予言の悪魔
はるかはるか、遠い世界。
かつてその世界には、あらゆる魔術を極めた一人の魔女が存在した。
多数の使い魔を従え、強力な魔術をもって標的を仕留める黒き魔女。
その魔力量は創造主たる神の域に肉薄しており、人々からは稀代の魔術師として尊敬の念を集めた。
ある日のこと、魔女が居を構える山村に、流れ者の占い師が現れる。
村人たちは占い師を丁重にもてなし、村の未来を占ってもらうように頼み込んだ。
占い師の女はこれを快諾。
彼女は懐から取り出した水晶を見つめ、なにやら仰々しい口上と共に、この村の行く末を占った。
すると、突如として占い師が悲鳴を上げる。
儀式が失敗したのか、憂いを含んだ眼差しを占い師に向ける村人たち。
しばしの沈黙の後、占い師は冷や汗を垂らしながら、驚くべき予言を口にしたのだった。
――――この村はいずれ滅びる。村を滅びへと導くのは、あの黒魔女だ。魔女は世界を破滅へと導く悪魔の化身である――――
思えば魔女は異端であった。
神へと迫るほどの絶大な魔力量。
あらゆる魔術を極めしその才能。
人々が抱いていた尊敬の念は、たちどころに畏怖の情へと転じる。
占いの成就を恐れた村人たちは、魔女を封印することを決意するのだった。
一方その頃、魔女は普段と変わらず、山奥にて魔術の探究に勤しんでいた。
彼女にとって、魔術とは人生そのもの。
覚えた魔術の修練など、もはや日課となっていた。
だが、そんな彼女の元に、突如として村長が訪ねてくる。
依頼であれば手紙を寄越すはずの村長が、直々に会いに来ている――――
険しい顔をする村長から、魔女はただならぬ事情を悟った。
村長がよこした依頼。
それは、村はずれの祭殿に巣食う魔物の退治であった。
村長曰く、子犬程度の小さな魔物であるとのこと。
深刻そうな表情とは裏腹な、容易い依頼。
途端に拍子抜けしたのか、魔女は二つ返事でこれを引き受けた。
依頼に従い、祭殿へと訪れる魔女。
胸が詰まるような重苦しい空気に満ちた祭殿は、まさしく魔物の住処といって差し支えなかった。
魔物に警戒しながらも、軽快な足取りで魔女は祭殿内部を進んでいく。
そして、何のためらいもなく最奥へと足を踏み入れたその時――――四方の壁面から、無数の鎖が飛び出した。
予想外の出来事であったためか、風を切るような速度で迫る拘束具の雨に対し、彼女は一切の反応を取ることができなかった。
魔女は途端にその身体を縛られる。
鎖を破壊しようとするも、鎖そのものに幾重にも衰弱の呪いがかけられているようで、拘束具からの解放は叶わなかった。
嵌められた――――
彼女がそう思ったのも束の間、今度は四方から鉄の棺が飛び出し、彼女の華奢な身体を覆う。
封印の魔術が施されたその棺は、彼女を未来永劫閉じ込める堅牢な檻となる。
こうして魔女は村人たちの謀略により、その存在を闇へと葬られたのであった。
しかし、村人たちは気づいていなかった。
自分たちの手によって、世界を破滅へと導く悪魔の誕生を許してしまったことを。
あれからどれほどの月日が流れたのだろうか。
かつて魔女が封印された祭殿には、一人の少女の姿があった。
幼気な少女はどこか魔女本人を思わせる雰囲気を纏っており、その周囲には多くの使い魔を侍らせている。
かの魔女は魔術の天才である。
死後に再びこの世界へと舞い戻るために、器となる自らの写し身を用意しておくなど、彼女にとっては造作もないことであった。
長い月日の経過によって棺の封印には僅かな綻びが生じていたため、写し身と使い魔の力のみでも容易に棺を破壊することが可能であった。
写し身と使い魔の尽力によって解き放たれた魔女の魂。
長きにわたる封印によって、現世への憎しみに染まったその禍々しい魂は、飽くなき破壊衝動に駆られていた。
魔女の魂は眼前の写し身と使い魔を取り込むと、その形をおぞましい悪魔の姿へと変えた。
復活したかつての魔女は、今や世界を破滅へと導く悪魔と化したのだ。
その邪悪な笑顔は純粋な悪意と果てなき復讐心に満ちており、自らを貶めた村のみならず、世界を終焉の炎に包むことに一切の躊躇いがなかった。
彼女の底なしの悪意を止められる者は、もはやこの世界には存在しなかった。
かくして予言は成就した。
――――魔女は世界を破滅へと導く悪魔の化身である――――
棺より解き放たれし魔女は、世界を暴虐と悲鳴で満たす悪魔となり、終焉を見定めし存在と化したのだ。
人々によって貶められ、その身を悪魔へと転生せし魔女。
彼女の悪意の源は、世界への報復か、それとも自らの潔白の証明か。
いずれにしても、空虚な醜女の心を満たす方法はひとつしかない。
その身が潰えるその時まで、世界を滅ぼす。
ただ、それだけである。
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