侵食する寄生種
はるかはるか、遠い世界。
その世界では、とある植物の研究が進められていた。
その植物は大陸の僻地で発見され、専門家の鑑定によって新種と判断されたものである。
脈動する太い蔦と根は四方八方へとうねっており、その赤い花弁の中央部はまるでカラストンビのように鋭利で硬質な部位であった。
世界の最果てに存在した奇妙な植物。
この研究結果が、人類の新たな発展へと繋がるかもしれない。
そう考えた科学者たちは、謎に満ちたこの植物の生態を解明すべく、世界中から各分野の専門家を招集した。
研究者たちは、この植物を"触手植物"と呼称し、専門の研究機関を設立。
新たな知見の獲得を目指し、観測および調査を開始するのだった。
触手植物の研究所では、日夜様々な研究が続けられている。
日進月歩の努力により、構造の解析が進んだことで、触手植物の培養に成功。
現在では、最初の個体から培養した複数の触手植物を管理している。
人間の手によって新たに誕生した触手植物。
もちろん個体差はあるものの、共通する性質・特性などの解明は進んでいた。
また、触手植物たちは、時折他の個体と反応し合うかのような動きを見せることがある。
それらは植物としての機能なのか、それとも知性が宿っていることの証なのか。
触手植物と人間の対話は今のところ成立していないが、感応のような現象で植物同士が反応を起こす様子は、実験の中で幾度も確認されている。
研究員たちは、この植物の正体を解き明かすため、あらゆる手段を講じて試行を繰り返していった。
そして現在、研究所内で最も注目を集めている触手植物の特性が、"寄生"である。
これは、度重なる調査によって偶発的に見つかった特性であった。
研究の過程では、様々な生物や物質を用いた触手植物との接触が試みられている。
大きな反応を得られない事例も数多くあったが、接触によって他の物体に蔦と根、そして花弁を纏わせ、その物体を操るという事例が確認されていた。
直近で発見された事例では、実験用ラットとの接触で起こった。
触手植物は、接触したラットの頭部を花弁の中央部で覆い、その身体に蔦と根を巻き付かせる。
植物に寄生されたラットは、まるで衝動のままに暴走するような動きを見せていた。
ラットは研究所の防衛システムによって鎮めることができたが、この寄生が更に大きな物体に及べば、いずれ手に負えない状況となる可能性も否定できない。
一部の研究員からは、研究の危険性を訴える声が上がった。
過剰な寄生が再び起こった時、研究者たちが触手植物を制御できる絶対的な確証はどこにもないのだ。
これらの声は、実験に対する至極当然な批判であった。
しかし、秘められた謎を解き明かしたいという多くの好奇心がそれを上回り、研究は継続されることとなる。
だが、その危険がまもなく現実になろうとしていることに気付く者は、誰一人としていなかった。
ある時、けたたましい警報音が研究所内に鳴り響いた。
緊急事態の第一報は、触手植物が自らの意志で培養器を破壊、他の個体もそれに追随する動きを見せているというものだった。
培養器を抜け出した触手植物たちは、研究所内のあらゆるものへの寄生を開始した。
あるものは、別エリアに管理されていた実験動物たちを取り込んだ。
またあるものは、所内の研究者に寄生し、その肉体を操った。
いまや触手植物たちによって防衛システムは破壊され、これ以上の研究所内での対処は不可能となっていた。
ついに訪れた危機に対して、研究者たちの反応は様々だった。
触手植物たちの暴走に慄く者もいれば、研究対象の成長に歓喜する者もいる。
まさに研究所内は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
驚くべきスピードで寄生と破壊を繰り返す触手植物たちの目から逃れるように、生き残った研究者たちは、所内を脱出するべく死に物狂いで通路を駆ける。
そうしている間にも、触手植物たちの寄生は次の段階へと進んでいた。
寄生した状態の触手植物同士が融合し合うことで、それぞれの寄生の過程で得てきたものを集約。
寄生したものが融け合い、より巨大な生命体へと姿を変えていくのである。
研究所内を破壊しつくし、それをも優に超える大きさへと進化を遂げた触手植物。
産声を上げた異端の植物に対して、もはや人類たちになす術などなかった。
世界に満ちる多くの謎や、未知なる存在。
それらの神秘に対して、人類は飽くなき探求心を抱き、常に最先端の技術を駆使して、その真実を解き明かしてきた。
しかし、その狂おしい好奇心は、時に世界をも殺すことになる。
人間は賢くなりすぎてしまったのだ。
もしかすると触手植物は、そんな人間が支配する世界をリセットするために生まれてきた存在なのかもしれない。
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