第12話:かけられた『嫌疑』

『スパイさんの晩ごはん。』

第一章:敵の国でも腹は減る。

第十二話:かけられた『嫌疑』


あらすじ:面接で疑われた。

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「つまり、私も子爵から密命を受けているとお疑いか?」


ひとりが失敗をすれば、同じ出自の皆が疑いの目で見られる。その代わり、ひとりが善行を行えば、同じように見てもらえるのだが。


その大臣の部屋に忍び込んだという男がボケナース子爵の命令で重要な情報を盗み出そうとしたようだ。そして、私も同じくボケナース子爵の紹介だから、その男と同じように子爵から密命を受けていると彼らは考えているのだろう。


当たってはいないが遠からずと言ったところだろうか。


まったく、迷惑な男がいたものである。


まあ、私もボケナース子爵から直接の密命を受けていないとはいえ、似たような事もするつもりだから間違いでは無いし、子爵自身も裏でフォージ王国と繋がっているのだから、まったくの見当違いと言う訳でも無い。


だからこそ質が悪い。


彼らが暴こうと考えている真実と、私が受けている命令が違うので、本当の事を言っても彼らに信じてもらえない可能性が高い。つまり、拷問は熾烈になる。ひ弱な文官の私には耐えられないかもしれないくらいに。


「そう、先ほどボケナース子爵のために働くと言っていたことが証拠だろう?」


「私はただの目標を表明しただけで、特に裏のある言葉ではない。私がこちらの仕事で成功すれば、ボケナース子爵の見る目は確かだと評判も上がっただろう。同じ理由で子爵は窮地に陥っていると考えるが、違うのか?」


長い言葉に訛りが混じっていないか心配になりながら、私は真っ直ぐに彼らを見て静かな口調で一息に言い上げた。


こういう時に言葉数を多くすると、 熱意を持って語っているとみなされるか、言い訳をしているように聞かれるか、人によって分かれる。が、今の私には言葉を重ねる以外に道は無い。


「ふむ。合格かな。」


「ええ、なかなかの度胸ですね。」


今まで黙っていた男が呟くと、主任は従うように同意した。私は若い男が部下だと思っていたが、立場も逆のようだ。それは解ったが、合格と言われても釈然としない。


「すまない。少し試させてもらった。」


「先ほどの話は嘘なんだ。」


そう謝りながら若い男は手を開いて私に見せた。手には内側に紋章が来るように逆さに嵌められた指輪がひとつ。材質は良さそうだが、それ自体は珍しいものではない。常に身に付けられる身分の証明書。それに高位の爵位を持つ者だけが許される紋章が描かれていた。


当然、貴族の紋章は家を示すもので偽証すれば罪に問われる。しかし、そこに記された紋章は複雑で、片隅に王家の紋章にも描かれているムギマキの鳥が描かれている。この国の王家に連なる証。かなり、上位の爵位、多分、公爵、悪くても侯爵にしか許されていないだろう。


私が眉を吊り上げると、男は愉しそうに笑う。どうやら、私が理解した事を察したようだ。


「改めて自己紹介をすると、私はジョレサム・アーティチョーク。公爵家の人間だ。恥ずかしい話だが、少々人手不足でね。急いで使える人間を都合してもらおうとしていた時に、君の紹介状を見つけたんだ。」


「生憎、私の所も戦争のおかげで人手不足だった。仕事を覚えている人間を手放せる余裕も無いし、新人の教育をする時間も捻出しづらい。なので、君には悪いが閣下の下へ行ってくれると助かる。」


肩を竦める主任にも人手が欲しい事情はあるけれど、紹介状を見られたのが運の尽きだったそうだ。なので、いくつかの交換条件を付け加えて私を手放すことにしたらしい。私の都合などお構いなしに。


「ボケナース子爵の紹介する人間なら問題ないだろと思ったのだが、知らない人間を新しく用いるには私の仕事は機密が高い。そこで、君を試させてもらった。これでも人を見る目はある方でね。」


「ボケナース子爵の紹介した人間なんてキミの他にいないから安心してくれ。」


つまり、質の悪い圧迫面接をして、窮地に立った私がどう受け答えるのかを観察していたという事らしい。これだから、試されるのは好きではない。だが、短い時間にお互いを知るのには役に立つ。私は相手の信用を得て、相手は私の信用を失い、人を見る目が無いと理解された。


それだけのことだ。


「まっすぐな瞳を見ていれば解る。きっと君は信頼できる人間だろう。彼の急な言いがかりもしっかり筋道を立てて対応できたし、どんな仕事でも耐えることのできる使える人間でもありそうだ。だから、うちで働かないか?」


小粋にウインクをする公爵閣下の言葉では私に選択肢があるように聞こえるが、公爵と子爵に主任。宮廷での力関係を考えれば命令に近い。断っても公爵は気にしないかもしれないが、主任からは公爵からの覚えが悪くなったと冷遇される可能性が残る。


しかし、私にも目的はある。


「多大な手間をかけてもらったボケナース子爵に断りもなく、私の一存では…。」


私の受けている命令は物流局で働く事ではなく、そこで老将軍と会えるように工夫する事だ。そのためにボケナース子爵も紹介状を書いてくれたのだ。子爵を理由に暗に断ろうと口を開いたのだが、話の腰を折って先回りをされた。


「なるほど、子爵には子爵の考えが有ったかも知れないね。なら、私から彼に謝っておこう。」


これにはさすがに驚いた。上位の者が下位の者に頭を下げるなんて滅多なことではない。簡単に謝罪をするとは言っているが、貴族なら迷惑をかけた代償として金品か利権が動くのは間違いない。たかだか新人を1人入れるにしては破格の対応過ぎる。


「いや、しかし…。」


初めて会った男を短い会話と、小さな引っ掛け問題だけで信用しても良いのだろうか?なにせ、私は敵対国の人間である。止めるようにと暗に言葉を濁したのだが公爵閣下には効果が無かった。


「先ほどの熱弁を忘れたのかね?どこで働こうと子爵のためになるのは明白だし、私の所へ来るだけでも彼のためになる。」


ボケナース子爵と公爵の関係は判らないが、少なくとも、子爵は身分の高い公爵にひとつ貸しをつくることができる。その上で子爵は公爵へとつながる私と言うパイプができる。これは子爵にとったら偉業かもしれない。


今までの仕事と違うので実力を発揮できないとか不安だとか色々言い訳が浮かぶが、どれも説得力は無く自分の都合で断る事は難しい。そもそも、「それとも、他に目的があるのか」と問われてしまったら、私の方は詰みである。実際に作り話は私のような間者の話だったではないか。


「それほどまでに私を望んでくださるのでいたら、是非に。」


仕事の内容は聞いていないが、目的だった物流局での仕事も私が望んでいたわけでは無い。できれば国に残って、いつもの慣れた仕事を、いつもと同じ手順で熟して、いつもと同じ味の食事をしていたかったくらいだ。


それにもともと、老将軍への道は限りなく厳しかった。子爵に紹介状を頼み込んだ作戦立案者には悪いが、公爵閣下には人を見る目がなさそうだし、より上位の情報が手に入ると考えれば悪くない条件だろう。何より、経緯はどうであれ私を選んでくれたという事実が素直に嬉しくもある。


「酷い質問で疲れただろう。今、珈琲でも淹れさせる。」


襟を開いてくつろぎだした公爵閣下がパチンと指を鳴らすと、扉の向こうにずっと控えていただろう侍女がワゴンを運んでしずしずと入ってきた。ワゴンには『千鳥足の牡牛亭』で見たサイフォンとは違った器具に黒い粉が入っていて、カップの上に乗せるとこぽこぽと熱い湯を注いだ。


だが、匂いは同じだ。


珈琲の焦げた黒い匂いに公爵閣下は鼻を向け愛しそうに目を細める。ひとくち飲むと茶請けのジンジャークッキーを摘まみ、優雅にもう一口と続けている。


私も続いてクッキーを口に入れたのだが、ほのかに香る生姜がほくほくと甘い。だが、この後には珈琲が待ち受けている。美味いとは思えない飲み物だが、公爵から賜った食べ物を理由もなしに断る事はできないだろう。


「ひとつ頼んでも良いか?」


私は諦めて覚悟を決めた。目的の物流局には入れずに潜入は失敗したも同然で、珈琲は飲むしか無いのだ。それなら、ひとつくらい自分の我儘を通しても良いだろう。相手の譲歩を引き出せそうな今のうちに。


「まあ、無理を言ったのはこちらだし、君にも多少の融通は効かせてあげよう。」


「それでは…、こほん。」


私は咳払いをするとひとまず視線をずらし、そしてまた身構える公爵閣下の目をじっと見て発言までに十分に時間を置いた。何か大切な、それも言い出しにくい重大な話をするかのように。


「前借りはできるか?」


目を丸くした公爵閣下に少しだけ溜飲を下げたが、私は彼の下で働く先行きに不安を感じずにはいられなかった。



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次回:閑話前編 / ターニップの『乙女心』


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