第11話:王宮からの『召喚状』

『スパイさんの晩ごはん。』

第一章:敵の国でも腹は減る。

第十一話:王宮からの『召喚状』


あらすじ:王宮から召喚状が届いた。

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ターニップから受け取った召喚状には、明日の昼過ぎに王宮へと来るように書かれていた。そこで簡単な試験と面接を行うそうだ。


紹介状があったとしても確実に働けるという訳では無い。


紹介状と言うのは紹介者が持ってきた者の能力を保証する、いわゆる『お墨付き』と言う意味が昔はあったのだが、それも今は形骸化してある程度の伝手と金で買えるものになってしまっている。そして、公的な文章としての効力があるわけでも無いので偽造もされやすい。


それに、紹介された者だって都合があるし相性と言うものもある。紹介者の面子もあるので無下には扱わないだろうが、最悪の場合は色々な理由をつけて断られることもある。


しかし、明日とは思ったより早い。


近隣への聞き込みによる監査や、子爵への確認や過去に従事していた場所への裏取りなどで時間がかかると思っていたのだ。代わりに、ラディッシュがアパートの住人を受け入れる時に面接をしたように、直接会って確認をすることで省略を図るつもりなのだろう。


私ため息を吐いて読み終わった召喚状を机に置く。


わたしを理解しようとしてくれるのは解るのだが、一方的に試されるのはあまりいい気分ではない。こちらだって新しい職場に不安を抱いているのだから色々と知りたいことが多くあるのだが、金を払う者に苦言を伝えるわけにもいかない。しかも、相手が貴族であるなら尚更である。


雇われる身の辛い所だ。


気分を変えるために、ターニップから預かったツル籠に掛けられた布を取り除くと、料理の入った器と一枚のメモが添えられていた。


金の無い私が腹を空かせて夜が眠れないのではとの危惧した彼女は、この料理を渡すためにずっと待っていてくれたのらしい。私の帰りが遅いので、冷たくなっていく弁当にやきもきしながら。


なるほどと、彼女が怒っている理由に納得はしたが、私だっていい大人なので、その辺は適当な対策を取れる。水の魔法で湯を作り、同じく魔法で出した塩を舐めて腹を無理やり膨らませた獣道の記憶は嫌でも忘れられない。


料理の内容は、挽肉とマッシュポテトを重ねて焼いたグラタンに鶏肉とリーキのソテー。焼しめたパンに昨日と同じくクルミが入っているのは、ターニップか彼女の家族かの好みなのかもしれない。


私は買ってあったサンドイッチを朝食に回し、ありがたくターニップの料理を平らげた。そこには確かに愛情があって丁寧に作られている。ただ、私の舌には味が足りなくて、昨晩と同じように塩を足すことになってしまった事は申し訳ないと思いうのだが。


ターニップの料理と新しいシーツのおかげでぐっすりと眠ることができた私は、昼の少し前にアパートを出た。王宮の近くが賑わっていないわけがないので、その辺りの飯屋で腹ごしらえをしつつ、街の噂を取り入れていればちょうど良い時間になるだろうという算段だ。


浄化の魔法で体を清め、ハンガーにかけていた仕立ての良い服を羽織る。気合を入れて階段を降りると、店番をしていたターニップが気付いてパタパタと駆け出てきた。私は挨拶をしてターニップにツル籠を返した。


「ありがとう。美味かった。」


本当は花でも添えて返すべきなのだろが、階段を降りる間に花屋は無いので無理だったと告げると、ターニップははにかみながら遠慮した。


「今から行くの?」


彼女が召喚状の内容を知っているのは、中を覗き見たからではなく、王宮の門番の男がターニップにぺらぺらと喋ったかららしい。やはり、門番の男はターニップに気があるのだろう。だから、召喚状の内容を聞き出して、話題にしたのではないだろうか。


「ああ、早めに行って外で昼飯を食べるつもりだ。」


「あのあたりなら『カツサンド』の美味しい店があるわよ。」


『カツサンド』とは勇者アマネが伝えた料理だそうで、勝負に勝つという縁起が込められているらしい。面接に勝敗があるかはわからないが、仕事を勝ち取る縁起物だと教えられたので、私は店を教えてもらい素直に従うことにした。


店に到着して品物を受け取ると、朝に食べたばかりのサンドイッチと同じような物でがっかりした。しかも中に挟まれている具材は茶色くて食欲がそそらない。サンドイッチなら彩とりどりで楽しめるのだが。


だが、一口食べただけでその考えは変わった。


茶色い具材はカツと言って、豚肉に焼いたパンを贅沢に粉にしてまぶして油で揚げたものらしい。サクサクの衣に封じられた肉汁が口に広がってなかなかに美味い。なにより、テーブルに置かれた瓶で塩と胡椒を自由に振りかけられるのも素晴らしい。


これを食べたら、本当にどんな相手でも勝てる気がする。


脂と塩の共演に感激したまま、王宮の裏口へと向かうと門番の男が出迎えてくれた。また邪険に扱われるかと思ったのだが、意外とニコニコと気味が悪いくらい機嫌よく私を案内してくれた。彼がターニップに興味があると思ったのは私の考えすぎだったのだろうか。


王宮の中を少し歩いて、部屋に案内されると2人の男が待っていた。机も椅子も高級な木材を使っているのだが飾り気のない。明るくサッパリとまとめられた部屋で彼らは握手を求めてきた。


物流局の年老いた主任と、若い補佐。


つまり、彼らが上司となり先輩となるのだろう。


簡単な自己紹介と軽い話をした後に、試験としていくつかの計算とひとつの書面と作らされた。それは算術と書術の確認だろうか。採点のためにずっと見張られていたのでやり難かったが、どちらも文官としては必須な物なので私は迷いなく終わらせた。


「いやいや、紹介状より優秀に感じますな。」


「ほとんど独学なので恥ずかしい限りだ。」


独学とは口にしているがこれは嘘で、学んだ環境を明言しないための苦肉の策である。何処其処の誰かに師事を仰いだことがあると告げれば、その人物を探しに行かれかねない。まあ、市井の者は働きながら文字や算術を覚えるので問題は無いはずだ。


「ほう、独学でここまで出来たら素晴らしい!」


「しかし、少し言葉遣いに難がありますかな?」


「すまない。気を付けているつもりなのだが、この街の者には聞き苦しいようだ。」


ボケナース子爵の紹介状には、私は子爵の領にある田舎の村の更に山奥の出身だと偽の経歴が書かれている。その山奥の住人は強くて癖のある独特の方言を喋るらしく、私が王都の言葉に慣れていない理由付けにしている。フォージ王国の方言を聞かれるよりはマシだろう。


経歴の続きには5男の私は家督が継げないばかりか貰える財産も無く、一旗揚げようと子爵の領都に出たこと書かれている。領都に出てからは子爵が利用する店で働いていたが諸事情で畳まれ、路頭に迷いそうになったところで勤勉さが子爵の目に留まったということになっている。


まあ、自分が勤勉だとは思っていないし、絵姿でしか顔も知らない子爵が私の事をどれだけ知っているのか知らないが、偽物の経歴なので関係は無い。子爵の領都に本当に潰れた店があり、私と似たような人間が働いていた噂があればそれでいいのだ。


「山奥はまるで言葉が通じない場所があるよね。」


「そうとうに勤勉な方の様ですし、すぐに慣れるのでは?」


「ボケナース子爵が目を掛けるほどの逸材だしね。」


少しだけ、年老いた主任より若い補佐の方が態度が砕けているように感じる。それは若い補佐の方が無遠慮だという感じではなく、貴族なのかもしれない。たまにあるのだ、仕事の都合で貴族が混じっている場合が。


「子爵様に目をかけてもらえて幸いだった。」


「ボケナース子爵はあまり紹介状を書かない事で有名なのだよ。」


「左様か…。それはでは私が王宮で励むことで恩を返すとしよう。本当に私が勤めていた店が潰れた時には目の前が真っ暗になる思いだった。」


もちろん、この言葉が口先だけのものだが、敵国の仕事だとしても手を抜く気は無い。


どうしてボケナース子爵が私を指名してこの国に送り込んだか知らない。はっきり言えば迷惑だった。だから子爵のために何かを成そうという気はさらさら起きないが、文官として金を貰っていた私には多少なりのプライドがある。


「ところで、そのボケナース子爵が最近紹介した者がもう一人いる。」


「とある大臣の部屋で捕まってね。」


若い男が目を細めて私を値踏みすると、たっぷりと間を置いて低い声で訊ねた。


「キミも子爵のために励むつもりかな?」



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次回:かけられた『嫌疑』



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