく見られたいために頑張っているのだとは思うけど、空回り。
もう少し私の話も聞いてくれて、私に合わせて色々な話題で楽しませてほしいと思うのよ。先輩に槍の使い方のドコソコが褒められたって聞いても私には解らないわ。
男の人が減った今の王都では贅沢な話だとは思うんだけど。
いえ、減ったからこそ、敏感になっているのかも知れないわね。幼い頃から遊んでいた男の子に、面白おかしく野菜を売りまわっていたダンディなおじ様。初恋だったお兄さんも私の前からいなくなった。優しい人からいなくなって、残ったのは口先だけの格好つけばかり。
命を賭けた人たちの優しい思い出だけが残って、想いがしこりになって残る。誰か他に女の人でも作って、嫌な思いをさせてくれていたら文句のひとつも言えたのに。彼らは笑って戦場へと行った。ただの近所の女の子でしかない私を安心させるために。
ゴードも今は王宮で働いているけれど、兵士としての基礎を身に付けている。いつ、彼も移動になって戦場に行くか解らない。だから嫌いたいのかもしれない。もう、身近な人が星になるのを見るのは嫌だ。
それで、相手の欠点を探してしまうのかもしれない。
嫌いになれれば、忘れられる。
人のせいにしていたらダメだって解っているんだけど。
ゴードは今日も咎めるようにマートンさんの事を尋ねてきたので困ったけれど、うちのアパートのただの新規の住人だと知って一応は納得してくれた。私としてもそれしか答えようもないし。
私はため息をひとつ。
常連のお客さんだし邪険にするわけにもいかなかった。本当に悪い人じゃないし、なんだかんだ言っても優しくはしてくれる。だから、ゴード以上の人と出会えないかもしれないと思うと、ずるずると気を持たせたまま今日までやって来てしまった。
でも、こうも疲れてしまうのなら、そろそろ潮時かも知れない。
私の意識が少しゴードから逸れていると、彼は私の気を引くためにマートンさんへの召喚状を見せてくれた。開封はされていなかったけれど内容も知っているらしくて、マートンさんは明日には王宮に行って試験を受けることになるみたい。
彼の話によると、とある高位の貴族がマートンさんに興味を持っていて、ゴードにその調査を頼んだみたいなの。報酬として少なくない額を貰えたから、奮発して宝石糖を買ってくれたそうだ。知り合いからちょっと話を聞いてくるだけでお金を貰えるなんてズルいわよね。
ちょっと嘘っぽい話だと思って問い詰めたら、彼は自分から売り込んだと白状したけど。
でも、これはチャンスよね!
マートンさんの評価が上がるかもしれないのよ!
私はゴードに花を持たせつつ、父さんから聞いた話だと偽ってマートンさんの良い所をこれでもかと宣伝した。これでも、たくさんのお客さんを相手に宣伝には慣れているし、このゴードが嫉妬深い性格だとは把握している。気を付けていないと深く根に持つんだから。
雑貨屋の店番をそっちのけにしたから売り上げは少し落ちたけれど、マートンさんにとってはいい結果が出るはず。私は自分の事のように嬉しくなって、父さんを騙…、説得して彼を想ってまた夕食を作った。
約束は無いけれど、地面に落ちたピザを食べるくらいお金の無いマートンさんだと、十分な食事も摂れなくて大事な試験に落ちてしまうかも知れない。だから、召喚状を見せて激励会だと言えば、もう一回くらい夕食に誘っても不自然じゃない。
そう、思っていた。
だから、がんばった。
心を込めた。
なのに、マートンさんは返ってこない。空が暗くなって家族との食事の時間が終わっても、みんなが寝静まっても。お金の無い彼が羽目を外して遊びに行けるとは思えないし、出かける時も、ちょっとそこら辺をぶらぶらと街を見て散歩するぐらいの様子だったのに。
ツル籠のバスケットに入れ替えるために温め直した夕食がだんだんと膝の上で熱を失って冷めていった。ほんとうは昨日のようにいっしょに食卓を囲みたかったのに。
だから、私、ターニップは怒っていた。
帰ってきたらどんな文句を言ってやろうかしら!
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次回:第二章:味噌ほど美味いものは無い。 / 今そこにある『残業』
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